第一章 白百合十字団 第五節 学問=科学
「何よりも、《白百合十字団》が『平等』をモットーにしていることが、最大の問題でした。魔法の定義が刷新され、魔法学という概念が、表の世界で確固とした地位を獲得したことによって、あるふたつの事象が、壊滅的な打撃を受けるにとどまらず、必然的に消滅したのです」
そこまで火菜が喋って、ゆこさんへ交代。
「第一に、現実世界の科学者。白百合十字団は世界中の科学者に向かって、『自然科学だけを科学と呼ぶ行為には、科学的正当性が全くない。不公平。ややこしい言い方すんな。潔くない』と、ついに言ってしまったのです。
これによって『科学』という単語は、『学問』という意味だけを持つようになりました。その結果、自然科学一強時代は、初めからなかったことになり、全ての学問が平等に科学を名乗れる学問科学時代が、やっと幕を開けたのです」
科学では解明できないことが、この世にはまだまだ沢山ある。――という格言は、旧時代の科学者たちのプライドを、死ぬほど気持ちよく満足させるものだった。
この場合でなくとも、『科学』と書いてあれば『自然科学』と読み解くのが常識。でも明言はしていないから、『化学』と読み解いた側に全責任がある。
くぅ~っ、世界って無限だなあ! そこには未解読領域という名の永遠の男のロマンが、漢の努力を嘲笑うかのように、いつまでもいつまでも顕在しているッ! これは尽きせぬ神秘ですぞ!
そこへ白百合十字団の登場である。『科学では解明できない』という文章が、『学問では解明できない』という珍妙なそれへと変わった。自然科学だけで宇宙の全てを解明できないなんて当たり前だろ、ばーか。と、白のヒールでぐりぐりされて、七三分けのガリ勉ヒョロメガネは、ひとり残らず『ンほォッ!?』となった。
易学で解明できることがたったひとつでもあるなんて事実を、特に彼らは信じたくなかったし、哲学と神学と魔法学があれば、解明できなくとも解決できるなんて真理を、特に彼らは受け入れられなかった。
――こうして誕生したのが、以前どこかで述べた『単一科学教』である。
『科学』という単語は、『自然科学』のことだけを指すんだい! 自然科学という学問が全ての学問の中で一番すごいんだい! 社会科学も人文科学も人間科学もゴミ! 占いが学問を名乗るとか氏ね! 神学とか全部嘘ですわ! いつかきっと諦めなければ絶対に自然科学だけで世界の全てを解読できるんだからぁ!
――こうした思想を改めきれなかった連中が、今もなお布教活動を熱心に続けているのだが、カモノハシを見るたびに鳥類じゃないんだよと解説を始める生き物博士と同様に、いいから。と疎まれている。
「――しかし過去の魔法物語のほとんど全てから、神秘性がごっそり失われてしまったことは、致し方なかったと私たちは考えます。と言うのも人は、現実世界で本物の魔法を手に入れることに、ついに成功してしまったからです」
空を飛ぶ魔法は、単体では心に一切関係がないので、単なる超自然科学――よって自称魔法。
雷を放つ魔法も、単体では心に一切関係がないので、単なる超自然科学――よって自称魔法。
武器を出しても時空を越えても最早誰もそれ単体を、本物の魔法と呼ぶことはできなくなった。変身したり、ビームを撃ったり、傷を治療する行為も同じ。
呪文なんて『発話』や『文章』の全てが実はそうだったということで超現実的なものになったし、魔術書ではない『本』などというものは、この世に一冊たりとも存在しなくなった。
カンガルーの骨格にトカゲの皮膚を纏った冷血の恐竜が躍動する図鑑が、今では保育園児の落書き集に成り下がってしまったように、22年前より昔に創られた魔法物語もことごとく、超自然科学物語、または自称魔法物語へと、無慈悲にも更新されてしまったのである。




