第一章 白百合十字団 第五節 過激の錬金術師
白百合十字団ジャージを着たつゆり先生が、基本に忠実に前置きを飛ばす。
「目を開きなさい! これが錬金術でなくて、一体なんだと言うのですか!?」
両の手に、それぞれ違ったジュブナイル。
「えー、みなさんもご存じの通り? こちら、うめめせんせい先生著の『妹が欲しいとママに頼んだら大変なことになった2』、通称『妹ママ2』は、累計発行部数1400万部を記録し、今なお続編が産み出されている、大々々ヒットラノヴェです」
ラノヴェ。
「一方こちら、なんと読むか判らないペンネームの誰かが著わした、『下層世界で妹と戦う俺には本当に何の能力もない』は、6冊出して、鳴かず飛ばずで尻すぼみ。他作品にパロられたことは一度もない、あとがきで読者の神経を逆なですることが大得意系のラノヴェです」
璽鵡骨聊、イラスト/ピ卜シ原。
なるほど、イラスト、しか正確には読めない。
「どちらも等しく300ページ前後。販売価格は全く同じ。では一体何が違うのか。問うまでもありません。中身ですね? つまりこの、『妹ママ2』から『打ち切り作品』を引いて残ったもの。これが、単なる錬金術を活用して創り上げた、抽象的な果実なのです」
黒板に適当な丸を描いてちょん。
「感覚で創られていようが、経験則で創られていようが、一向に関係はありません。結果として大金を産み出している。――この事実自体が、そこに錬金術が使用されていることの証明に変わるからです」
サインでもするかのようにガリガリと、現紋章を三色のチョークで。
「つまり《白百合十字団》とは、人類の歴史が始まって以来、こうした『非物質でありながらも価値があるものを創る技術』を専門に研究し続けてきた、魔術的科学結社なのです」
今では誰もが知っていることを、一応簡単に説明。
チョークを横に使って、かっこよく『心』と書いてから、辞書に載っている哲学の定義をこちこち。
ぼくたちが今日配られたプリントに書き込む。
「『矛盾しているものは全て悪だ』と考えていてもいいのは小学生まで! 『男と女は全く同じ生き物でありながら、同時に全く違う生き物である』――この矛盾は悪ですか。『劣等感に苛まれたくはないけれど、劣等感をバネにして人より高く飛びたい』――この矛盾は善ですか。『質量は同じなのに、あいつらばっかり売れてずるい!』じゃない! 目を開きなさい! それはまだ、物質しか、表面しか、見ることができていない目だ!」
そこまで言うと、つゆり先生はまた黒板へ向きなおった。
アンダードッグ効果に気をつけろ!
「今日は『ラノベに語彙力なんか必要ねえぞwww』を、ボコボコに叩きのめします♪」
★『漫画は中身』。
★『ラノベはイラスト』。
「誰でもこういった“思い上がり”に、陶酔してしまう時期があります。漫画は中身が面白くなきゃ売れないけど、ラノベはクソみたいな文章でも、えっちなイラストをつけたら売れる。――こんな結論を、ぼんやりと、間違いないなんて確信する“凡庸”からは、絶対に抜け出しなさい」
売れる、売れないの話。
儲かる、儲からないの話。
儲ける、儲けられないの話。
「こんな程度の『大間違いな結論』すら論破できない知能で、審美眼を語ってはいけません。『お金を稼いだもの』からマニュアルを紡ぎ出す際に、一番大切なのは、」
A:『大金が手元にある』。
B:『大金が手元にない』。
「このふたつのうち、どちらのスタート地点から、始められたプロジェクトであるのかを見極めること! 人気な絵師さんのおかげで売れたゴミクズ文章は『A』! 送り手にもともと、自由に使える大金が、なければ話にならなかったたぐいの話!」
どうやら要点だけを板書するというのが、つゆり先生の授業スタイルらしい。
「クソみたいな文章でも、絶対にヒット作へ変えられるのは、エロイラストという“金の卵”を産む鵞鳥が手元にある、エリート編集部だけなんだよ! あれはコネもツテも人脈も資金もない、一介の作家志望には、もとより使用できないマニュアルで収めた成功なんだ!」
赤に白に白に黄色。
チョークがバンバン礫になる。
「そこを羨んでなんになる? 『大金ありきの儲け話枠の、宝くじに当たるための努力』ってなんだ? ばかばかしい。3等にまで一度だけ、クソに金粉を散らしてもらえるチケットを買い続ける行為が、どうしてテメエの努力になる? 勇気と感動は就職に成功してから嗜みな。下手な鉄砲で10000回、数を打つ時間があったら、辞書や辞典の3冊や4冊、人は丸暗記できるんだよ」
なんでもかんでも不用意に好きになってはいかん。
「『クソみたいな文章で大儲けできた一発屋』は、『大金ありきの儲け話枠』の、宝くじに当たっただけなんだから! 蔑め! 妬め! 敵視しろ! 簡単に心を許すな! 『なんとなく面白いなあ』『こんなクソでもいいんなら、ぼくにもできそう!』じゃあないんだよ!」
好きって気持ちにセーブをかけろ!
『負け犬効果』に気をつけろ!
「大金がなきゃ始められない儲け話なのか、大金がなくとも始められる儲け話なのかを、毎回ちくいち見極めろ! 『有名イラストレーターさんに美麗イラストを添えてもらう』――大金がなきゃできない。『中堅以上の声優さんにアフレコしてもらう』――大金がなきゃできない。『神OPを作詞作曲してもらう』――大金がなきゃできない! 大金がなきゃできねぇーことから、着手したいと夢見るつもりなのか!? そんなものは努力とは言わないよ……!」
ラノベにも語彙力は要る!
