第一章 白百合十字団 第六節 かにピース!
六
しかし、生きてるだけでいいと言われてもね。
「肩もみとか、家事手伝いとか、成績を上げるとかしか思いつきませんよね」
如何せん学生だからなあ……。社会人になったら、お金お金お金――って思考じゃなくても、本棚のキットを買って、組み立ててプレゼントとか。食事に連れて行くとか、買い物に誘って、好きな服を選んでもらって、最後には自分が支払う――みたいなことができるんだけど。
「あー、いいですね」
でも、大人になったらどうせ嫁に盗られるんだわってしょっちゅう言ってるから、今は今で何かしら、楽しいんだろうとは思うけどね。
「ああー、うちもそれ、言ってます」
だから、成人すりゃいいという問題でもないのだ。
何をするかね。掃除かね。
たとえばぼくに娘ができたとして、高1になって。何をしてくれたら嬉しいか。
お話かな。何をしてくれても嬉しいか。
そのときこそ、どこへでも連れて行って、なんでも買っちゃう感じだろうな。
「あっ、あの、沢山ありますよね、ネクタイ……!」
「ん? ああ、スーツはそんなに買えないけど、そういうのはな。なんか巻いてみる?」
「白藍の制服のがいいです!」
それはもう既に結んであった。
というかほどいていなかった。
服の上からドレスシャツを着せる。お散歩を待ちきれない小型犬にリードをつけているような絵面になったので、手を離してあとは自分でどうぞ。そう、そこを引っ張るだけ。
「おお、かっこいい、かっこいい」
「心ちゃん、あのね、あれがない!」
と突然、ドアを開けてぼくの妹、握刀川刃楼が登場。
今朝見た“ギピュパフィ”第9話の影響をばっちり受けて、エプロンを装着している。
「……なかった。です!」
「そうか。じゃあ、もう一回探すの手伝おうか?」
「んー、うん……。ちゃんと探したんだけどね?」
階段で五百蔵後輩が言った。
「――なにがないんです?」
「んー、今日はお料理回だったからなあ」
お餅もパスタも残ってたかどうかは微妙。そうめんならあるかも。おにぎり用の海苔もふりかけも、ないといえばない。冷凍うどんはあったはず。先週のカフェオレ☆パンケーキも。
台所でこれがないと実物を見せてもらった。
なるほどこれか。
いや、あるじゃん!
「お父さんは甘口なのー」
……それは失礼。
一応上の棚を全部開いて、やっぱりなかった顔を見せると、
「こんびに!」
「汎用性高すぎて、全く違う単語になってる」
ポーズはまだ模索中らしい。
横ピースよりかわいいのって、そうそうないからなあ。
あっ、一個戻って。今のそのかにピースの、片方だけを下から目に当てるのよかったかも。そうそう、そうやって、左ピースから覗く感じ。うん。右ピースは自由に。
「じゅわーっ、かにっ♪ かに♪ かにピース!」
「すごい魔法少女っぽい」
ああ、ならこれでいいか。
とりあえずは。
五百良ママとのトークもまだまだ終わりそうにないし、五百良本人もその間、ぼくの部屋でただ読書するよりは、料理する方が有意義に過ごせるだろう。
どの道小学生が刃物や火を扱う場合には、年長者が傍についていた方がいいわけで、作る三人も楽しく、食べる三人も楽しい――完璧だ!
……夕飯がちょっと早くなるけど。
「で、何作んの。普通のやつ?」
「ううん。かにカレー。かに入り」
「それじゃかにかまも買わんとな」
「うん!」
シーフードミックスという非常に便利な代物が、都合よく冷凍室に入っている――なんてことはなかった。いや、エビだけはあったから連想しただけで。刃楼がかにカレーだから、もっと違ってた方がよかったな。
「こういうのはどうでしょう。これと、これをメインに……あと、卵を使ってもよければ」
「おおっ、それはうまそう! 新カレー! じゃあこっちは、辛いカレーになる?」
「はい。そうですね。おふたりのお母さんは、辛いの平気ですか?」
『超平気』
甘いの、辛いのと来たから、ぼくはあれを作ろう。カレーばっかりでもいかんが、カレーに合うものもそんなにないわけだから。あ。おはぎ買おう。別個で。
そんな感じでぼくたちは、お米を研いでセットして、メモを持ってママに断って、こんびに! へ向かった。




