第一章 白百合十字団 第四節 八方睨みの偽瞳孔
刃楼の方がカメラマン。
火菜がブレザーでセクシーポーズ。
右目ウインク。
さすが演技派女優。
様になっている。
男ふたりで腰かけているのは、ペンキ塗りたてでもなんでもないベンチ。
場所は先ほど一旦素通りした、中央公園の中である。
なんとはなしに時計を見る。
気を揉ませるというのも一つの手だ。
空のいけにえ――。
人間だって食う前には毟る。
ばい菌だらけなので、手に取ってみはしないが――普通に左右対称である――、揚力を産む『ザ・風切羽』というものも、意外とこう、その辺にありふれてはいないらしい。
レアらしい。
この場にありありと浮かぶのは、まったく透明感のない、合い挽き肉と水をミキサーにかけたような肉汁。
校舎裏の駐輪場で、戦国時代の亡骸よろしく、ガアガアとつつかれていた。
自分の手足からたまに吹き出す、光沢のある紅玉とは、似ても似つかなかったことが衝撃的だった。
次に驚いたのは橋の下。
まあそりゃ、人が近づいたら、飛んで逃げるのが当たり前だけれど。
帰りにチラ見しても、翌日また確認しても、遺骸は食べ残されたままだった。
(そういや猫もイルカもチンパンジーも、遊びでほかの動物を殺すんだっけ)
衝撃的と言えばオオカマキリだ。
交尾中にメスがオスを頭から食らうことなんて、今時分、誰でも知ってるって?
いや、ぼくが驚いたのは、あいつらカエルも食うってことだ。
は? だから? と、思うとは思うけど――、ぼくには衝撃だったんだ。
虫って虫を食うイメージじゃん? カエルの方がカマキリを食うイメージじゃん? 骨のない虫けらが、脊椎動物様を食らうかね?
(そう、『丸呑み』にはさほど、残酷み、残虐みを感じないのだ――)
大きく育ったクワズイモの茎の根本、雨水がたまっているところに、実は潜んでいたらしい。ぼくはただ、平和な緑にあふれる庭で、偶然見つけたでっかいカマキリを、残虐に捕獲することなく、真摯に、紳士的に観察していたんだ。
鳥を襲う蜘蛛もいるらしいけれど、それは圧縮されて二次元へ流し込まれた活動写真だ。
一瞬の出来事だった。
八方睨みの偽瞳孔からは、何人たりとも逃れられない。
(おせちの黒豆は鉄くぎと一緒に煮て作るって本当ですか?)
胃液の泡沫と共に大量に噴き出した黒いつぶつぶは、蛙に呑まれた蟻の頭と胸と腹だった。
また予想外、小腸なんか飛び出さないんだな。
卵でパンパンになった母魚の胎の中に、臓器が見当たらない道理と同じか。
ふっくりとした蛇腹が更に、ドクドクと脈打って膨らんでゆく……。
(大腿骨のみになった太ももから下は、どうやって動かしているんだろう?)
脱出を再チャレンジしてみるも、どうにもならなくてフリーズする、くりくりのおめめ。
ヤンデレ嫌いの不幸自慢に、それなら寄越せと憤る、童貞も真っ青のだいしゅきホールド。
決して緩めることなく悠々と、ちみちみちみちみ顎振り三年する作業用BGMを、最後まで視聴するのが億劫になって、ぼくは帰宅した。
おそらく彼女も完食してはいまい。
嗚呼、関係ないけどなんか今無性に、竜田揚げ食べたくなってきた。




