第三章 鬼謀 B‐34 混沌よりも這い寄る混沌
頭の上でくったりしている、トラウトオレンジの蝶々型リボンヘッドドレスが似合ってるかどうかはさておいて、埋火カルカが驚きに、サハライシガメの碧眼を見張る。
「あれっ、なんで!?」
ホワイトのストレートボブ。
赤チェックのビッグスヌード。
ダークグリーンのウールコート。
キャメルカラーのサイドゴアブーツ。
「なんでここにいんの!?」
生脚は完全に黒タイツで覆われていた方が、男子には優しかったのかもしれない。
「今さっき、ジュワ樹を送って帰ったはずじゃあ……?」
脳内で本人がすかさず、『混沌よりも這い寄る混沌! あなたの耳元、ボク、受話樹!』。
双子でもドッペルでもなかった。
逆さ入道雲もウイッグだったのだ。
「カグラザが家出した!? えっ、デンザんとこは?」
「いや、ほら、スマホのGPSで……、とにかくここには居るみたいなんだけど、さっきからうろちょろしてて――何階かわかんないっていうか――」
埋火カルカ、埋火ミュウダ、埋火メガロサ、埋火カグラザ、埋火デンザ……。
筋骨隆々なレスラー体系。角刈り、モミアゲ、たらこ唇。
実はいい奴感が半端ない、一見浮薄な垂れ上瞼。高い鼻。
「白亜木大納蔵です!」
「白亜木シソーラスです」
「あらやだかっこいい……♪」
そういえばひとりだけ、鮫なのに恐竜な娘が居たな。
焦って捜しても行き違いになることが多かろうと、じっとしてはいられないグループでも丁度あった。どの道、十余名でひと固まりになって捜索するメリットもなかったし……。
埋火メガロサ、埋火カルカ、白亜木てぃら美、細流氷麻、五砂時穂、串真美子夢芽留の六名が足早に、エスカレーターを上って消えた。
(しかし運よくこちらが出逢えたとしても、どうやって捕獲すれば騒ぎにならない?)
(身内に見つけられた時にこそ、徹底して抵抗しそうではあるが)
(そもそも、逃げ出したくなるような実家へ送り返すことも、安全とは思えない……)
でもまあ妥当――と言ったら不適当だけれど、現在の地球に生きる者として、予測出来ていなくはなかった展開だろうと、歩きながらおれは欲張り心をいさめる。
最後までみんながハッピーじゃなきゃやだ、では、どんな冒険にも踏み出せない。
げんをかついで13を飛ばして、屋上を除外した最上階である14階には、最新ではない映画を無料で放映している、フリーシネマスペースという、市松模様の空間があった。
道の駅の農産物の直売所の活気というか、物産展の彩りが風に薫る。
屋内で再現すると不衛生さと残酷さが際立つためだろう、金魚すくいの屋台が見当たらない。興が殺がれるからなのか、ヨーヨー釣りも割高な清涼飲料水販売のそれもなかった。
「あれ、なんやイカ焼きて書いたあるからイカ焼きかと思たらこれ、焼きイカやん!」
「イカ焼き! いいんじゃない? もうなんか、あんまりいっぱい食う気、起きんわ」
「捜さなくていいの?」
「いや、そもそも、幼女をじろじろ観察する――って、男にはできない仕事だろ、これ」
夢芽留んぐらい女子々々してる男子じゃないと。
カグラザちゃんの動画をまた、再生してタップして停止する。後ろ髪を伸ばしちゃいけない反動で、前髪が中2に――ああ、あいつもこの道を通って……。
「おお、塩ラーメンあったんか!? このテーブル、ドラゴンボールみたいにしようぜ!」
「狼坂有限、貴方いま、食欲がなくなった的なことを言っていなかった?」
「細流らいあ、おれは肉が好きだ。特に牛! あーっ!?」
代金を催促してこない代わりに、三角の尻尾? のところをがぶりとやられた。
「うぁ、イカっ。庶民の味ね?」
普通、お金持ちのお嬢様って、パーティの中にひとりだろう……。
しかもこんな時代に。
杣山とモモペは、ちゅるちゅる、かみかみ、もう既に『いただきます』を終えていた。
嗚呼、おれのDB飯計画が……。
「今時亭主関白な頭で女子に牛を買ってこいとか言いつける男がいるから行くけど、かよわい乙女ひとりだったら危ないから、ねぇぴゅあぴゅあ? 一緒に行きましょうよ♪」
「近い、近い。秋波を送るな。おい、千見錦、気をつけろ」
男の下心でナイト役を名乗り出た味噌顔ティシューペが、首根っこを掴まれる。
いろいろ言いはしたものの、捜さないわけにもいくまい。
おい、狼坂ぁを普段通りに聞き流す。
これがいけなかった。




