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第二章 幸せすぎて涙出る 06 Water!

 無言で足を洗うと、アーティカちゃんはアブラゼミの死骸でも見るような瞳で、うわぁと言った。なんだようわぁって。必ずどっかからは洗うだろ。ああ、今の、心理テストかなんかか。


「あーでもなんか、ちょっとわかるよぅ、な?」


「ああっ、こんばんはっ!」


 嫌気がささなかったことにする。違う種類の電流が全身を駆けめぐっていた。素晴らしい! 感動の再会だ! 俺は興奮をそのままに、彼女へ近付いて手を取った。どうも、どうも! こないだはあの後大丈夫でしたか!?


「はい、お陰様で、この通りぴんぴんしてます!」


「よかった! すごい! 美しいです! ああっ! ゆうちゃんってお、あいてえっ!?」


 あろうことか俺の背中に爪を突き立ててきたアーちゃんは、爪と爪の間で俺の薄皮を弄びながら、妹さんですかと質問されて、そうなんですぅと満面の笑みで答えていた。



「せっかく五十メートルプールまであるのに、全員泳げるって何!?」


「瞑鑼、こいつの腹筋どう思う? すげー割れてるよ?」


「……人肉。かしら?」


「だめかー。やっぱ人じゃ駄目だよなー。いや、大丈夫。今日はそれがメーンじゃないんだ」


「ちょっとみんな聴いてる!?」


「ん? その水着、超似合ってる。すげー大人っぽい。可愛いよ」


「えっ。ああ、おお……ありが、」


「逆ハートに佐渡島って、それ、特注なの?」


「さどがしま!?」


 あれ? 逆の逆にそうかなと思っていたのだが。

 どうやらこいつの口癖は、『断固抗議』らしかった。


 俺たちは今、超巨大温泉施設、電気温水プールベーカリージム、スパークリング・スパ・パン屋へやってきていた。ひと眠りしてもまだ六時半だったのだ。


 流れるプールやスライダーもあるのだが、色遣いは完全に温泉。いいね。湯煙と水着美女。みんな見られることを意識して、適度に引き締まってるし、健康にも二倍良い。俺としては水着の上から体を洗ってる女子がツボだ。パンいち美人に負けず劣らずのシュールエロスだ。


 アーティカちゃんは俺が誘った。どうせまたばったり出くわすと思ったからだ。妹をだしに私を水着にしようって魂胆ですね。いやらしい。すけべ。エロ。とか言われたから、じゃあふたりで寂しく行くよと送ったら、まあそう言うなよ親友だろとか言って結局来た。


 ファッションセンスが前衛的なのか壊滅的なのかよくわからない、スクール水着姿の瞑鑼を見て、触って、匂いを嗅いで、興奮を飛び越して冷静になって、そっと唇を重ねようとしたときは流石に尻をしばいたけれど。というか今しばいた。また断固抗議された。こっちの台詞だ。すけべ。エロ。


 しかしこれを人肉ね……。確かに人肉だけど。手を伸ばしてちょっと触る。角度によって割れているように見えなくもない俺のにわか腹直筋とは違って、二〇加屋にわかや減雄へりおの腹筋は、嘘のように八つに割れていた。寡黙に見える系でありながら、着痩せして見える系でもある擲果満車……。何者にも憧れないという感覚は、俺にはどうしても解らなかった。


「せっかくの水着回なのにぃ~……!」


「お前が泳げない萌キャの役やればいいじゃん」


「じゃあお兄さんがか弱い乙女をナンパする悪役やってくださいよ!」


「なんでだよ。嫌だよ」


「うわぁ、ノリ悪ぅ~い。そんなんじゃ一生彼女できませんよ? いっ、しょぉ!」


「お前! もうちょっとこっち来い。ほら、ほんとにナンパされたらどうすんだ」


「ああ、うん……。はい、すみません……」


 無駄に気合を入れすぎなんだよな。ちゃんと中学生に見えたら逆に安心なのに。今度はスクール水着で来るように言っておこうか。そうすれば変態、考えられないと喚くだろうか。そんなことを考えながら、俺はちゃんと中学生に見え……る、愛しの妹へ話しかけた。


「どうだ、瞑鑼、水だぞ、水。いっぱいあるよ?」


「……水。どうして水嫌いの人間がこの世に誕生するのかしら。それこそ矛盾しているわ」


 隅っこの階段へ進み、すっ、すっと降りて、水の中からこちらを見上げる。


「嗚呼、これが原子に還るということ……」


 ぶくぶく。


「つっ……ついにやったぞ……、大成功だ!」


「えっ? えっ?」


「いいか、アーちゃん。よく憶えとけ。いくら病は気からでも、治療は気からじゃないんだ!」


「はあ……はい?」


「ひゃっほう! 水だ! 水だったんだよ! Water!」


「ちょ、お兄さん、落ち着いて……!」


 やはり俺の読みは正解だった! ハッピーエンドだ! 第二章で解決しちゃったけど……、あとのことなんか知るかイェイ! 

