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第四章 BRBB 01 ふうん


        1



 細流(せせらき)ウェリア NEW!

 埋火(うずみび)リザメ NEW!



 それなら何故? みたいな顔を返されたけれど、ひとりで居る時は雄大なネイチャーにときめくポエムな気分になることもあるんですと、頑張って親切に正直に白状すれば尚更、どの道『ふうん』で終わるというのに、無駄に相手の関心をかきたてないでもないと考えたおれは、


「ただ、なんとなくです」


 と答えた。


「ふうん……。あのさあ、私ちょっと地図読めない人なんだけど、迷っちゃって」


「はあ……」


「この辺に“狼坂(おいさか)”って子が住んでる家があるらしいんだけど、知らない?」


 不織布(ふしょくふ)マスクを外してみせる。

 年上に話しかける際にも、構わず今のような口調で通すのなら、体格まで一貫して、磊落というか、サバサバしている姉御肌の、面長で長身でガッチリした女性だったのかもしれない。


「あっ、知ってる!? よかったぁ~!」


 まとめサイトの記事と記事の間に、四角く割り込んできたとしても反感を買わない幼顔。

 氷雪系と言っても、珊瑚の砂浜で南国へ収斂する、未来みがパない南極の奥地のそれだ。


「でも何しに行くんですか、お姉さん、警察の人?」


「えっ、いや、えっ? やっぱなんか素行悪い感じなの?」


「さあ……、詳しくは知りませんけど、こないだのほらアレで、両親とも失ったみたいで、その結果、品行方正な優等生になりました――なんて話、そうそう聞かないですよね」


「……?」


 何より寒そうだったので、狼坂おいさか君のことなんか別にどうなっても構わなかったおれは、できるだけ手短に、なるたけ丁寧に、宅までの道順を口頭で説明してあげた。


「あっ、新しい彼女さんですか?」


「新しい? うん? 違うわよ、こんなおばさんww あれよ、うちの娘が最近仲良くさせてもらってるみたいで、挨拶に行こうと思って、菓子折りじゃないけどお野菜持って来たから行くの」


「お野菜……それは、喜ばれそうですね。この氷点下数十度続きの昨今じゃ、末端価格がとんでもないことになってますから」


「まあでも意外と結構、生産できたりするんだけどね? ほら、どの道、人が生活する自宅内もオフィス内も、平気で廿(にじゅう)何度あるじゃない? っというか引き留めちゃってごめんね? 教えてくれてありがとう、きみにもなんか……でもみかんとか――冷たいし――、あっこれでいい? 大丈夫、ひと口しか飲んでないから♪ じゃあね、ありがとね~♪」


 中古の軽の、運転席のウインドウが下から上へ。

 チェーンまで装備したスタッドレスタイヤが、数秒で聞こえなくなった。


(いよいよ訴えられるのかな?)


(怒りを通り越した感じの笑顔ではなかったけれど)


 別にパンクしていない自転車に――

 やっぱりまたがらない。

 鼻からシャークGの空を吸い込んで、贅沢な悩みを再び真剣に哲学する。


(そりゃあ流石に、餓死・凍死するレベルの孤独には、本気で耐えられなかったさ)


(かど)(ひろ)ぎてえと本音でぶつかったら、間髪入れずにぶん殴ってくれる女王様が足りない)


 今日はめちゃくちゃおれは今、自転車のサドルが嫌いだった。


(なんだこの形状は)


(男性器じゃねーか)


 ガンガン殴る。

 さておき、真性のドSちゃん枯渇問題は、実際結構深刻だと思う。

 M属性の送り手が妄想で創り上げた彼女は、偽物オーラを放ったまま、どうしてか結局、Mな主人公を溺愛する従順なしもべになるし、S属性の送り手が、性別の垣根を越えて自己を投影した彼女には、リアリティがありすぎて、まるで内弁慶ウケしないからだ。


 究極のSキャが誕生するには、最低限、作家自身が正真正銘のSでなければならないのだが、作家自身がSであるのならば、自然、劇中で強者にも弱者にもマウントを取りたい、現実で非リアな大多数の読者層からのマイナス評価という、自作の不人気に耐えられなくなって、必ず(しな)を作らせるようになるのである。


(意外性ってのは便利な言葉だな)


(逆張りしてりゃいいんだろって勘違いしてるやつ多くねえ?)


