第一章 白百合十字団 第五節 魔法学の授業
五
さて、いよいよ、お待ちかね、魔法学の授業だ。
4月22日、金曜日。私立白藍植物園大学付属高校、1年B組の教室で、ぼくは四限目の開始時刻を待っていた。
これが終われば昼食だ、むしろ今すぐ飯にするべきだ――と、ぼくは考えない。ただ12時が来るなあ、と思うだけ。
それにぼくは別段、シスコンな感電マゾよろしく手作り弁当が大好きなわけでも、ケモナーな超絶マジモミアゲよろしく食堂が大好きなわけでもないのだ。
というかプラスチックの容器に詰め込まれた、均等に生ぬるい飲食物をその、あまり、清潔だと思うことも、クチャラーの方がいらっしゃる確率がガン上がりする大広間へ、進んで足を運びたいと思考することも、やはり、どれだけ努力してもできないのであって――、
ユリノさんのパンを一分で胃に詰め込んで、あとはもう鬼のように歯を磨く。いや、お手洗いが近い人には本当におすすめだぞ、パンはご飯よりも水分を吸収してくれるからな。
まあそれはいいとして。
やはり、あのことを断っておかなければならない。
と、ぼくは意味深にかしこまる。
時を止めて改まって、何もない、あるいは全てがある異次元空間で、きみだけと対峙する。
女児向けアニメとは違うのだ。あちらが表で華々しく輝く、色とりどりの――それこそ虹色の――かき氷なのだとしたら、こちらはよく目を凝らして見れば黒一色の文字しかない原油である。最終的には人の役に立つことができるという点においては対等であると仮定しても、原油を氷にブッかけて食ったら人は死ぬ。
なんと言っても魔法学の授業なのだ。
誰がどう考えても、《魔》が、《魔》の《法》が、善一色で出来ているはずがなかろう?
より具体的にたとえるならば蛇の毒。血清へ精製すれば、毒蛇に噛まれた人の命を救うことができる。しかし悪用すれば、または故意にでなくとも誤用すれば、神経毒を、出血毒を、筋肉毒を直截、人体に投与するような結果へと平気で繋がる。
とにかくぼくは、ガソリンなくせにシロップだとも取られる曖昧な発言をして、そう読み解いた側に全責任を負わせるような、そんな卑怯な真似はしたくないんだ。
何度も言うがこれは蛇毒だ。
まさかのときに備えて、血清の原料として所望し、常備していただきたい。
しかしそれでも蛇を見ただけでショック死する人間がいないとも限らない。噛まれた時点で化学を無視して絶命する彼らには、血清さえも必要がない。だからぼくは言う。心を鬼にして――
きみとはここでさようならだと。
今まで楽しかった。もう二度と会うことはない。妙な情が湧く前にここでお別れした方が、総合的に一番きみのためになる。きみの眼球は真実の光に耐えられる構造になっていないし、きみの肝臓はどれだけ勇気を振り絞っても魔の毒を分解できない。
背後から実の母にからみつく、ぼくの姿を思い出してみたまえ!
そこに四肢のない変温動物の影を見て、人間として当たり前に不気味だと侮蔑し、いつもの平凡な日常を目指して回れ右をせよ。
ここからならまだ引き返せる。
それでもまだ好奇心を征服できないというのなら、ぼくはあえてこう言おう。
ぼくはピーター・パンを、名前だけしか知らない――、と。
今きみの心は深く深く傷ついた!
どれも全部同じに見えると軽々しく口にした間抜けのおかげで、殺意一色に拳が染まった“カー・エンスー”のように!
なんて――。
本来はお話に前置きは禁物なのだ。だからこれは実は単体の前置きではない。前置きであり、同時に何であるのか。こうして天邪鬼を刺戟し、この先を読ませることで、この握刀川心至福とかいう得体の知れない若輩者は、もしかすると同類を、同胞を、眷属を作ろうとしているのではあるまいか?
もしかしたらここまでが、絶妙につまみたくなる撒き餌だったのではないか。ここから恐ろしく反り返った釣り針を、喉の奥へねじ込まれるのではないか。誘われて、釣り上げられて、人情の欠片もなく啖食されるのではないか。
もしもそう思わなかったのなら、きみは本当に純粋で、無垢で、鴇のように手厚く保護してあげなければならない特別天然記念物だ。今すぐにブラウザの『戻る』ボタンを高速でクリックせよ。そして早く思い出せ。きみは魔法少女が好きなのであって、魔法学なぞには、一切興味がなかったということを。
きみは必ず涙を流す。
そのとき過去のきみは死ぬ。
宇宙は地球を中心に回っているし、人は猿の子孫なんかじゃない。おじさん連中の大好きなティラノサウルスには、気持ち悪い羽毛なんか生えていなかったし、初恋のあの人に結婚を前提としたお付き合いを申し込まれていさえすれば、きみは永久に幸せであり続けられたんだから。
更新データを受信して、生き残った者だけが新時代人だ。生き残った者はみな、最早人間ではない。なんともなかったのなら、それはもう既に、ぼくの影響なんか微塵も必要ないほどに、改変されていたということだ。
倦怠を甘受するか、刺戟を渇望するか……。あるいは興味本位で足を突っ込んで、取り返しがつかなくなるのも一興だ。被虐趣味のある人間にとって、現世は端から天国である。
ぼくの夢は世界中の焼き菓子関連グッズを取りそろえたお店をウェブ上に建造することだ。
決してお母さんをお嫁さんにすることではない。
魔法学教諭、米餅搗つゆり先生が入室。
「きりーつ、礼、着席――」




