第二章 女性の楽園 第二節 蛍光ブルーの珊瑚礁
二
淑女のいたいけな悲鳴を耳にしたぼくは、純白のビーチパラソルを広げずに、火菜、月歳両執事に目配せする――厚手のブルーシートを駆けた。
「ぁーっ! やめてぇ、ういひひ、ははは!?」
「すばらしいっ! 二の腕なんて二の腕よ! これこそが、胸に足りない弾力と、お尻に足りない清潔と、太ももに足りない核心を兼ね備えた、究極の女子のエロい肉……w!」
存外と大きな両掌で、後ろからむみっと摘ままれたおへそが、口裂け女のように笑う。
「これ、なにやっとんじゃ」
勢いよく振り向かれた。
ツインテールが鞭のようにぼくの顔をぴしぴし打つ。
あんたは乙女のおぐしをなんだと思っているんだ。
ねじり上げはしないけれど、静かに高く持ち上げると、長方形の白い名札が、俎板と京男の瞳に輝いた。
「心ちゃぁあん!」
ぎゅう。よしよし。
釈放された犯人があっけらかんと、
「そういや牛の乳首って、むっちゃお腹についてるよね?」
「乳首とか言うな」
生々しい。
「でもあの乳首、超なげー! いっぱいありすぎ! じゃま! キモい! だから私はお祈りしました……。突起は強調しなくていいから、あの牛の『おっ』の部分だけを女性にください!」
どちらかというと『おっ』の部分の方に、突起のイメージがないでもないけれど。
「その結果、私の握美ちゃんには、牛のあの、ピンクで柔らかい母性の膨らみがついたのです」
ぼくの握美ちゃんは、暑さと圧の所為だろう、潜めるべき場面だというのに弾ませている。
「だからね? 本来は、お腹をおっぱい視して欲情するのが、哺乳類としては正しいわけよ」
「なんでもいいけど、自分の奥さんにやったらどうです?」
「えへへ、生で丸出しだったから、つい……?」
実のところぼくはもう、ユリノさんがどんなに可愛くはにかんでも、平均的な京男の全員が真顔になっていることを知っていた。
男豆腐を初めて食べた東男も、にがりでもっとガチガチに固めていないのに!? とでも言いたげな顔になっている。
なぜならそうなら絶対に、ぼくの顔に到達しはしないから。
「うわ、なにそれ本格的!」
「びゅーびゅーびゅーびゅーっ!」
「ぐわぁーっ! うみみずがあーっ!」
スクール水着の上から穿かれたデニムショートパンツが更に、群青色へと頬を染める。
夜々ちゃんも特別、意図して狙ったわけではないだろう。
構えて撃ったら当たったのだ。
脚が長いから。
より正確に言うなら、脚だけ化学で伸ばしたから。
ユリノが軽快に逃走する。ぼくが握美のお腹を撫でさするように。振り返って勝ち誇る。ぼくが握美の水着を耳元で褒めそやすように。
珊瑚の粒子の浜だった。
蛍光ブルーの海だった。
背後から握刀川刃楼が飛び出した。
「なんだこの変すぎるファッションはーっ!?」
「やっ、やめて、お尻はちょっと……! ぱつぱつで、はしたな、コンプレックスだからぁ!」
なんとなく握美ちゃんのを触ってみたけれど、生憎ぼくにはお尻の違い、もとい良さは解らなかった。むに。
多分、幼稚園を卒業すれば解るようになるのだろう。
怪獣王のようにお腹で海を裂いた夜々ちゃんが、顔に狙いを定めることで両腕を上げさせ、そして即座に、がら空きになったボディを撃ちまくる。
胸とお腹をガードすれば秒で顔。
……自信なくなってきた。
「あふっ、はっぷ……、っ! もしかしてそれ、このフィールドでは射出可能回数、無限!?」
「びゅーびゅーっ!」
「そこまでよ!」
シートの上から火七さんが、ぐうたらポーズで鶴の一声を放った。そして、隣で未来のUVカットに勤しんでいた、つゆり先生の眼鏡をそっと外し、真ん中分けをくしゃくしゃくしゃっとやめさせて――、
勢いよく押し倒すっ!
「きゃーっ!?」
「てめー! うちの嫁になにしやがるっ!」
因果応報……。
汚れるからいいとか言われたので、何の意味もなくその場でお姫様抱っこした。
「誰かぁーっ! 写真撮ってぇーっ!」
握美ちゃんのその声に、執事服火菜が笑顔で応じる。2枚目でほっぺにちゅーされたのは、おそらく1枚目の写真で、ぼくが首を切断されたからだろう。
リリースすると大好きな海へ、わーっと握美は駆けていった。
そして再びユリノに捕まる。
(誰に対しての人質なのか……)
ぱんつの部分がずりおろされる。
アラサーのケツが丸出しになる。
アラサーっていうか、36歳の。
ユリノ30歳。
火七34歳。
つゆり37歳。
うん。
ぼくこと執事服心至福も、完成予想図が妙にでっかい基地造りを再開。
眠りの美少女、ガラパゴスユプノは、生まれたての子ヤギみたいに踊っていた。




