第零章 烏糸欄 01 美しい人間
美しい人間の皆様、こんにちは。
歯の浮くような癇に障るお追従は未来永劫抜きにして、開幕三行目で嗤っていただこう。
本作は“歴史ミステリー”だ。
鉄粉で赤銅色に染めた温泉に、景気回復という効能が掲げられていたらどう思うか? ベーコンとチーズをたっぷり載せた餅ピザが、一口で内臓脂肪を燃焼させられると謳っていたら? 砂糖と塩の容れ物を、自分で間違えても腹が立つのに。
嘘はいけない、嘘はいけない、嘘はいけない、嘘はいけない――我々も正直で善良な皆様と同様に、低頭平身を装ったギャグ○○です発言ではなく、結局たいした再生数も稼げていないサムネ詐欺まがいの似非錬金術でもなく、本物の黄金律を、日々希求しているのである。
ご容赦願いたい。
ご容赦願いたい!
美しい人間では絶対にありえない我々が、人間臭さの欠片も持ちえない我々が、虫螻同然に地を這うらしい邪曲な我々が、泥臭く無いなどということが果たしてありえるだろうか?
正直に言って、箸にも棒にもかからなかったのだ。
最初の数年は壁にぶつかるたびに、失敗の原因を自己の欠点に見出すことができた。全くの門外漢だった我々のマニュアルが、反省するごとに成長してゆくのを見るのは楽しかった。次こそはきっとうまくいく――しかしながら更に数年、運というハードルにふりだしまで押し戻されて、さしもの我々も心が折れた。
幸運に恵まれなければならないと結論づけられても、そんな悪癖は自省のし様がない。
全てをできるようになればいいのよと伝えられても、そんな秘訣は履行のし様がない!
そして何よりもう時間がなかったし、アイディアも完全に底を突いた。競技人口が増えているのだ。全く新しいお話の数が、日一日と減少していないわけがない。絶対にハンバーグ定食しか採用されない新入社員研修会で、舌の肥えた合同企業説明会様はおっしゃいます!
「きみい、これは『ハンバーグ定食』という既存のメニューに、とてもよく似ているねえ?」
「うちにはオムライスじゃなくて『ハンバーグ定食』を作って持って来いっつってんだろ!」
本当に申し訳ございませんでした。短足の分際で、信長様の遺伝子を受け継いでいなくて。
本当に申し訳ございませんでした。絵心も無い癖に、売れっ子美人漫画家の姉がいなくて。
本当に申し訳ございませんでした。勤労と閉籠を両得できる、新時代に恵まれてしまって。
いったい何がイケなかったのか?
そんなものは我々の顔面に決まっている。
いつだってピラミッドからハブられるブチハイエナは、愛と絆と友情のパワーで必死に仕留めたトムソンガゼルを無慈悲に横取りされた上で、百獣の女王が卓抜したチームワークで手にした馳走を隙あらば盗窃しようと企んでいるコソ泥呼ばわりされるものなのだ。
ライオン様は何をしても正しい! 何故ならその御名から御姿まで全てが美しいから。公平でないと言うのなら、我々もキッズの時分から、薄汚い鬣犬を目当てに動物園へ足しげく通っていなければならなかった。
余談になるが例のあの、虎穴に入らずんばなんとやらという慣用句。美しい人間の皆様には金輪際使用しないでいただきたい。それというのも、あなた方は虎のことなど、メスグログンカンドリの良心ほども嫌悪してはいないのだから。あんなにも表情豊かで、あんなにもモフモフの愛くるしい哺乳類なぞ、大好きで仕方がないだろうに。愛着しか湧かないだろうに。
皆様が生得的に厭悪しているのは、指先から眼差しまで渇き切った我々のことだけだ。
大真面目だ。
“想像できるものは全て実現する”というかの格言に、芯まで惚れ込んでしまったのは、何者にも憧れない我々ではなく、美しい人間の皆様、あなた方なのだから。我々には他の全てができなかった。その代わりに、わけのわからん『デス♀バード』だけはできたのだ。美しい人間なら絶対に、風向きが悪くなった途端に逃げ腰で、不可能だなどと抜かしたりはしない。
そう本作『デス♀バード』とは、文明が完全にVR化する直前の現実の地球を舞台とした、人類最後のアナログなる宝探しゲームなのである!
巻で数えるのも差し出がましいので、区切で数えることにする。これから一、二、三、四つの区切を順次公開する。それらの中には『デス♀バード』を特定する――のではなく、『デス♀バード』を解読するためのヒントを鏤めてある(腹積もりだけは一人前だったのだ)。もしよかったら暇潰しにどうぞ。勿論今すぐ嘘乙と切り捨てていただいても結構だが、この長ったらしい説明なしに、以下四つの区切を開示するわけにはゆかなかったことだけは、どうか推量していただきたい。信じられないかもしれないが、我々にも美しい人間の肉親がいるのだ。
喫緊の要事が我々を駆り立てた! 文才の研削に見切りをつけ、駄作に付録をつけることで、新時代の読物に変えた! 現実の地球丸ごと一個と以下四つの区切を使った、死と再生のトレジャーハント!
我々は一度も上梓を強要しなかったし、進貢してほしいと恫喝しもしなかったではないか。
ご容赦願いたい。
ご容赦願いたい!
美しい人間の皆様が、親炙する父のことを自らの神だと敬っても構わないというのであれば、我々も我々が私淑する母のことを、我々の女神だと崇め尊んでも構わないのではあるまいか?