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第三章 鬼謀 B‐43 逆鱗

「具体的に言うと――そう、他でもない“鳥”だ。烏さ。こいつ(・・・)は初めッから、鳥の話だっただろう?


『消されないためには――?』。

 興味がないとは言わせない。


 鳥だけは勉強しちゃあいけないよ? 鳥といえば焼き鳥さ。そうだろ、美しい人間のみんな? 人間は何も考えずに、豚みたいに焼き鳥だけ食ってりゃいいんだ。電撃を浴びせられて猿の肋骨が透けるアニメの鳥に、なんの違和も感じずに。肩から直接生えた(つばさ)を、ゴキブリの翅そっくりに折り畳ませるゲームの鳥に、腕はどうしたとかいった野暮な突っ込みを入れることなく。テメエを飛べないデブの家禽へ品種改良した張本人になりたいなどと抜かす、頭のおかしな漫画の家鴨あひるの、脚の関節なんか見て見ぬふりをして。


 ウイングスーツで簡単に、ジェットパックで思いのままに、誰もが空を駆けられるこの時代に、勇気が欠如しているためではなく、不当に束縛されているがために、万人から同情を集められる“不自由かわいそう”なアバターを創り出して、心ゆくまで愛撫していればいい。ティーンの皮をかぶった埃臭い”爺慰行為(マスターベーション)”に、ヘコヘコヘコヘコごまをすっていればいいんだ。自己愛と自己矛盾を肯定することだけが、頭の良い人間に求められるお仕事なんだからな。


 真実なんて必要ないんだろう? 嘘で一向に構わないんだろう!? だったら今まで通りに、飛行機恐怖症のチキンの癖に、雷に打たれるリスクを無視して、大空を優雅に舞う猛禽類に、大好きな“自由”を思う存分押し付けていればいいのさ。


 そいつは嫉視でなくて憧憬であると声高に訴えながら、『馬鹿と煙は高いところが好き』という心のねじけた格言で永遠に、鳥目で鳥頭な劣等の畜生にマウントを取り続けろ。さもなければ。そう、さもなければ(・・・・・・)――、絶対に天才な藤田先生を、大馬鹿呼ばわりしてしまう最悪の結末を、自ら手繰り寄せかねないからな」


 千見錦せんみにしきツァールピュイアの再描写を次にまわして、おれの突っ込み。

 誰だ、絶対に天才な藤田先生って。


「そうすればどうなるか解るだろう? 熱狂的なファンが黙っちゃいないよw


 人間の画力を社会科、トゥーンアニマルの画力を英語、人間以外の生物の画力を理科、車やロボットの画力を算数、背景等の無機物の画力を国語と置き換えて考えよう。画力の世界にはこのように、『4+1』の分野があるが、こいつらはそれぞれに微塵も対等ではない。国語は満点でも社会はゼロ点では、言うまでもないが落選だからな。


 社会科で百点を取れば合格する試験なんだ! 理科でも百点を取られるように時間を割ってなんになる? 五百点満点の試験における百点なのに、百点満点の試験における百点であると、永遠に思い上がっておく方がいい。余計なことは知らなくていい。ひけらかすための学歴は馬鹿だ。馬鹿の方が可愛げがあって愛される……」


 思い切ってショートに出来ない長髪は、絢爛につむじで束ねられて、ターコイズエメラルドのケツァーリーテール。長めの前髪から『内気』を読み解くなら、ジュラ樹作品を愛読していたことにも、そういえば得心がいく。男の、しかも未成年用の、適当なお古のジャンパーが、シンデレラを応援する気持ちを思い出させる。


 クラスでのあだ名はぴゅあぴゅあ。

 本名は千見錦せんみにしきツァールピュイア。

 人を見たら泥棒と思うタイプではないという意味での純粋だから一体どうした。

 現在のこの状況に対しては、当たり前ながら、ちんぷんかんぷんな顔である。


「全ての表情を抽斗ひきだしから随意に取り出せるように訓練した上で独自性を磨き、トークの練習をしながら書道教室を孤独に開き、当たり前に読書も続けながら、衣装のデザイナーとしての才能も無理矢理こじ開け、建築物ひとつひとつにも個性を持たせて更に、マイナーな畜生の骨格まで暗記するなんて、ブラックすぎてやってられないよ。――と、こう思うだろう? その通りだ。君は絶対に間違っていない。実物なんかどうでもいい。答え(リアリティ)なんて要らない、嘘でいい。大好きな萌えキャラを、大好きな自分の目でつぶさに観察して、バーチャルユーチューバーだけをブラッシュアップしていればいいんだ。宮子先生と、鳥崎先生と、尾山先生を、こんな時に限って不必要に器用に、同時に侮辱する弱輩なんて、クリエイター志望じゃなくても人間じゃあないんだからな」


 モモペやぴゅあぴゅあも含めての話だが、完成に必須のピースだけが都合よく揃ったりしない現実に、おれはなんとなく安心感を覚えていた。まったくの予想外なこと。単純計算で終わらない枠の外。そこにおれは『神の不在』あるいは、『不在の神』を感じるのである。


 杣山そまやまテテロティケ露剣郎ろけんろうには、警戒に腕組みした思案顔が、誰よりも似合っていた。


「なあ、ミス・リアーテ。リアーテ・シャー! ……俺が何を言いたいのか、解るだろう?」


 十二時が六時を見上げて言った。

 奴の胸元では、下顎のない逆髑髏が、ファスナーで真っ赤に閉じられていた。


「『全員を助ける』なんて選択肢は、現実には存在しないんだよ。そして更に『Aを助ける』ではなく『Bを殺す』という道を選んだ後にしか、未来への扉は開かない。


 過去に現実世界で、どれだけの幼女が足を滑らせて、溜池で溺死していようとどうでもいい――その上で、アニメの中でメイちゃんが死亡していなければ幸せ――。こういった本音を絶対にゆずらない連中は今なお生存する。しかも人間界の常識では、こちら側が普通で、正常で、多数決で勝っていて、結果、人間として正しい心の持ち主であるという認定を受けている。しかしながらこんな思想は、感情は、はっきり言って異常だよ。人情味の欠片もない。


 俺は昔から、CGで精巧に再現した人間を、撃ち殺すゲームが理解できなかった。特に、悪を憎んでいるはずの、正義のヒーローが大好きな凡俗の口から、『人間殺すの楽しいwww』というはしゃぎ声を聞いたときは、俺の耳がイカレたのかと思ったよ。

 我々はこういった、調子のいい狂人(ノーマル)を、ひとり残らず助けない」


 時計の真上に筋肉の氷塊が突っ込んだ。


「家畜になりたくないということは、神様になりたいということだ! 新時代の家畜にこそ喜んでなりたい我々と、旧時代の神の座を諦めきれない”美しい人間”……。どちらが何者の逆鱗に触れるのかは、初めから判っていたはずだ」


 すうっと立ち上がった誰無だれむのおっさんが、ゆっくりと両手を広げる。




「『デス♀バード』は実在しない!!!!」




 雷が再び解禁されて、辺り一面、切り絵になった。

 ガラガラと身を起こした粛清Zの宇菜菊うなぎくマンは、十メートルを優に超えて見えた。


「冷静になって今一度思い出してみろ! 何が必要になるって!? え!? 『魔法』だの『悪魔』だのといった物質(・・)が、どこの現実に実在するというんだ!? 『死者の蘇生』!? 『大量殺戮兵器の平和的利用』!? そんなものはマンガの中でだって、必ず失敗するように、初めから決まっているんだよ!!!!」


 作業着美人の後ろの空には、赤鬼の娘が浮いている。

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