第四章 BRBB 10 白銀世界
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もしそのとき、丁度、《何って訊けないライヤーテールBANG!》が流れていなければ、おれは気付けなかっただろう。
「じゃあ最後、ちょっとスーパーに寄ってから、帰りま、しょう♪」
家に帰るまでが遠足です爛漫川が、荷物の大半を軽々と自力で持ち運びながら言う。
まだなんか買うのか。
大天使サキュバス部を設立して、第3種永久機関を開発すればいいのかね。
疲れたら疲れたと言い、おんぶしてほしくなればおんぶと言う、眼鏡女教師は論外として。
ふたりっきりではなかったとはいえ、好きな人とデートできて、絶賛感涙継続中の眼鏡秘書も除外。
自分の買い物だったんだから、姉の方は別に疲れてたっていいんだ。
…………。
目元だけが急激に老けたというか。やや白目。ほぼ三白眼。後天的なものだとばかり思っていたけれど、もしかすると先天的なものなのだろうか、という着想を得てしまったかのような、魂の抜け具合である。
マジで大丈夫か。
ジェンダーに関係なく、遊園地に興味がないタイプは、お買い物も楽しめないだけだと思うが。
まあ、スポーツ、たとえばバスケをやるにも人数が要るしな。でもそれだときっと、適当にかき集めた乙女は全然相手にならなくて、結局男子と試合をすることになるんだ。
ううむ。
そうだこいつは比較的風呂好きだし? 入浴ダイエットなんてのも世の中にはあるらしいから、最後の最後にサウナ対決でもやればいいんじゃないのか。というよりもむしろあの好乃が、そこまで計算していない可能性の方が低い。最近偶然見つけたフィンランド式のサウナへ行けば、貧乏民家の冷たい風呂場に全裸ですし詰め状態とは――よく似ているのかもしれないが、おれも一緒に入れるかも、しれない!
その、万人を虜にして止まない底知れぬ包容力に惹かれたおれは、そこで見覚えのある女子小学生を発見してはたと足を止めた。
よく考えると不自然だ。ステージまで完備されたスペースで、こんな催し物をするなんて。まるで今にも残りのみんなが、サプライズで登場しますよとでも言わんばかり……え? 待て。まさかそんな偶然が……!?
耳当て付き猫耳ニット帽に、背伸びした私感満載かわいいキッズトレンチコート。そして、アイドルといえばこれ。両サイドのフィラメントが、すらりと伸びたぱっつん前髪。
《FiRe Igloo》のセンター、誰もが見蕩れる白銀髪の、シュエ・マオニァンちゃんがそこにいた。
じわじわと喉が鳴る。人間の男性、つまりライバル――以外は全員嫁だと、物心ついたころから思い込んで生きてきたおれだからこそ、見抜くことができたのかもしれない。
「ねえ、あれってさ」
なにっ!? 白亜木てぃら美よ、お前もやはり《FiRe Igloo》のファンだったのかぁ~っ!?
尊いよね~、《太陽に焦がれる熱帯蝶蛹》♪ やっぱまぢ今って蛹期間? 忍ぶべき時?
この氷河期を楽しもう、じゃなくて、太陽を好きって気持ち、大切にしていきたい。的な?
「ん? なにして――って、なんじゃこりゃ! 『寝具フェス』だってー」
「え……? エロ~い……!」
好乃が嬉々として眼鏡を光らせ、カルカが体力を全回復。
しかしどうなんだ、その口癖は。
氷麻班がふらふらと、魅惑のベッドに誘われる。
降りてもいいぞ。また今度。
「いやだからさ、あの子、ごにょごにょ……じゃない?」
これが耳が妊娠!
え? ああ、うん。
ちらみは背中でやっぱり見間違いじゃなかったのねと呟いた。
おれはなんだっけほらあのアレを思い出そうと目を閉じる……ああ! いや、でも、それと、彼氏がいるかどうかは別だ……!
おれはまた肩車をしておけばよかったと、首を静かに振りながら思った。
さあ知らん。見た感じ、お布団に恋をしている……のか? 無断で商品にボフついてるけど、あれは全く犯罪ではない。むしろマニアが言い値で買うだろう。
待て。他人の空似だったとしても、どうして女子小学生が今、こんな時間に、独りでこんなところにいるんだ? 仕事が嫌になって抜け出して来たのか? キッズ向けの漫画じゃあるまいし。まあここの方が地上よりも数段安全だと言えばそうだが。
ああ、かわいいな。あ、いや……。カルカとちょい間違えたとは言えない。こいつは女の子平気なんだっけ? 平気だけど同性との付き合い方が下手……ややこしい。男好きってのが被ってんだよなー。いや女子は基本男好きか。細流らいあ系以外。んー。
ときどき小さな『人』にはなるけれど、決してあざとく『ω』にはしない口元が、ぶん殴りたくなるアヒル口には決してならない口元が、冷徹なる帝を求めるおれの心をじんわり癒す。
寝具じゃないけど、こんなのも売ってた。
ねこみみみみあて。
みみみみかわいい。
「ちょっと待て、そこの犯罪者ァッ!!」
パブロフの犬坂おれが、即座に爆弾を連想して、ここまでが胡蝶の夢だったのかと驚いた。
想像力がどれだけ優れていても、全部忘れちまうんじゃあ意味ねえな。
白亜木ねこみみみみあて美と一緒に見たステージでは、テッカテカに肥え太ったバーコード頭の男性が、捕まえたシュエ・マオニァンちゃんの小さな口を、後ろから無理矢理押さえ付けていた。
細流氷麻が鬼のような形相で、毒紫にゆらゆら染まる、特大バールを背中から取り出す。
なんとあれにも後遺症が!
――なんて言ってる場合じゃない。