 リアリティとの両立というのが、一番の課題ではあるだろう。

 基本的にこっちは、無責任に、『現実で不可能だからこそ、創作の中に究極を!』とねだるわけなんだけれど、いざそんなキャラクターが、作中でレギュラーになったりしようものなら、『トラブルメーカーに働かせておけばいいんだから楽な仕事ですね』等、いろいろ言われたり、するんじゃないでしょうか。


 あとはコスパかな。

 超激辛な桜漬け入りの唐揚げ弁当なんて、作成できたとしても競り負けて廃棄だ。


(至上の達成感を得るための、攻略難度の高さではなく、手綱を引いてもらうためのS……)


 究極の理想を考えてみると、最低条件が無限に近いことにも、今更ながら気が付いた。

 たとえば財力。

 現状からどう転んでも復活できそうな商才と貯蓄なしに、偉そうな顔をされたって苦笑い。

 たとえば防御力。

 ピストルで撃たれて痛いと泣いたら、そいつは結局Sでもなんでもなくて、やっぱり頼り甲斐はないわけだ。


(男の癖に情けないな)


(いや待ってくれ、これは、娯楽の世界での究極は実現可能なのに何故? という話で――)


 おれは今、絶対の話を連想する。

『絶対はある』『絶対はない』の議論がある。

『絶対はないんだよ……』の嘆息に、『じゃあ人って絶対死なないッスかww??』のヨイショがある。


 まあここで、単純というか素直なタイプなら、『そうだよな……♪』と元気が出るわけなんだけれど、生憎おれは、みんなも知っての通り、人一倍、猜疑心が強かった。


『絶対』という単語。こいつはどう考えても実在する。絶対(という単語)は、絶対に在る。

『人は絶対に死なない』はありえない。――まあこれもアレだ。理科系の脳で考えるのをやめたら、ほら、ごくごく一般的な市民は、たったひとりのスーパーエリートが、どこか全然知らないところで不老不死を手に入れたことによって、この屁理屈を完璧に論破できたところで、普通にここで死ぬじゃないか。


 99%側の、選ばれなかったおれたちザコは、あとちょっと生きたら100%死ぬんだよ。

 そもそも不老不死を手に入れたスーパーエリートはもう、人とは言えないわけだし。

『絶対に死ぬことが人の最低条件なんだから、人は100%絶対に死ぬ』。

 ――だから?


 つまり先の、親切心が口をついて出た『――ッスかww??』の煽り文は、『失敗には絶対がある』という主張を、絶対に正しいと証明できるだけの触媒であってだな、

『(絶対という単語が絶対に実在した上で)失敗には絶対があるから、絶対という単語に絶対があることが証明できたので、成功にも絶対がある』???


 ――そうはならんやろ。

 なんというアホみたいな三段論法なんだ。

 絶対に絶対なんか、あるわけねーだろ。

 絶対単体に、『物事を相対的に観測する力』を万人から奪う力なんて、あるわけないんだよ。


 失敗には絶対があるが、成功に絶対はない。

《失敗にはあらかじめ絶対が約束されているが、成功にあらかじめ絶対は約束されていない》。

 こいつだけが絶対に正しい冷厳な真理だ。


 これ以上に破壊できてしまって虚しい矛盾も無い……とも思ったけれど、違う。

『絶対はないんだよ……』という鬱屈は、『理想に到達したいぜ!』という熱血の裏返しだったから。


 努力しなくたって赤ん坊でも獲得できる『失敗』なんかの『絶対』で、誰もが夢見る『成功』における『絶対』に関する確信まで、勝手に高めて安堵した――?


 そんなものはアル中が酒を飲んで手の震えをいっとき鎮めたのと変わるところがまるでない。

 箸の持ち方を幼い子どもに注意すればギャン泣きされる。

 だから、お箸なんて好きなように持てばいいのよ~♪ と、ネグレクトした方が楽なんだ。


 ほっとレモンをがぶ飲みしてみた。

 立ち漕ぎしてみて結局座る。

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