第二章 幸せすぎて涙出る 03 俺たち今から焼肉デート
「えーっとねえ、こっちがグルミマルキーで、こっちがグルミスコティ」
「スコティってのはあれか、スコティッシュフォールドか」
「うんっもうモフりますっ!」
「買ってからな」
駅前にある巨大なアニメグッズショップ、エレクトロシティは、水曜日だというのに大勢のお客さんで賑わっていた。まあ明日来ればサーズデーフェアで安い分、余計人が多かったか。
「こいつらはやたらと格好良いな」
俺は僅かに売れ残っていたぬいぐるみをふたつ手に取った。
「それは敵幹部の超人気な二体! グルミダークウルフと、グルミブラックオウル! ほんとは優しい心を持った良い子たちだったんだけどー、昔、子どもたちから無理矢理引き離されて捨てられた所為でー、怨念の籠った呪いの人形的な存在、NGグルミになったの」
「そんなドラマティックな過去があるのか」
そういう設定だと、親御さんも没収しづらいね。
「だからラスボスは、いかにもそれっぽいグルミデビルバットじゃなくて、グルミラビットを作った、のれむママじゃないかって言われてるのよ!」
「なにぃっ!?」
いや、のれむって誰?
この子よと言われた俺は、毎週木曜夕方6時30分から絶賛放送中! というポップのついた画面へ目をやった。夕張メロン色の髪をした、世界一ドジだけれど誰よりもひたむきな性格であろうことが一目で判る女の子――星篩のれむちゃんが、約束を守ったのにもかかわらず、また犬を買ってもらえなくて、飛び出して向かったりんご畑で、ぬいぐるみを抱きしめながら大人はみんな嘘つきだとすねている。
《フルーツスタッフ!》。
一流の果物料理人、『フルティエ』を目指す主人公たちと、ちょっと変わったぬいぐるみたちがおりなす、笑いあり涙あり感動ありの、フルーティグルミファンタジー。
「フルーティグルミファンタジー……」
「さっこん小中学生の間で人気沸騰中なのよ?」
「さすが寧鑼ちゃん、アンテナ張り巡らせてるなあー」
「えへへぇ……♪」
でもまあキャッチコピーはともかくとして、この殺伐とした世の中に爽快感と癒しを同時に提供してくれそうではある。どちらも庶民に手の届くものでありながら、プチ贅沢・プチ高級感があるし、火をつけない限り長持ちしそうだし、押しつけられても嫌な気しないし。
「大きいのは超高いからセレブ向け~」
「うわっ、ほんとだ。すげー高い」
六万越えって、眼鏡二個かよ。
しかしフルーツ+ぬいぐるみね……。こういう設定、よく思いつくよな。俺は特大のグルミスコティを棚へ戻しながら考えた。クラウちゃんも基本、勝負事の嫌いな盆栽ガールだし。より多くの人を引き込めるように、またはいろんなジャンルとコラボできるように、初めから考えてあるのだろうか? まあそうなんだろうけど。実に面倒くさそうだ。
ぼんやりと受け手でいた方が絶対楽だと俺は思うね。娯楽というジャンルだけは好景気、不景気のどちらとも相性がいいから、世界がどう変わろうとじゃんじゃん溢れ出てくるし、本当この世は俺に甘いよ。酸素と眼鏡をかけあわせたら――駄目だ。何の話にもならない。それともプロならここからでも、ヒット作を創り出せるのだろうか? こっちは別のアニメの?
「ううん、それもフルスタの。トビトカゲのグルミドラゴンと、オオカブトのグルミアトラス」
「へえ、ちゃんと男子のことも考えてるんだな」
「うん……えっ? あっ! そうかぁ」
「ん? どした?」
「いや、男女どっちが主人公でも、両方のことを考えないと駄目なんだなーって」
俺はまたしても当たり前だろと思ったけれど、送り手の立場に立って考えて、改めてそう思ったという意味なんだろうと推測し、ゲームだとプレイヤーが自由に選べるのにな、と言った。それを聞いた寧鑼は、流石にゲームは作れないよ、とはにかんだ。
画面の中ではGDウルフに襲撃されたのれむちゃんの、りんご畑を守りたいという純真無垢な心に共鳴して、さっき見たグルミナントカが背の高い銀髪のイケメンになっていた。
「結局イケメンになるのかよ!」
「GBオウルは美女になるよ?」
「むむぅ。今の規制を考慮した上で、どんなデザインになっているのか気になるぜ……!」
幸い一話から録画してあるということで、今夜見せてもらえることになったのだが、最後に立ち寄ったフィギュアコーナーで、俺はノングルミモードの彼女と対面することになった。
リアクションとしては、ああ、この娘か、なんか知ってたわ。……どうも俺は、微妙の星のもとに生まれているらしい。せめて闇夜を音もなく舞うハンターらしく、腹筋が割れてるイラストがないか、後でネットで検索してみよう。
倉内クラウ、初めてのクラウチスタート、陸上ユニフォームVer.コハウチワカエデの盆栽つき。ふうむ、何もしなくても既に仕上がっているその親父譲りな肉体の造形は素晴らしいが、二万八千円。高っけぇ。こういうのは大人向けだろうな。それ買うのと訊かれたので、お子ちゃまには無理だと答え、俺たちはエレ街をあとにした。
大型ショッピングモールの中。
ランジェリーショップへ向かった寧鑼を見送って、俺はその辺の長椅子に腰かけた。本日の買い物のメインは実はここだったりする。友だちと一緒に行ったらあてつけになりかねないし、ひとりで行くのは心細い、ということで。まあ今日はいろいろと都合がよかったよ。俺も暇だったし、瞑鑼は人間に疲れて寝込んでたし……まさか、今夜も甘えに来るなんてことはなかろう。それでも全然いいけどな。
