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第二章 幸せすぎて涙出る 06 バキバキ

「嘘だろお前、腹筋すげーな!」


「えっ、ちょっ、バキバキに割れてるみたいに言わないで下さいよ……!」


 気にしてるんですから。うっすらですよ、うっすら。というか褒めるところおかしくないですか? とかなんとか呟いて、恥じらいながらお腹を隠すアーティカちゃん。

 いやお前は隠すところがおかしいな。


 瞑鑼めいらがふいっと浴槽へ向かったので、俺は変なポーズのヴィーナスを放置し、せめてかけ湯をしてから入浴してはどうだと提案するために、専用の桶を掴んで追い越した。


「ちょっと下見をしようと思ったのよ……。心配しないで、すぐに戻るから」


 本日、左目を覆う眼帯には、真っ白な『髑髏と骨』が表示されている。


「そ、そうか……? じゃあ俺は、あの辺で先に体洗ってるから」


 そう言うと、本当の自分を心の奥底へ厳重に仕舞い込んだ外出用の七七七瀬瞑鑼、通称表瞑鑼は、はいと儚く頷いて、茶運び人形のような動きで人ごみレベルの調査へ向かった。


「ないものねだりってやつですね? 自分には腹筋がないから」


「おい親友よ、それは聞き捨てならないな。ないものねだりは正解だが、俺にはちゃんと、」


「あ~、うんうん。あるある。さっすが男の子! かた……やらし~い。硬い」


「触んな」


 触り返したくなるだろうが。


「? いいですよ?」


「なにっ!?」


 違う、違う。ノリで一応驚いてみただけだ。触るわけないって。動揺なんかしてないって。俺がごくりと生唾を飲む。鼻で静かに深呼吸。触りたいか触りたくないかで言うと、そりゃあ触りたいけれど、場所が場所っていうか。それ以前に、後ろから髪の毛と耳をすんすんしながらじゃないとあんまりお腹は触りたくない主義っていうか。そうでもないけど。


 アーティカちゃんがそれこそいやらしく両手を退けると、たとえスクール水着に覆われていたとしても隠れることができないであろう、脂肪から解放された見目麗しい腹直筋と、丁寧にお掃除させて頂きたくなる小さなおへそが現れた。


「え? お前陸上部だっけ?」


「ああ――っ!」


 それとも水泳部? と訊ねる前に彼女が叫んだ。そしてまた、ちょっとここは大浴場なんだから静かにしろよと言おうとした俺を遮って、


「お兄さん、こいつですよ、言ってやってくださいよ! こいつが授業中くだらないことばっかり言って、瞑ちゃんをからかってるんです!」


「え、何? お前いたの? えっ、何? えっ?」


「えっ?」


 頭に血がのぼったら逆に冷静になるとかいった、どこかの漫画で得た知識は嘘だった。

 少なくとも俺にとっては。


「えっ、ちょっと? お兄さん? 七七七瀬先輩?」


 左手に更に力を込めると、カニクイザルのような顔をした男は、世界一のイケメンになった。リアクション芸人界の。ハハ。右拳を全力で握りしめて振り被る。アーちゃんが何か叫ぶ。五感過敏どころか聴覚過敏すら持っていない俺には当然何も聞こえない。今度は必死で腕を掴んできた。成程ね。この男を本気で守りたかったら、自分が殴られる位置へ飛び込むはずだよな。つまりこれはポーズだ。だからここでこいつの永久歯を全部、胃袋の中へ流し込んでやっても一向に構わない。しかし殴ろうにも両腕が邪魔だったので、とりま顔面をかけ湯の中へぶち込もうとしたら、脇腹に手刀をぶち込まれた。


「ふぐ……ぅっ!?」


 格好悪く倒れるも、格好をつけて起き上がる俺。即座に振り返るとそこには、よそ行きの顔をした俺の妹がいた。その右目を見た瞬間、体に電流が走った。俺は汚れた手を洗いながら、子どもじみた言い訳が止まらない脳を認知した。


「……これはアポプロエーグメノンだ。だから今直ぐに現世から処分しなければならない」


「いいえ、それはプロエーグメノンかもしれないわ。だからやめなさい」


「サルは殺してもいいんだ。ゴミサルは」


「いいえ、いけません。それでも動物愛護法に抵触して逮捕されます」


「えっ、そうなの!?」


 でも別に、終身刑とか死刑には、ならないよな?


「えへっ……、あの……え、なんすか? これ。あの、」


「ヘラヘラヘラヘラ……してんじゃねぇーぞ! ああっ!?」


 今度こそ去勢してやろうと思って飛びかかったのだが、流石に前から止められたので、諦めざるを得なかった。「すんませんっした」と急いでこの場を離れようとしやがったので、ケツを思いっきり蹴り上げてやると、こらっとアーちゃんに叱られた。フーフー唸る俺を、あっち行きましょとなだめてくれるお友達とは対照的に、右瞑鑼はもう既に洗面台に向かって、頭をわしゃわしゃ洗っていた。



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