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第四章 BRBB 13 侍ブルー丸


        12



 しかし追いついたからなんだというのだ。

 追いついてしまえば反撃を受けるに決まってる。

 もつれ合った二頭の巨獣は、何度も主導権を奪い返し合いながら、互いにねじ伏せ合いながら、人のいない姉久米根(あねくめね)サービスエリアへなだれ込んだ。


 どっ――、と仰向けになったおれたちの喉笛へ、鋭い牙が突き立てられて、かにんちゃんが短く啼いた。

 猫目の三目人形アイドールへ猫目の技は等倍。

 あっという間に小さくしぼんだ彼女から、必然的に放り出されたおれは、未だ目を覚まさない好乃いいのを抱え直し、散らばった荷物をせめて踏まないように立ち上がった。

 でけえ。

 動物恐怖症ではないが故に、微塵も恐怖を感じないことが、何よりも危険だと思った。



 危険は全く別の方向からやってきた。



 バールを持ったまさかのあいつが、腹から飛び出し全力疾走、怖すぎる!

 ちりぢりに走れとおれが叫んで、かにんちゃんが犬になった。

 ちりぢりに走れと言っただろ!


 理由は全く判らない。今何が起きているのかも完璧に解らない。おれを目掛けて一直線にやってきた『かわええは死語』へ、三人が特攻。馬鹿、頭に食らったら確実に即死だぞ! 熱造ねつぞうの奴はほんとよく生きてたな!? ああ、今は亡き超絶ニセモミアゲのお陰か!?



 それまでもがミスディレクションだったのか。



 迫り来たカリウムのともしびが、目と鼻の先で突然に後退。否、これはおれが吹き飛んだのだ。否っ! 意識の全てを覆い尽くすホウ酸の炎色反応が、おれを焼かない。その代わりに、本物とは全く違う、メロン味の香料の香りが、おれの鼻腔を激しく突いた。

 それはある意味新種の爆弾だった。

 それはというか、彼女は。


「その子は私が先に目をつけたのよォォォオオオオオオオオッ!?」


 あっ。


「列刀流奥義……」


 おいおい。


「《高濃度ジブロモクロロプロパンスラーッシュ》!!」


「うっっっ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!?」


 イエローグリーンに燃ゆる刀で撥ね飛ばされた、バーコードメタボが放物線を描く。


『……………………ッ!!』


 真っ赤な“氷”が描かれた背中。

 撫でさすりたい後頭部。

 水と緑がそれぞれに、独立したまま絡み合う、ネモフィラメロンミックスツインテ。

 青い瞳がこちらを向く。

 刀が鞘へ仕舞われる。

 アスファルトで背中を強打したそれ(・・)がぐちょぐちょと蠢き、セクレタリー・バード顔負けの、超絶美人秘書になった。


「ふうっ! 『いい汗かいて、レッドアイス♪ まふゆのようせい、音那おとなだよ~♪』」


『ええええええええ――――――――っ!?』


「『まふゆのだがしや、まふゆのなつやすみ、まふゆのいなかのおばあちゃんち音那だよ♪』」


『うおおおおおおおおお――――――――っ!!』


(やはりこの氷河期を楽しもうって気持ちも大事だったのだ!)


 氷麻ひょうまちゃんのバールが降ってきて、おれたちは我に返った。


(屋外! 寒い! 死ぬ!)


 細流せせらきらいあが埋火うずみびカルカを、おれが白亜木はくあきてぃらを捕まえる。

 ぎゅー。まだまし。

 ジャイアントダックス化したかにんちゃんが、吠えまくって飛びかかる。


「少し、説明しないといけないようね……」


 花松はなまつ音那おとな――いや天真爛漫川(てんしらまんかわ)好乃(いいの)が、申し訳なさそうにはにかんで、言う。


「この子の名前はね……、『日本国内における、銃より刀の方が強いという風潮』と『大人の事情』を熔かして合わせて精製した、暗黙の了解刀――、《侍ブルー丸》♪」


 また打ち負けたかにんちゃんが、小さくなって飛んできて、目の前に超大型猫科動物。

 刀の方の説明かよと突っ込む暇もなく、笑顔の彼女が今度は自由の女神ポーズで卒倒。


好乃いいのおおお――――っ!?』


 そうだおれは、おれたちは、何を勘違いしていたのだろう。勝利条件は『細流せせらき氷麻ひょうまの奪還』だったというのに。そのためには少なくとも、あいつを足止め――最悪、完全に破壊しなければならない状況に立たされていたというのに!


 行くな! と本気では思えない自分が、痛いほどに情けなかった。これが、やる偽善中毒に足を引っ張られるということ。悪行潔癖症に敗北するということ。妹がお姉ちゃんと泣き叫ぶ。

 こいつを黙れと理性で半殺しにするのが『純粋な善』だ。これ以上しつこく食い下がれば、間違いなく全員が殺されるだろうから。『諦めない』は誰にも不可能だ。プロサッカー選手は、プロ野球選手になる夢を、小1の段階で早々に諦めた。



 桜色の流れ星が飛来。

 衝撃がガスバーナーで相殺され、温かい粉塵が駐車場に吹き荒れる。



 そうだおれが呼んだんだった!?

 抽斗から飛び出たお箸が膨らむ。口々に放った声援が、混ざり合って風になる。半システムキッチン化したオルルーザが、巨大な両手を合わせていただきます。上等だよ食ってみろとでも言わんばかりに姿を変えた、白銀のキングチーターを見て、埋火うずみびカルカが誰よりも早く血相を変えた。

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