第四章 BRBB 17 身軽な身重
もし下にいる人が全員無事でも、この高さから落下した、生身の氷麻は中でどうなる!? もしかすると何もせずに放置して、連れ込まれた先で女性だと判明するのを待つ道が、一番正しかったのではないか!?
飛び込んだ花松音那の左手に、白球を追いかけるグローブのように、いつか見たあのステージが現れた。あの大きさだと確実に掴める! しかしそのあとは? 失敗して被害が拡大する未来しか見えない!
かにんちゃんが追いついておれは見た。
進化したIH調理器ウイングで、全てを支えるカルカロドント・オルルーザの勇姿を。
『ぬぅぅぅおおおりゃああああああああああああああっ!』
そうだ頑張れ、その落下のエネルギー分だけ相殺すれば、あとは静かに置くだけだ!
溢れた香りで鼻が麻痺する。
ステージがOKサインをまるっと作って風が止む。
「うううううおっ、るああああああっ!」
水と緑じゃない方が、倒れるのを待たずに、剣を構えて腹部へ突撃。バギンと錠か何かが壊れる。スクリーンが真ん中から割れ、埋火ママが折り畳まれる。虹色に染まった氷麻ちゃんが、ふたりの伽羅魂人間に救出される。
ずずーん。
人口の過半数を占める、ノリのいい日和見主義者たちによる歓声が鳴り響く中、おれたちはかにんちゃんから飛び出した。小さくなって、ぽっこりらいあ。さあ急げ!
「ちょうどよかった! ここ、お風呂あるでしょ!? ああっ! お財布! 鞄の中だ!」
「落ち着け、全部持ってきた! でもどれだ!?」
「えーと、あーと、あったこれだ! けど触れない!」
「ああもう、私が出すから!」
有限班の紅一点が懐に手を突っ込んだその刹那、聞き覚えのあるあの声が、俺たち全員の動きを止めた。
今なんて言った、あいつ?
諦めないとか、なんだとか。
いや諦めてくれよ!
へなへながくりと意識を失う。またみんなして抱きとめる。やはり、ここまで無理矢理に底力を引っ張り出しても、生身の本体に太刀打ちできるレベルには至らなかったか……!
壊れた顔面が内側から蹴っ飛ばされる。
やはりどう見ても二十代前半にしか見えない。
「さあ、勝負はこれからよ♪」
(やはり、この中に、入っていたのか……!)
コツコツと足音を立てながら、身重のリュミナが迫り来る。
言ってしまえば先程は、絶対に倒せるはずのない反則のアイドールだったからこそ、逆に安心して、半ば気持ちよく、全力をぶつけることができたのだ。
しかしこの場合は?
赤ちゃんを身籠った女性。
全人類が紳士的に護るべき存在。
そんな生き物が略奪をしかけてきた。
さあどうする?
「ええっ、ちょ、有限ちゃん!?」
「ゆうげんっ!」
「狼坂君!」
驚く気持ちも解らないではないが、しかしこれこそジャンケンだったのだ。女性中毒のこのおれが、映像で我慢させられていた女性を生で見ることができて、『萎え』になるはずがなかった。ただ、そんなことさえも忘却するほどに、おれの記憶力が残念だっただけである。
「いっ……!? たぁ~い!」
『ええ~~~~~~~っ!?』
「ちょ……、はひぃ! やめ、あいたぁっ!? こっ……! はん♪」
「『ごめんなさい』は、絶対言うな」
「へぇ? は……? ええ? な……ッ! ……あら、もっとぶってもよかったのに?」
「うるさい。指図すんな」
そう言って、おれは最後にもう一度、埋火リュミナの丸いお尻を地味につねった。ぎゅう。
「はぁん♪ もっとぉ♪ 奥♪」
勝負はついた。これで終わりだ。さあ風呂だ。フィンランド式混浴サウナだ、ひゃっほう絶対に暗記するッ! おれは心のフィンランド国旗に向かって感謝の舞を千回踊った。
「同じような考えで集まった野郎共と、むさ苦しくすし詰め状態になることも知らずに……」
「何言ってんの、一旦家に帰るのよ」とてぃら美。
「んん!? じゃあ帰ったらサウナに行くか!? お前の恥部はおれが護るッ!」
「はいはい。勝った勝った。えらいえらい」
これもまた、ジャンケンなのです……。
群衆の存在を今になって思い出す。やべえめっちゃ写メられてた。格好良く決めたところまで時間を巻き戻して神さま! すごい気持ちいいですもっとぉ♪
『キャーッ!』
シャッター音が大きくなってゆく。どうやら今頃になってやっと、音那ちゃんの存在に気付いたらしい。これはこれで面倒なことになりそうだ。
ん?
好乃は先のシロップで、派手な虹色に染まっていて――?
かき氷機のあった場所に、おれたちのマオにゃんが倒れていた。