第三章 鬼謀 B‐37 エジプティクス
バゲットとバタールの違いの憶え方は……、あるいはおれが女子ならよかった。
ハムじゃなくてナイフも握っていないのに、ブチブチ重なって細流ドーラ。
添えられていた輪切りのレモンを、ティーに入れずにガジガジ喰らう。
隣で見ているぴゅあぴゅあの方が、思わず酸味に顔をしかめる。
おれのブラックが盗まれる。
(男が強いストレスを、水着美女で相殺するようなもんだろう)
(ここへ来なければよかったという、単純な話ではないからな)
頭が回るかと思って入れてみたつぶあんは、胃の中で地味にずっしりと、ならばチーズ系にしておけばよかったという後悔に変わった。砂糖ティーが気分的にプラシーボ。発明家の喜びもつかの間、唇をつけてはじめて、普段一切飲まないミルクティーの実存を思い出す。
頑張って横目でキッズを観察。
平気で男風呂へ連れてくる男親の思想が浮かぶ。
『…………』
誘拐の線を掘り下げて。
こんな素人が。
なんになる。
(ペアになって、ロサ姉からの連絡を伝言しながら、一階ずつ調べていくというのは――?)
(もう向こうでやってるかもな)
全フロアが飲食スペースってわけでもない。
実質こっちは、置いて行かれただけだし。
放置というか放任された末っ子が結局、一番出世するのなら、少なくとも全員には努力を無理強いしない選択が、最も儲かる道だという結論に、誰もが辿り着くわけで。
「でも千見錦、お前、実際、味噌顔ティシューペどうすんだ?」
これからの学校生活。
今日を境に、いきなり、わけもなく、大丈夫――ってなるか?
「うーん……不安しかないけど……」
「細流らいあ、お前はあいつの騒いでる声平気なの?」
「全然? 無理よ? うるさいわ」
実に暗然。
しかし今はとてもじゃないが、明るいことを楽観的に妄想できる気分ではなかった。
トークを質問に頼りすぎたが、反省するのも後回し。
なんとなく、白亜木ジュラ樹がここにいたらいいのにと思った。
「その辺歩いていないかしらね……」
三人してそれぞれに、受け取ったカグラザ動画の泳ぎまわるスマホを見つめる。
そして着信音が、静かに陽気に唐突に、場に不相応に踊り始めた。
それはまるで、スピノサウルス・エジプティクスの腹の中から聞こえてくるようだった。