主人公とヒロインが一緒に訪れたときに限って偶然たまたま他のお客さんがひとりも来店していない、超有名店なはずなのにひどく閑散としている、深夜アニメでよく見る妙な店じゃあるまいし、あんな女性客で溢れた下着専門店、とてもじゃないけど頼まれたって入れない。それに、あそこにあるフィッティングルームはだな、男子でもパッと思い浮かべられるゲーム内のやつみたいに、カーテン一枚で仕切られているんじゃなくて、扉つきの小奇麗な個室になってんの。落っことしちゃった、いやーん、みたいなことが起こっても、ひとりでスッと拾っておしまい。何のドタバタも起きやしない。だから俺は今ここにいるんだ。
開け放たれた店からは、下着なんて全然いやらしくないですよという空気が溢れているのに、店員さんたちは普通に服を着ていたので、俺は脳内で特殊エックス線アイを手に入れた。ルームの中ではフィッティングが行われているわけだが、これはどういうことかというと、その人しか持ち得ないバストにフィットするブラを探し求めているということなんだ。大きさが普通以下ならトップとアンダーのサイズを計っただけで試着せずに買うこともできる。しかし大きすぎるバストというものは、それぞれに形が違うものなのである。そしてそうなると必然的に、サイズは合っていてもぴったりとはフィットしなくなるという問題が発生する。
そこでフィッターさんの登場だ。まず自分で気に入ったのを装着してみる。その後で、先の店員さんがブラの中に手を入れ、不具合がないかを確認。そのとき、その胸にもっと相応しいメーカーのものを知っていれば、いろいろとアドバイスをしてくれたりする。基本的には靴を選ぶのと一緒だ。購入前に穿いてみたのに、実際に使用してみると擦れて痛い――なんてこと、よくあるだろ?
寧鑼も初めは女同士だとはいえ抵抗があったらしい。しかし安物を買っては壊し、高いものを買っては緩いのに痛いと嘆いて、ついには試着なしでは買えなくなってしまったのだ。よくよく話を聞いてみると、どうやら専用の網に入れずにそのまま洗濯してしまったことが破損の直接的な原因らしいことが判ったのだが、どの道サイズが合わなくなっていたとのこと。
もっと食べさせればまた来れるな。
いや、大きい人も大変なんだなあ。
むしろ大きいからこそ大変だ。
男でも、現実世界でイケメンだと、いじめ抜かれることがあると聞く。まあなんにせよ、元気になったようで何よりだ。紙袋の中のグルミたちを少し眺め、ほっこり顔で月刊少年サンダーを開いたところで、
「げっ!」
げっ、とはなかなか穏やかじゃないな。一体どこの間抜けな男が漫画みたいにベタベタに、ちょっとお出かけした先で、近所だから必然的に知り合いの女の子に見つかったんだろう?
「お兄さん……! どうしてこんなところに!?」
「そ、その声は……!?」
空気が読めるアーティカちゃんは、ここで突然俺を放置して店内へ進んだりはしなかった。
返したくなったら返してくれればいいと言われると、こちらとしては何とも言い様がない。俺はお姉ちゃんの付き添いで来たことを伝え、彼女にも礼儀として訊ね返した。
「わたくし、お高級なところでしかおランジェは購入しない主義でございまして?」
改めて見る。そこそこ大きいのに綺麗な形。素粒子均衡力を無視したその動きと、生と死のオウムガイがくっついた逆ハートに誘われて――慌てて手を引っ込める! 危ない、危ない。姉と妹がいるから半分女子気分だったんです。だから女子として戯れに触ってみる感覚だったんです。女子として女子の胸にエロスを感じただけだったんですなんて言い訳で、誰が擁護してくれようか。
「アーティカちゃんってさ、ショートにしないの? ショートヘア」
「ああ、みんなロングですもんね? 嫌ですよ。絶対にしません。誰が好きこのんで自分から、パクリ以下のクオリティの、結局一位になられないモブになんかなりますか。私が主役です」
誰でもいいからショートヘア娘が俺の周りにいてくれたらいいのにという本音は、もう既に見透かされていた。なんとはなしに立ち上がって、自販機へ向かう。
「ショートにしたらさ、俺が喜ぶよ?」
「何様のつもりですか。自分でして下さい」
「なんでだよ。俺がこれより短くしたら、角刈りか丸坊主になるだろ」
「甲子園を目指して出家してくださ、あっ、ありがとうございます――って、あれ? お兄さんは買わないんですか?」
「ああ、俺たち今から焼肉デートだから」
「俺たち今から焼肉デート!?」
紅い瞳を見開いて、若紫のスキニーパンツの着こなし上手な女子が驚く。
「いやらしい~っ。なんかえろ~い。なんとなくガチっぽくて茶化しづら~い」
「何言ってんだ……。というかお前も来る? そこだよ、あの外の、なんて言ったっけな」
「ええ~? 行ってもいいんですかぁ? ……社交辞令?」
「違うわ! ふたりより三人の方が楽しいだろ?」
「それは、時と場合によると思いますけど……?」
「そりゃそうだけど、姉ちゃんは大勢でわいわいする方が好きなんだよ」
おまたせーっと出てきた寧鑼にわけを話すと、おっとりとしたよそ行きの声で、いいよ一緒に行こー。アーティカちゃんがジュースとお店を交互に見てあたふた。持っててやるよとボトルを掴むと、十分で終わりますと言って、彼女は店の奥へと消えた。