第三章 鬼謀 B‐41 おうどん
何が来るんですかあ、なんて、キラキラ輝く未来の光を瞳に宿してもらえるとでも思っていたのか。
(どうでもいいよ)
(なんでもいい)
いつものごとく、ほぼ初対面の男性なパイセンに内心、容赦がなかったおれは、しかし、厚意という名の乾きタオルを突っぱねられる濃度の個性も同程度に忌憚していたので、登場人物の再描写で、情景を好きなようにぬりえして遊ぶことにした。
うどんが十数種類、しかも店員が三人がかりで持ってきた。
日本なのに全員にチップを無理矢理渡してる。
「というかこれはなんなの!? 新手の三目人形!?」
いつものように、律儀に理性役を買って出てくれる、MC木いいんちょ美ちゃんだった。
「よくよく考えたら特別天然記念物に、餌やり体験なんかできるはずないし! 貴女! あのときなんかしたでしょ! 私の五砂に! 心配する素振りで近寄ったあのときに!」
広瀬ボブは労働グレーの飼育員に扮装しても広瀬ボブだった。
おうどんをちゅる。
食わせておいて“さて”ではなく、
「美人ちゃんについて――哲学しよう」
と、『誰彼構わず』の部分は自己紹介に絶対要らない、誰無とかいうオッサンは言った。
「美人ちゃんというものは、決まって不幸のハードルが低すぎる。そう思うだろう? その上に幸福のハードルは遥か雲の更に上……。人間というものは、なんでも単体になるまで分解して、それぞれに評価を下したがる生き物だ。お湯に味噌をといただけの『味噌だけ汁』を、単なる白米にそえられて、夕飯ですと言われたとしよう。ここで何を感じどういった行動に出るのかに善悪はないが、生命体としての強度に着目すると、10億円相当の腕時計が手に入ってやっとストレスから解放されるタイプは、あまりにも虚弱すぎると判じざるを得ない」
歪だけれど一応、“円”だと見做して進める。
アロハだかかりゆしだか目じりの笑い皺だかから放出される前向きなイメージに、どうして掛け合わせた、キョンシーというか、ゾンビというか、吸血鬼を連想させる青っ白い顔面……。
自称誰でも無いオッサンを十二時だとすると、そこから時計回りに埋火カルカ、細流らいあ、おれ、白亜木てぃら美。六時の位置に広瀬ボブ。そこから百千鳥モモイロペ、千見錦ツァールピュイア、杣山テテロティケ露剣郎の順で、大人買いされた麺を囲む。……。
「一番厄介なのが、『美人ちゃんグループ』の中の『自称タイプ』だ。気が強くて負けず嫌いで腕力に自信があるから、誰も彼もが嫌になって『ああじゃあもうそれでいいよ、ハイハイ』と、最後には戦闘を放棄するがために、過半数からの『美人ちゃん認定』をキープし続けられているけれど、実際、彼女たちは、その辺の適当なチアリーディング部員よりも数千倍、その――悪い意味で男性的だ。ガツガツしていて、ゴツゴツしている。好きにさせてよという怒声が聞こえるが、美人ではない者に本物の美人ちゃんと同じだけの財貨なんて――!」
両隣から同時に毒見をお願いされたので、おれは挙手で話を中断して、れんげで二回すくい、超絶面白いボケを期待してるぜ――
おっさんのウーロン茶へ勝手に入れた。
ちなみに残りの四人はほら、それぞれに色々な良い意味で純粋だから。
「おほん! あー、つまり? 威嚇力だの恫喝力だのといった、わけのわからない非物質的な力の違いによって、自然科学的には全く同じレベルの美人同士でありながら、かくまうのにかかるコストに違いが出てしまう。――まあ、こういうことが言いたかった」
世界には資源が限られている。
誰も彼もに時間がない。
苦渋の選択を迫られるその日は必ず訪れる。
そうであるならば、その時に、自分は誰を救済するか。
「美人ちゃんひとりではなく、美人だと思い込んでいるぺちゃんこ鼻ちゃん数名ではなく――、『味噌だけ汁』で笑い転げられる、ソース顔を一千人助ける方が、人類にとっては善になる」
十二時が六時に向かって、かえって紳士的に、どこか詰るように言った。
純日本人よりもほんの僅かにだけ明るい虹彩が、安っぽい金眼よりも金色に光を受ける。
「断っておくが、私は別に、美人ちゃんが嫌いだというわけではない。私は馬鹿みたいなモチベーションが嫌いなんだ。自称ぶちゃいくの中に、いくらでも『自信のない美人』はいる。つまり世界一の美人なんてものは、わざわざ追い求めるものではないということだ。美人なんて、苦労して探し当てるものではない。必死になって口説き落とすものでも、愛は惜しみなく奪うものでもない。ましてや『人間の美人』なんて、ご大層に祭り上げるものでは決してない」
メロディーと歌詞と曲名の関係に置いても同じようなことが言えるが、読書の習慣を、後から意識して身につけたおれみたいなやつは、イラストのない小説の登場人物の、フルネームとニックネームと外見の特徴を、間違えて結びつけることが未だに多々ある。
「ぶっちゃけ、ヒョウモンシチメンチョウの方が美しいと思わんか? たとえ人間が一番美しかったとしても、誰が全裸で勝負できる? そもそも美を競うコンテストにおいて、着飾ったり染色したりの『盛り』が許されるのなら、プラスチック製の鼈甲細工をこそ、高値で売買するべきだと思うがね。色を塗ったガラス玉を、サファイヤ以上に愛でるべきだ。違うか?」
――というわけで、関連付けの作業をここでもう一度やってみてもいいかなと思ったのだが、過去の情報や表現力を、更に超えてくる――なんてことはできないと思うので、その辺はまあ、あんまり期待しないでほしい。
「我々は全体の平等を考えて生きている。普通人は身内を贔屓することしか考えない。我々は崇高な理想で繋がる。だから娘が殺されたら無感情に充填するよ。人間は下劣な精液で繋がる。想像上の高潔な“血”なんかではなくてな。これだけの話さ。殺されたら補充する。これだけの話だ。精液で思想を伝達できると信じている科学者の頭が悪いw ――これが我々の回答だ。人類が現在、残り数個体程度の絶滅危惧種であったなら、私だって24時間体制で保護活動に精を出すよ」
そう言って誰無のおっさんは、つゆを飲み干さず、手を付けずに放置していた、おれの前の肉うどんを、黙って奪ってリアルにうまそうに全霊ですすり始めた。
カルちゃんが海老天の一杯を、身を乗り出して露剣郎と分けてる。
おれの前に左右から同時に、大量に食べ残されたどんぶりが来た。




