第二章 女性の楽園 第三節 ドルフィンピンクのツーピース
三
妹が着替えを待っていると、つゆり先生が青い顔で上がってきた。
「あぁー、疲れた……。歳をとると駄目ね? 遊びがもう重労働」
「歳って、まだ27でしょう」
「口説いても無駄よ?」
「無駄でも口説きます。それが紳士です」
ぼくはタオルを手渡して、自称魔法瓶から温かい紅茶をついだ。
角砂糖の数を訊ねる。
自分でやりたい人だった。
まあこれ、なんか楽しいよね。
「ところで若者、きみはこれでも泳ぎたいとは思わんのかね」
ユリノの美脚で十字の星が、回転せずに大小し、ぼくの握美の超巨神乳が、遠近法でZを越える。
バンドゥビキニという単語を使ってみたかったぼくがいて、キリっとつむじでまとめたポニテが、男にうなじで浴衣を纏わせ火七の魅力を2乗する。
「ロリっ子たちも、いっぱいいるよっ?」
似た者婦々……。
外見で選ぶわけじゃないとは言わないけれど、ボディで選ぶわけじゃあないからなあ。
「なんて言うんですかね。ほら、脱いだらウケるじゃないですか。見せたいとか言ってその実目立ちたい寂しがり屋じゃないんですよぼくは。ちやほやされたいがゆえに変態を自称しなければ死んでしまう贋物じゃあないんです。防御力を下げる選択でしょう? 安心できないんですよね」
ちなみに火菜は単純に泳げないから。
月歳は真面目にこのあと脱ぐ。
「楽園恐怖症とでも言うのかね」
「いい名前ですね、それ」
この人も、ファッションセンスだけは微妙だった。
輪郭の太い動物系キャラクターと黄色いお花が戯れる幼児用プールを、切って着た。みたいな。
曲線に沿って和んでいたら、えっち福とか言われた。
(本当にファッションセンスだけ……)
夜々ちゃんがキャンプ用の大仰なテントからそろりと出てくる。
ぼくの妹、握刀川刃楼が、
「超かわいい! にあってる! せくしぃ! くぅる! これは男子が放っておかないね!」
「そ、そんな、男子とかは……!」
撮影されると美人の度合いが十割増した。つゆりが今見たおぼこい顔に、ロリコン殺しとかいう品のなさすぎる名前をつける。火菜が突然「大根おろし!」と、叫んで即座に無表情。
笑いに『言い方』が関係ないはずがなかった。
『間(ま)』は一番大事――な、だけである。
「あっ! でもやっぱり夜々ちゃん私より胸おおきい。おおきくなってきてる……。おとなだ」
にひ、といたずらっぽく笑む刃楼。
そして真剣に、
「おしりもそれ、きつくない?」
「ううん! きつくない! ぜんぜんだいじょうぶだよ!? し、身長はおんなじだし、すこしくらいの誤差? って、何を着てもあるものだとおもうから……!」
キシュッと光ったシャッター音で、羞恥にはんなり愉悦が重なる。
その組み合わせだ、とぼくは思った。
(それができるなら誰だって……)
変更点は3つ。
まず刃楼は前髪だけにアイロンを当てた。
たったそれだけで、ワカメの灰汁が全部消えた。
なよやかさを前髪とたれ目の両方が主張していたからくどかったのだと。
なるほどな。
次にリボン。
ピンクが好きなのはわかるけれど、黒髪と青い瞳にはどうだろう。
ということで、大人ポニテを縛るのは、刃楼とおそろいの色違い、メタリックブルーのとんぼ玉ヘアゴムになった。
これも実によく似合っていた。
そして最後に、ともすれば凡庸に埋もれてしまいかねないスクール水着を、ドルフィンピンクのツーピースへ。
親類だから色眼鏡で見ているだけだろうか。
少なくとも壊滅的ではないよな?
「どこにどうフリルをつけてもほら、ウェストが一番大きいでしょ? あれが萌えなのよ」
また変質眼鏡が何か言った。
でべそでもチワワならかわいい。みたいなものだろうか。
女性が女性を好きになるという感覚は、未だにぼくには謎だった。
「それじゃこれで海行ってみよぅ!」
「はいっ」
「で、たくさん写真撮ったらね? またべつの……ほかにも着てみたいのあったでしょ?」
「うん……。あの、白のやつも、かわいかったなーとおもった」
決して写真にはうつらない満足顔。
なるほど、白夜々。
名前からして最上級。
うちの妹は、しかと描いた最終地点へ女子を誘導する手腕に関しても、類稀なるカリスマだった。
しかしそれも、お子様な大人女子の前では、銀河の前のペンライト。
悪ガキユリノが唐突に、ビーチサッカーやろうぜお前らと言いだした。
「お姉3対小3ね? はい平等。試合開始!」
『ちょっと待て!!』
眼鏡ふたりが息をそろえて前のめり、月歳がユニフォーム姿へ早着替え。
乳首が見えると思っていたきみ!
月歳のは別に面白い形じゃないから。
ユリノが爆走! 刃楼が体を張って夜々を守る! 月歳に群がるアラサー! 駆ける刃楼! 月歳がボールを高く高く蹴り上げるッ!
『いけーっ!!』
ぼくは逆に揉まれる米餅搗月歳に、自己投影しなかった




