第三章 鬼謀 B‐42 ハムスター村
裏話というよりはメタ話になるが、月虹高校の制服が緑なのは、『お花』がモチーフになっているためらしい。
第一に、真っ暗な世界を少しでも明るく、華やがせようという動機から。第二に、人間の脳にピンクの花は、茎や葉っぱが占める面積の方が断然多いのに、『ピンクと緑のツートーン』ではなく、ピンク一色で映るから。
氷雪系の花弁を探ってみたけれど、昔の氷麻ちゃんと今の宇菜菊しか出てこなかった。
(音那ちゃんは、ネモフィラとメロンのミックスソフトだしな……)
「ハムスターについて――哲学しよう」
DB飯は、少々品がなくても豪快であるところが旨そうに見える――まで賛同できた。
食器類を積み重ねて秒で、返却のために立ち上がると、珍しく両隣の意見が合った。
いち男性として、内心密かに嬉しみを禁じ得ない。
「ここにひとつのハムスター村があったとする。お父さんがいて、お母さんがいて、一姫二太郎がいて――そんなハウスが10から20。飲食店やスポーツジムも完備された――ころころと愛くるしいハムスターだらけの平和な村を、想像してほしい」
一緒に戻ってきてテーブルを、競うように拭くふたり。
インスタ風に切り取ってタイトルをつけるなら、#おっぱいちゃんと #メガネちゃん。
おれの秘蔵の清涼菓子が、今度は我勝ちに奪われる。
「『生き残るにはどうすればいいか?』という話だ。得意だろう? 『これからもっと真剣に考えていかなければいけないとおもいました』――そうか、よしわかった、考えろ、今すぐに。ある日その村に激震が駆け抜けた! 産み落とした我が子を、自分で生きたまま食べるという猟奇的な殺人事件が発生したのだ! 村人は震え上がった。女子供を厳重に自宅へしまい込み、他人の家の内部にまで目を光らせるようになった。凶悪殺人鬼を産んだ一族は村八分にされ、呪われた血統は根絶やしにされて、ミステリー小説の原作になった……」
埋火カルカの左目を説明するのに『フトツノザメ』以上の言葉は要らない。
いやマジでもう、完全に一致だから。
ただ当然、人間の女の子らしくまつげは長く、しかし下まつげまで長めなために、ハンサム王子感まで増してる。ファッションセンスは滅裂なのに、生まれつきぱっちり二重なところが、なんというか強烈だ。生きてるだけで慈悲がない。
肩と鎖骨の間までという、ボブにもミディアムにも収まらない、口語的破天荒なヘアスタイルは、黒にも銀にも紫にも見えない平凡なシャークグレー。雑にでいいなら、テンプレートなツンツン髪の男主人公に、散髪を禁止してから女装させた感じ。色に目を瞑れば、ブークル・オー・フェールで、カウンタークロックワイズにしてみなかったおっくん(大)みたいな。
三つ紐タイプの眼帯を装着した上に、ギザギザのアシメ前髪も重ねる。首も脚も人より長めで、口腔内には、現在確認できている三姉妹そろって、同じ鮫歯がズラリ。瓜田に履を納れ、李下に冠を正しちゃう、残念というか、無駄に世渡り下手な正直者。ウエストは肥満気味。
さっきも言ったが今は頭に、荘厳な”鮭の切り身”を乗せていて、ロング丈のダウンコートは、ファーがめちゃめちゃ悪趣味な、でも死ぬほどかっこいい、幹部然とした豺みたいなやつ。
何ゼブモンだよ。
(カルゼブモンw)
「――と、ここまではまだ、それでもまだ、恐怖の度合いは低かった。なにせハムがハムを殺しただけなんだからな。動機の解明はできなくても、犯人の視認はできる。悪人は特定できる。特定できれば裁けばいい。同族の腕力は単純な足し算で確実に押さえつけられるから安心だ。それでは特定できなくなれば? ある日突然、村一番の美少女が消える! 村のどこにもいなくなる! 幼女が消える、老人が消える、足の速い青年も消える、病弱な男児も消える!」
細流らいあ。言うまでもないAA型。イタリアヘアというのは、姫カットちゃんの『ニセモミアゲ』部分が、某レッドライバルにイジり倒されて生まれた単語で、当然のことながら本人は死ぬほど気に入っていない。
眼鏡。
ミステリアスネイビーとは、結局大人の都合で改造されることを見越した、単なる黒髪のことである。横顔を眺めていたら、すぐに気がついて目を合わせてくるタイプ。でもガチレズ。マキちーな、にわな、マキちー。瞳の色、オレンジ。隠れS。切れ長のジト目が小学生の無邪気さを取り戻すとき、心の犬が走り出す。
ファッションセンスは“海の忍者”。生真面目というよりは、無闇に冒険をしない、ブラックのスクールコート(ダッフル)。屋外では主に不織布マスク。七三分け。掌大きめ。指長め。マフラーはさりげなく大胆にシャークグレー。
「ここで人間並みの知能を、物理的に持っていないハムスター少年は辿り着くわけだ。『無差別神隠し』という結論に。神隠し――。神。なあ、神様って、仲間をどれだけ足し算すれば、引きずり下ろせると思う? ――そう呟いた友が消されて、いよいよ恐怖はピークに達する!
そして“ヒーロー”が現れる。とりあえず――マンガの中に。それで満足しておけばよかった。『あんな夢』も『こんな夢』も、マンガの中だけで叶えていればよかったんだ!
実在する悪党からは尻尾を巻いて逃げ出して、自作の架空の悪人を、作中で残虐に殺害することで、留飲を下げていればよかった、カタルシスを得ていればよかった!
お金儲けの話なんて汚らわしいと刷り込まれた脳味噌のまま、何を疑うこともなく、他ならない自分が貢いでいることも知らないで、劇中でついに宝箱を発見した憧れの主人公に、感情移入だの自己投影だのをすることによって、実際には絶え間なく搾取され続けている獄中で、大金持ちになった気分だけを、疑似体験していればよかったのさ。
だって人生は、お金じゃなくて愛なんだからな?」
白亜木てぃら美は舌が短い。
「長老は一応『やめておけ』と言ったけれど、家族を奪われた者の怒りは当然、そんなことでは治まらなかった。誰も彼もが、諸悪の根源を叩き潰しさえすれば、みんなが笑顔で暮らせる平和な世の中を取り戻せるに違いないと信じて疑わなかった。
反抗的なハムスターで溢れかえったその村は、その後どうなったと思う? 想像するまでもない! ドリンクバーもトレッドミルも取り上げられて、娯楽はたったふたつに、食料は愛する同胞の肉叢だけになった! そして残酷にも、こんなにも進退窮まった局面で、月が満ちて新しい生命が産声をあげる……」
作業着萌えなるジャンルがあるらしい。
「生き残りたいと主張するのは、『保守派』への配属を希望するということだ。新しい刺激を欲するのは、『革新派』への所属を所望するということだ。生き残りたいのに新しい刺激が欲しいと宣うは、夏休みにもクリスマスプレゼントを寄越せとわめくようなもので、抱くのは勝手だが、人前で口にしないに越したことは無い。夢は黙っている方が叶う――という結論から逆算する行為は間違っている。一番くれくれ言わないやつに、上司は最も好感を抱く」
ストーカー気質のない薄情なおれに、詮索癖がないことは如何ともしようがない。結局、百千鳥モモイロペが、味噌顔ティシューペとどんな関係であるのかは――、あ。
今更思い出して瓦礫を見やる。
一般人はもう、誰も近づけないように封鎖されていた。