「『金メダルを獲得』ほどのハードルか? って話。『難しそうな単語を使ってるやつは、イキってて嫌い』って思われたくない――ってなんだ? 作家が知識を身につけなくてもいい、なんて、道理があるはずもないじゃないか」
語彙量UPのための作業が、『オリンピックで金メダルを獲得』ほどのハードルだったら、する必要はないけれど、せいぜいスーパーで買い物をする程度なんだから、やらない意味はまるでない。
「知識をひけらかしたら嫌われるから、語彙力なんてなくていい、誰にもわかる言葉だけでいい、インプットをやらない――この行動に、信念に、核心を持つのは、一体今度は誰に都合のいい角度から物事を眺めた結果なんだろうね?
アンダードッグ効果を、努力によって得ようとしてんのか? え? それとも『バカの方が好かれるから、バカであり続ける努力をしているんだ』と、ただ単に手を抜いた怠惰を、人一倍勉強しない堕落を、『努力』だと主張し通したいのか?
徹底的に能動的に勝利を掴み取りたい俺たちにとって、切り株に恋焦がれる感情は敵だ! 焼き潰せ!」
興奮すると、『俺』が出る……。
黒板に鋭く書きなぐられた×印の真下に何故か、左右非対称の木が見えた。
「『釣り嫌いの猫好き』、Aさんが居る。『猫嫌いの釣り好き』、Bさんが居る。このふたりから同時に支持を得られるように、上手に話を組み上げれば、それぞれから『釣りは嫌い』『猫を出すな』とクレームを受けるリスクも同時に生じるものなんだ。
たとえばキャストを、猫がモデルのゆるキャラと、お笑い芸人とセクシーなアイドルにして、全員で海釣りに小舟で出かけるとか。
批判を気にしても仕方がないが、そいつはテメエが100%完璧な、誰にとっても善となる行動を選択したからではない。職にありつけたならそいつは単に、テメエの両親をはじめとする身内にとっての善を、行えただけに過ぎない。テメエは弱者を、カスみたいなライヴァルを、いつまでも“鶯鳴かせたこともある”と自慢してくるシルヴァーを、反則の若さと知力の腕力で、人情の欠片もなく蹴落としたんだ。その点においては悪人なのさ。欲望のままにパワハラをしただけなのに、『反面教師としてあいつの成長の役に立った』と思い込めば人間終わりだ。そこでテメエの成長は止まる。成長が止まることは失敗以外のなにものでもない」
大成と責任は表裏一体!
目先の責任を“辛いこと”“痛いこと”“苦しいこと”――つまり“失敗”のジャンルへカテゴリするな。“定義”するな。
「何もしなくても寝ているだけで印税が懐に入ってくる立場が欲しいのなら、アニメ動画まで自作できる、決して古臭くはない画力と、若者を中心に万人ウケする作詞・作曲ができた上で、若者を中心に万人ウケする歌唱力とダンスのスキルと若さとルックスと行動力を磨きなさい。
どこかのMr.剣士みたいにね。
お前たちが望んでいるのは努力だ! 俺たちはいつだって、志望者全員をひとり残らずビッグにするゴールの話しかしない! 全員が『主人公が無条件でモテモテになる話』をえがいたら、一番クソみたいじゃない文章のやつが、優勝するに決まってる!!」
いよいよ緊張してきた。
あれは案外と、なんでもないことではないのだ。
「もちろん、物事には順序があって、『語彙力』や『文章力』から鍛えていくのは、壁紙を空中に貼りつけてから、鉄筋を組み上げるようなものですが……」
大丈夫、平気だと、今は思っているさ。
しかし壇上に立つと途端に、体が勝手に強張るのだ。
どうすればいいのかね。
「一軒家じゃなくて、コンテナやプレハブでの生活でもいい、というのは、お客様が実費で建築する場合の話です。無料でもらえるなら、豪邸の方が、どうしても人気になるもので――」
カメラも回っていないのに。
記録する必要に迫られない歴史の1頁なのに。
「お金を持ってる年上は、豪邸もプレハブも好きなように建てられる。始めたばかりの新人に、豪邸を建てようとして失敗するか、全力でプレハブを建てるかの、二択しか与えられていないのは、当たり前の道理じゃないか」
同じ班の面子を、心の目でチラ見する。
南風ヶ崎同級生が、一番オギャれるバブみある。
「いいか、お前らは絶対に、いきなり豪邸を建てようとして失敗するな。全力で作った無料のプレハブに、お金がいっぱいもらえたら、豪邸の建築に着手すればいい。はい!」
ぱちんと手を叩く音。
「じゃあこないだ決めたグループに分かれてー」
てきぱきと、ごそごそと、移動してゆく……。
ああ、だめだ。どうしても心臓が早鐘を打つ。
2つの班で残り時間を2等分。時間が余ればプリントを仕上げる。各班の代表者がジャンケンしてうちが負けた。むむぅ。とりあえず深呼吸して資料を整頓。『医学と魔法学』というテーマの発表内容は、プラシーボ効果を例に挙げて始まり、自然科学的治療を施すべき場面と、魔法学的治療を施すべき場面とを見極めることが大事だという話へ展開して、
「よって私たちは、出血に想いの力を、心の痛みに化学薬品を、一番初めに組み合わせたいと欲してしまう煩悩を、できるだけ克服していくべきだと思います!」