 こっちの割引デーは水曜日。よって今日は比較的空いていた。だから少々人間が存在していることよりも、水に包まれる癒しの方が上回ったというわけだ。きっとみんなは昨日ここへきて、今日はエレクトロに行ってるんだろうなあ。そしてどっちでも混雑に見舞われてイライラしたに違いない。ああ、目先の利益に惑わされなかった俺の勝利……、いや、向こうのは割引じゃなくて、ポイント2倍デーだっけ?


「あのー、お兄さん? あの子ちょっと沈みすぎじゃない?」


「瞑鑼――っ!?」


 抱きかかえて大丈夫かと声を荒げたら、え? 何が? みたいな反応をされることを期待して飛び込んだのだが、水を得た魚はもう、対岸辺りまで息継ぎなしで進んでいた。


「……アーティカ。お前、ちょっと足つれ」


「ああ、私、自分でそれできるよ? ほら」


「なんで!? やんなくていい、やんなくていい!」


「あ痛っ。痛い、痛い、いたたた……! 痛い痛いいたぁ~い!」


「ああもう、何やってんだ……!」


 泳げない人が身長より深い水の中でなるか、レギュラー部員が試合中になれば大事だというだけである。脚をガッと掴んで足をぐっと起こすと、こむら返りはすぐに治った。


「……ご、ごめんなさいっ! 変な感じになっちゃって……!」


「俺も変なこと言ってごめん」


「では泳ぎましょう! 楽しまないと!」


「いや先に湯船につかろう。温めないと」


「えー、そしたら誰が瞑ちゃん看るんですか? 呼んできましょうか?」


「呼んだら来ないと思うけどな……」


 案の定呼んだら来なかったので、俺は減雄に護衛を頼んでアーティカちゃんの手を引いた。本音のところは勿論自分の体を張りかったけれど、ここはそもそも、そこまで危険な場所ではない。屋内だし。見えない場所に行くわけでもないし。『俺が守りたい』というエゴが直接、あいつのストレスになる場合もある。


 そう、王が犬を利用するのは善だけれど、犬が王に甘えるのは悪なのだ。それに口では何と言おうと、人目があるところで兄貴に甘えたい妹も、細マッチョで実はよく喋るスイーツ系超絶イケメンを大嫌いな女子も、この世にいるわけがないんだから。どの道減雄がやられるレベルの悪人が現れたら、どうやったって俺が敵うわけがない――というか、護衛するといっても、瞑鑼から一般市民を護衛するという意味合いが、実のところ一番強いわけでして。


「……ねえ、彼女に怒られない?」


「? 彼女なんかいねーよ」


「ふーん……あっ! 彼氏がいるの? んふw」


「いる方が面白かったらな」


 いや俺が入るのかよ。別にいいけどむむむむむ。笑っているんじゃない。電気風呂って効能が曖昧だから苦手。口に苦いもの全てが良薬なわけではないだろ。お前も入れと手招きすると、アーティカちゃんは隣のジェットバスへくねくねしながら入って、ボタンを押してくれてもよろしくってよ? あんまり上品なボケを思いつかなかった俺は、素直に地味にボタンを押した。しゅごー。ごぼごぼ。薬湯にもつかっとけばと勧めると、おお、効きそうと彼女は笑い、今更ながら髪をまとめた。


「あっ、それいいな。すごく可愛い。奥様みたい」


「えへ……、奥様!? ……やめた」


 なんでだよ。やめるな。うなじ見せろ。腋見せろ。

 いや一緒に入ろうと言われても。

 俺だってジェットを背中に当てたいよ。


 しゅごおー。おお。やっぱり電気よりこっちだな。癒される。守る気あるんですかおっさん。と、意外とでかいというか重いケツから俺の上に座ってきた。こっちの方が恥ずかしくなる。わかった行こうと上がったら、自分だけ引き返してもう一度ジェットを楽しみはじめやがった。

 この野郎、偶然うっかり水着脱げろ。


 サウナで勝負したら負け、水風呂で勝負しても負けた。


(悔しい! 瞑鑼も減雄も俺よりずっと強いんだからね!?)


 その後は四人でごくありていに、露天風呂へ行ったりスライダーで滑ったり、スパーリングをやったりエアロバイクを漕いだりした。こんなに表情豊かな瞑鑼を見ることができるなんて……! 俺は氷水を一気に飲みほして、キンキンする頭をおさえながら、亢進した神経を鎮めるために、もう一度バイクへまたがった。今日ここへきて本当によかった! まるで天使だ! いや、初孫だ!


「ねえ、最後にもう一回ここ入ろうよ?」


「またサウナかよ!」


「優勝者は、負けた三人に、ちょっとずつ出し合っておごってもーらう!」


「わりかし平和なバトルだな」


 絶対に俺が一番初めにリタイアするという予想は一瞬で外れた。ああ、サウナ内のテレビから拡散される、人間の顔と声が不快だったのか。自分が一番楽しんでいる気は薄々していたけれど、最後の最後で不快にさせちゃったなあ。

 俺は瞑鑼に続いて外へ出た。


「……喧嘩していたから」


「いや、まあ、でもあれには一応台本があってな? バラエティといってもドラマとそんなに変わらない――余計駄目か。とにかくマジの喧嘩じゃないから心配要らないん、」


「あの人たちが」


「あの人?」


 たち?

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