第一章 白百合十字団 第三節 かにピースかわいい
「そうなのよぉ! 10月31日に生まれたから刃楼って! 英語圏での昼間における、ごく一般的な挨拶かよ! はろー♪」
「ドイツ語でもハローだよ。綴りはちょっと違うけど」
「へぇー」
基本的には、今言った『アマガエルを踏んでしまう』によく似た、ぶにゅぶにゅでどろどろのグロみがあるから。兎と猫のコスプレはまだわかるけど、なんでゾンビなの? みたいな。なんで魔女とか海賊とか吸血鬼とかいった、悪者ばっかり肯定するの? 的な。
お化けが怖いというよりは、内臓系の”変化”が苦手。人骨単体なら平気でも、血肉の類の気持ち悪さはNG。好き勝手に騒いでゴミを散らかす、ハロヰン好きの所為で更に嫌いになった――というのもある。
「あの汗感。密集感。自己忘却が大好きな人には、たまらないんだろうとは思うけど……」
よって誕生日が楽しくない。陰鬱。
で、『どうしよう』――。
かといってハロヰンアンチになるのもなんかやだ。
とにかく彼女はゴリ押し勢であれ、アンチ勢であれ、大勢で馬鹿騒ぎするパリピ感が嫌いなのだ。かといってそれができなければ――断固として拒否するならば――、『ノリ悪い』と叩かれるのが現実……。
去年なんか嫌だと言ったのに、顔に紫と緑の絵の具を塗られて、大泣きしながら帰ってきた。
本当にどうしたものか。
「悪人の格好して人をおどかして、お菓子をきょうかつ――『キョロジュー』かよ! 世界は犯罪者を量産したいの?」
だからこれは、根本からの解決はできない問題なのだ。
お菓子会社の策略だということが日本人全員に知れ渡っても、今後、バレンタインイベントがなくなることはないように、ハロヰンイベントも、アンチ勢の夢が叶うレベルにまで縮小することは絶対にない。
従って、梅雨が明けるまでは朝夜のジョギングを我慢するより他にないように、その期間を耐え忍ぶしかないのだ。外からやってくる台風のような困難には、忍耐で立ち向かうしかないのである。
基本的には。
「――でも、もしかすると刃楼は、当日が誕生日な分、他のハロヰン嫌いの女の子よりも、恵まれているかもしれないぞ」
「へ? どういうこと?」
「つまりだ。そこに何か『パーッと明るいイベント』を自分で持ってくることで、暗い気持ちを相殺できると、ぼくは思うんだよ。苦手な出来事をおりゃーっと乗り越えることで、普通の倍、誕生日を楽しめる可能性がある」
ぼくは彼女の相槌さえ待たずに質問を投げた。
「今年は何がしたい? それを考えようぜ。なんか言ってみ?」
「カニ!」
「カニかあー。お前の大好物ってなんだっけ?」
「カニクリームコロッケとぉ、サワガニの素揚げ! じゅわーっ、かにっ、かに♪」
かにピースかわいい。
「私、硬いやつが好き。ぽりぽり楽しいから。オクラとか生卵と山芋とかは、オエーてなる」
「うん」
「あとお味噌とポン酢も好き。辛いのとすっぱいの。甘いのとか子どもね、虫歯になるわ?」
「じゃあカニ鍋だなあー、季節的にも」
「ふーん……」
「まあ、『どっかに出かける』よりは、安心して信用できるだろ? 鍋だし」
「あー、うん。うん。そうかな?」
「むしろ今日鍋食いたくなってきた」
「えぇっ!? それだとご褒美の価値が……!」
「あっ、あのー……! こ、こんにちは?」
髪型は普通。
眼鏡も普通。
背はやや高めで、体型はその――いわゆる、ふくよかさん。
待ち合わせの相手、南風ヶ崎はゆこ同級生も、ぼくと同じく白藍色のブレザーを着ていた。
「こんにちはっ!」
「かっ……! かわいいいいいいっ! こんにちはーっ♪」
例のブツを手渡すとゆこさんは、握美ちゃんに後ろからモフつくぼくのような顔になった。メッセージが添えられたサインを見て感涙。手紙を発見して絶句。こちらの悪癖が浮き彫りになるほどに純真無垢な笑顔で、何度も何度も礼を言われる。
『おとなのためのこども絵本シリーズ』の著者、刃楼ちゃんの実父、握刀川日守さんが、変なペンネームを考えなかったことが、事の発端と言えばそうだ。
高校生活が始まって秒で問い詰められた。安請け合いしたわけではないけれど、彼女のような、淡泊な粘着質タイプには、ぼくでなくとも簡単に、力添えできてしまうものだろう。
ブルネットのストレート。
アイスグリーンの虹彩。
銀のとんぼ玉ヘアゴム。
「ツインショートポニテ……かな? わかんないけど」
『ほおー』
付け根の位置は一番上。真正面から見るとショートヘア。ショートツーサイドアップ? とは違って、前髪以外の髪が全部、真後ろで並列したショートポニテに集まってる感じ。後頭部まるーん。真ん中ギザギザ。うなじで数本和毛が遊ぶ。
「ああっ、超撫でまくりたいっ!」
「いやそれは逆に君が性転換しても無理だ」
「ぐはっ! 全部わかりましたっ!」
和服風のメイド服を着た同級生が、なんとなくやってきた。
ゆこさんがメロンクリームソーダを注文。
ぼくもすかさずそれに倣った。
いや、なんとなく。
「あれ、お前、髪触られるのは嫌なのに、回し飲みは平気なの?」
「? 人によるけど?」
ストローの先でちみちみ吸われたバニラアイスが見事に消える。
メロンソーダもほとんど飲んじゃう。
顔を上げてご満悦。
待て。
きみ、さっきなんて言ってたっけ?
最後に外へ出てフクロウさんを触る練習をし、達成のはにかみにときめいたゆこさんが撮影NGに明るく落胆して、この日のふたりリリクロ活動+αは幕を閉じた。




