第三章 鬼謀 B‐38 梟小路
どうやら更なる危機の方で、こいつは上書きされてしまうらしい。
「あァ!? にぼし!? 煮干しがどうした!?」
細流のスマホにも入ってきた画像を、消去法で凝視する。
光が眩すぎて、何が写っているのか判別がつかない。
「はァ!? どうしようも何もないだろ、はやく逃げろ!」
うるっせえな、周りがやかましいよ。
「えっなに!? 五砂!? んん!?」
心配そうに見上げてくれる、ふたりの瞳に首を振る。
何言ってるかさっぱりわからん。
白亜木てぃら美に、「順序よく話せ、っていうか逃げろって!」。
口から遠ざけてこっちのふたりに、「とりあえず戻ろう」。
さっきのテーブルへ。
六人一緒だと思ってるだろうから。
風邪薬のCMの、社内のラフなサラリーマンみたいな、キレ気味の競歩で聴く。
くすりと笑う百千鳥モモイロペの横顔が見えた。
気がついた目で探られて、問題の発生を秒で察する。
画像を開いたスマホを渡して、おれの吐く息が説明を開始。
「なんか五砂が壊れたらしい」
「は?」
まあ、そうなるわな。
「鴇の餌やり体験みたいなところで、飼育員さんからいきなり煮干し奪ってバリバリ食い始めたらしくて――このオレンジに発光? 放電? してるのが、五砂みたいなんだけど――」
「あん? 何言うてんの、さっきから。どういうことやねん? なんやねんこれ」
空気の読めない味噌顔だけが、ニヤニヤ、ブツブツ、よそ事をしている。
なんやねんこれと訊かれても、おれにだってさっぱりわからんよ。
「クッサっ……w」
「?」
「ほんで今、どこにおるん?」
さあ、どうしようって訊いてきたから、とにかく逃げろっつっといたけど。
でもあいつら、人並み以上に情け深いから、絶対五砂を置いてこられんだろ。
「――ふぅんん……なんやようわからんけど、あんまりここに長いことおらん方がええみたいやな」
こんなところで紐が笑いに変わるわけがないことは、本人も解っていたようだけれど、立ち上がる際にはバストラインカバーが必要になるということにまでは、頭が回らなかったらしい。
と、その時である。
誰の前髪も長かった?
ラノベのというよりは、エロ漫画のというよりは、エロゲーの。ボイスレス主人公のような、大別すると、脱いだらおそらく実質、色黒で細マッチョのジャンルへカテゴライズされるであろう黒髪ストレートの男が、よくよく思い出せばここへ帰還した時にはもう既に隣のテーブルについていて――立ち上がって即、味噌顔ティシューペの肩を「おい」と押した。
アバターだけはやたらとイケメンな豚足のキャッチャーが、半笑いでオラつき顔へ変わる。
「いったっw ああー、肩脱臼した、肩脱臼したw」
なんだなんだ?
また何がどうした?
「きっ、きこえてんだよ……っ、聞こえてたんだよ!」
「はアw? なにがあw?」
「お前、さっチから、後ろからチラチラチラチラこっち見ながら『臭い』『臭い』ッツェ馬鹿にしてただアろ!? クスクスクスクス聞こえてタんだよあ! くさくねっだおりゃあ!! 傷ッつ……ん、はっ、で、あ、あ謝れ! あやまれえええっ!」
「んだオラああああっ!?」
どんぶりを返却して戻ってきた杣山が、「おいやめろって」と咄嗟に長い腕で割って入るも、味噌顔ティシューペは土俵際で諦めない小結のように、画質の悪い海外の女同士の喧嘩を押し潰されながら、相手の顔面にスパパンと数回、平手打ちを食らわせた。
(いつかはこんなことになるだろうと、薄々感づいてはいたけれど……)
小人閑居して不善をなす。
積み重なりに積み重なった、上位のツッコミからの抑圧。
そして偶然訪れた好機、開放感、自由時間。
笑われるのではなく、笑わせる快感を得たい欲求が、最悪なところで花開いた。
だってテレビで見たもの?
むしろイジられて感謝していたもの?
まあそりゃイジられタレントは、ギャラをもらってお芝居をしているんだからな。
じゃあなんであいつらは、お前は、赦されるんだ?
それは勿論……自虐がゼロじゃないからだ。
あるいはもともとそこまで頻繁に、ザ・弱者をイジらないから。
味噌顔ティシューペは自分イジリに対して、旧態依然な男性中心社会ほどに潔癖すぎた。
埋火カルカはおなかの贅肉を平気でネタにするし、白亜木てぃら美はファッションショーが始まって、しかもボケのためにしか、短足を誤魔化せるヒールを履かない。
『!? !?』
前言撤回、逆に持ってる。
普通、引き当てられないよ。
「おっ……、おおおい、呼んでるってよ……、おい、狼坂! お前を呼んでる――!」
筋肉隆々になるおでん。
肉薄すると、半端ねぇ。
「そいつじゃなくて、お前だよ……!」
『!』
先端恐怖症を少しだけ理解できた。
粛清Z印のザ・ヒーローは、マントがあるタイプのマンだった。
「児島じゃなくてぇえええッ!? ローラダヨォオオオオッ!♪」
『!!!』
杣山テテロティケ露剣郎が千見錦ツァールピュイアを引っ掴み、百千鳥モモイロペだけが、選びきれずに立ち往生。
「OK♪ ウーフフ!? 《やりすぎの梟小路監督》ッッ!!」
むんずと頭を掴まれた、味噌顔ティシューペのお誂え向きな鼻の穴に、備え付けてあるソイソースが注ぎ込まれる。