第四章 BRBB 14 LUST BOSS
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右腕には鋭い歯を回転させる除雪機。左腕にはジャンボジェットのエンジンのような降雪機。頭部には手回しハンドル。ボディは円筒状で頭部は半球。黄色いくちばし。つぶらな瞳。
『あれがお母さん!?』
ちょっと待ってくれ。いくら記憶力に実力のないおれでも、流石に彼女のことは憶えている。正直に白状すると、顔に関しては初めて見たとしか思えないが――、
「あなたがその子の飼い主さんだったのね!?」
頭にはタオル。
立ち昇る湯気。
しっとり汗ばむたまご肌。
シンクの中からセクシーに、指先と生肩を覗かせながら、息巻いたのはオリザだった。
(確かにここは寒いけど)
「その子とは言いませんけれど、去年の年末、うちのガラス窓、大きな猫に破られましてね!」
「はぁ~? だからなにぃ~? こっちこそ去年の年末、この子が怪我して帰ってきたから、もっぱら犯人の捜索中なんだけど~?」
向こうも負けていない!
ペンギンちゃん型特大かき氷機のお腹に映し出された映像の中、ソファにだらだら寝そべりながら、ポテトチップスを食べつつ、大きなお腹を撫でさする!
うん、そうだ、あんな顔だったような気もしてきた。実に熱造の好きそうな、うら若き子持ちの美人奥様。
うら若すぎる気もするが、レディに年齢は質問できない。
「愛猫は室内飼育をおすすめします!」
「は? マジで何言ってんの? 出たいよ、出たいよーって言うのに、閉じ込めたらかわいそうじゃない? 小動物を食べるから悪さはしないし、おトイレだってちゃんと決まった場所に……」
「そのサイズだとクジラ以外は小動物ですっ!」
埋火ママが適当に聞き流しながらリモコンを握り、おそらくチャンネルを回して面白い番組を見つけた。そしてへなへなと、埋火カルカが細流妹の腕の中からずり落ちる。
はじめ失笑。次に陸へ上がった魚のように、重力で地面へ吸いつけられて、痙攣――からの静止。妹による人工呼吸を阻止! 落ち着け、こいつは女性が苦手でもあるんだから!
そういえば超絶美人秘書も瀕死だった。
花松音那爛漫川も。
ダックスかにんちゃんの中へ、ひとりずつ運び込む。
「そうでなくとも! 今やってる行為は、単なる誘拐! 犯罪です! 返しなさい!」
「この子は自分から来たいって言ったのよ!」
「その子は女の子ですっ!」
「はぁ!? ぷぷぷっ! 逆にそんな嘘を真剣につける演技力に関心しますわww 女装させてるってことくらい、見りゃわかるんだよ!」
「わからずや! いいから……、返しな……、さーい!」
大小様々な冷蔵庫から成る冷蔵庫ハンドが、レッドしゃもじをぐっと握る。概念だから、見た目の十倍スピーディ。除雪機が火花を散らし、降雪機が雪を吐く。そういや何戦目になるんだ。というかこの前って――ああ! つまりあの兄貴は、ママからアイドールを借りていた、ということになるのか。
「だめよ、このままじゃ……、また、負けるわ……!」
「好乃、お前、大丈夫なのか!?」
「……ゆう太、あなた、ひとつ勘違いしてるわ……。私が苦手なのはね……、はぁ……、はぁ……、『動物』の中でも……、毛から始まる、牙を持った獣系、オンリー……」
「はぁーん。だからお前、つるつるな人間が好きなのか」
「えへへ……『ヒゲはアリ』。それだけよ……。ぐっ……! 首から下の無駄毛は絶対……っ、男女関係なく認めないッ!」
(こうくると、カルカのやつが、剛毛男子大好きのド変態だったりしそうな予感がしてしまう)
そうこうしているうちにオリザが敗北。
地面に激突してキッチンは消えるも、全裸の女体は現れなかった。
おい、なんでだよ!?
さっきから全員!
励ます気持ちが怒りになった。
彼女たちに対してではなく、ルール、そう、三目人形のルールに対して……。
「12倍!」
氷麻のバールを引き抜いて、音那の中から好乃が言う。
「理論上、あの、今はペンギンになってる猫が繰り出す攻撃は、いついかなる時でも、七種全てのアイドールに対して、あいこの12倍ものダメージを与えられるみたいなの。――ちっちゃくパーに開いた幼女を、12人の成人男性が一斉にグーで殴りつける感じ」
「赦せねえ! オーバーキルだ! そんなものは絶対に勝利とは言わないッ!」
「その上、あいつには何目の技も無効。ダメージゼロよ。当然、人からの攻撃も全てね」
「嘘だろ!? そんなもん、完璧にチートじゃねぇーか!」
相性表もバランスもなにもない!
くだらない駄洒落かよ!
「んん!? ということはなんだ? あいつは『三目複合型』でもないってことなのか!?」
もしかして《三目人形》とは全く別の存在?
異世界から来た?
ここへきて新設定?
と、いうよりもこの状況。絶対に敵うはずがないと憤るチャンスも取り逃して、もう既にボス戦が終了している――場面だよな? そしてゲームの中ではないから、リセットしてやり直すこともできない。おれたちはわけがわからないまま、全てを諦めるべきなのか? 待て。
「お前は!? お前はヒトなのか、アイドールなのか、それとも――!?」
「私じゃだめよ。なぜかと言うに」
ファンタジックな衣装を纏った、交川時代のこいつが持つと、変身できるかもステッキも、いくぶん可愛らしさを増した。
そして彼女は言った。
それをかにんちゃんへ向けて、
「もっとふさわしい子がいるから♪」
そういや猫へ変形されたらお終いなんだった。




