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第一章 白百合十字団 第四節 超・相乗効果の点

 午後4時25分。

 4月18日はまだ日が短い。

 ということでぼくは、最後にあれ(▼▼)を試みてみることにした。


「ぼくの趣味は焼き菓子作りだ」


「はい?」


「焼き菓子。知らんか? 焼いて作るお菓子だよ。ぼくはあれが好きなんだ」


「はあ……」


 うんざりした口調ではない。

 よって構わず続ける。


「ぼくは、焼きプリンもポテトチップスも、コンビニで買った方が得だと考える人間だ。まあそりゃ頑張れば手作りの方がうまくなるだろう。しかし味の分野だけで勝っても、時間やコスト、完成品の保存可能期間の分野で負けると、やはり、その方向へ努力する気が起こらない。だから、焼き菓子。ぼくはこれだけを扱う」


 五百蔵いおろい五百良ゆうらは首肯した。

 まあ、焼き菓子嫌いの人間は、動物嫌いの人間よりは少なかろう。


「要するに組み合わせが一番肝心なんだよ。人はあんまりにも、『二兎追う者は一兎をも得ず』にビビりすぎ、または、ビビらなさすぎているとぼくは思う。欲張り爺さんになりたくなさすぎても失敗するし、欲張り爺さんでいいじゃんと開き直りすぎても失敗する――と、ぼくは思うんだ。


 たとえばクッキーなんかは、『食べられる粘土細工』という風に見れば、作って遊んで楽しいし、そのあと当然食べるから、作品の置き場にも困らない。写真に撮っておけば永久になくならないわけだし。ホットケーキやバナナケーキは、ほとんどパンだから、余っても冷凍しておけばいい。


 ――これは、善の組み合わせだと思わないか? ぼくはここを、『超・相乗効果の点』と呼んでいる。探せばあるかもしれないこの点を、端から探しもしないのは、ぼくは、悪行だと思っているんだ」


 とまあ、そこまで喋って放置。

 つまりこれは、『打ち明けられるところまでは打ち明けてくれ、どうぞ』という言外の意味を織り込んだ、抽象的な呼び水なんだ。


 自分語りに自信がありすぎる、クラスの人気者に心底うんざりしている我々は、彼らを肯定することによって自らを否定することになる未来を何よりも怖れている。だからここには、交互に少しずつ自分語りができる人間関係がありますよ、と、年上であるぼくが、まず、示したわけなのである。


 当然このまま話が終わっても問題はない。なぜかというに、《白百合十字団(リリエンクロイツ)活動》とは、このように、勉強や運動や遊びに特化した部活動、事務作業に特化した生徒会活動、接客業に特化したアルバイト――のいずれにも適さなかった人間が寄り添って、共感を得ながら、犬の散歩程度に息抜きをすることそのものを指すのだから。


 悩みを解決するのではなく、それはそれとして置いておく技術を磨き、自分に合った癒しを、どれだけ無気力であっても、ある程度積極的に摂取していこうと思えるように、先輩から学び、今度は当人が後輩に伝えていく場所なのだ。


 五百蔵いおろい五百良ゆうらは少しだけ喋った。妙な部活では女装させられて嗤われたとか、創始メンバーだけが嫌に仲良しで、排他的な空気が苦しかったとか。人数制限があるために、生徒会には入られなかったこと。体育会系の部活動には、一度足を踏み入れたが最後、辞めるとかお前マジで死ねよと実際に言われたこと――。


 しかしその口調は、悩みを破壊することしか脳がない人間に特有の、憎悪に満ちたものではなかった。

 話せば楽になるという技法もまた、《白百合十字団活動》と組み合わせることで、より素晴らしい結果を人にもたらすものらしい。


「制服もですけど、その眼鏡もかっこいいです!」


「ああ、この眼鏡? うん。ぼくもこれは、格好良いと思ってる」


 フレームなしの長方形。

 まあ、丸いのをかければへりくだられるという顔でもないからな。

 絶妙にキモくなるだけという……え? 身長?


「184だけど……? どうやってと言われても、これは魔法を使った結果だから。ぼくは何の努力もしていないんだ」


「ま、魔法ですか……!」


「ぼくなんかは君みたいにかわいい方がよかったけどな。ああ、気を悪くしたらごめん」


「いえ、全然……!」


 まあ、心至福しんしふくという名前で、女の子みたいな顔してても滑ってるといえばそうか。

 妹にできない分、髪の毛を触ってみたり。

 頭わしゃー。ほっぺたぬいん。

 まあまあその辺で自粛して。

 ぼくは帰るぞと言わずに妹の手を掴んだ。

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