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第二章 女性の楽園 第一節 レイズベール


        一



 思い出の写真で笑う、ぼくの知らない握美あくみちゃん。変わらない面子と、変わったお料理。飲めないワインと、涙で途切れる母のスピーチ。これからが大変だとかなんだとか。ふたりで協力し合ってうんぬん。


 そうだよなあとぼくは思う。ジェントルメンズスーツという名のセキュリティ・ブランケットに包まれて、ぼくはひとりこんな場所でも哲学する。もちろん色は濃紺。グレーには月歳(つきとし)が似合っていた。


 小学生になったら。中学生になったら。高校生になったら。大きくなったら……。ゴールというものは決まってスタートと同義であり、誰もが結局、到達と同時に走り出さなければならない。



 それを解っていて、人は達成を喜べるか。



 理屈の上では心臓のように、休みなく休み続けながら働くべきだとは知っている。眠たくなれば眠るし、読みたくなれば読む。実質、努力していない時間の方が圧倒的に多いだろう。


 要するに、休憩の効率が悪いんだ。

 休み方が一番下手なやつでも超回復できるもの!

 ――なんかないか?


 む。『回復』……。

 停止ではなく、エネルギーチャージ。

 もしかするとぼくは、時折エンジンを停止させさえすれば、給油なんかしなくとも、車は永遠に走り続けられるものだと思っていたのかもしれない。


 ではぼくにとっての燃料とはなんだ?

 ぼくたちは席を立って外へ出た。


 お色直しを終えた花嫁が、父親に腕を取られて再登場。永遠の愛を誓います。レイズベール。レイズベール。気持ち強張ったつゆり先生に、ユリノさんがにやりとちゅっ。

 本日ばかりは、普段おとなしい夜々やあよちゃんも、ぼくの妹、握刀川あくとがわ刃楼はろうと同じくらい元気に手を叩いていた。





 人はときに魅力的でない上に、卒倒する危険性が非常に高い真実でさえ、心の底から渇望する生き物だ。

 被虐趣味のあるなしにかかわらず。

 それはおそらく、未練を断ち切りたいがため。

 納得し、切り替えて次の戦いに進む方が、疲れないだろうと判断したため。


 痛風なら痛風だと早い段階で断言してくれた方が、知らずに高級料理を胃袋へ詰め込みながら早世するよりも幾分ましな更年期を、最終的には得られる。

 無理なら無理だとすっぱり諦めさせてくれた方が、不安や見当違いな努力に、貴重な時間を空費しなくて済む。


 だから人は求める。エビでタイを釣り続けて、しかしここは尻尾を切って逃げるべき時だと見極める。

 あるいは正反対に、一縷の希望を抱いて。

 または、鷸蚌(いつぼう)の争いを未然に防ぐために。

 一挙両得を試み続けて、しかしここは一意専心すべき場面だと自らを戒める。


 コーヒーをブラックで飲まされるくらいなら、大人の権利なんか要らない。という意見も解らないでもないが、それはもとより、ブラックが大人に不可避だったから、せめて子どものころにはできなかったことをして楽しもうという、発想の転換だったのではなかったか。


 薬嫌いの人間がいれば、薬依存の人間もいる。理想と横着はいつだって紙一重。ベンジャミン・ディズレイリが世界一の正直者ではなかった可能性は0パーセント?

 ああ、実にありえるね。

 だからこそ統計学は絶滅しないんだ。


 実のところあの諍いは、とある品詞の定義が曖昧であることが原因で起こっているだけに過ぎない。『A型は几帳面』という文章を、『A型=几帳面』と読み解く人間は、『間違っている』と主調するし、『A型⊃几帳面』と読み解く人間は、『間違っていない』と主調する。


 双方が、『は』という副助詞の定義は、オレの考えるやつの方が絶対に正しいんだ! と主張して、喧嘩しているだけなのである。そして『A型⊇几帳面』とも読み解けるように、『A型⊃几帳面』と発言する文系が、『A型=几帳面』は間違っていると主張する理系を激怒させるのだ。


 ――あるいは、口頭での説明では『は』と『()』の発音に、全く違いがないという事実にスポットライトを当てて、行間は読めているのに、全く同じではないもの同士を『=』で結び繋げるなと言わずにはいられない本心の赴くままに共感を渇望する、理系が文系を。


 成長には苦み(▼▼)が伴う。

 奇しくもゴールデンウィークに連なりそこねた昭和の日からの3連休で、ぼくたちが体験した椿事(ちんじ)に表題をつけるとしたら、こんな感じになるだろうか。


 白百合十字団の本部があるこの島は、まだ4月29日だというのに、キュウリも生でスイカになるほど暑かった。

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