第三章 鬼謀 B‐30 二度づけ禁止で二度おいしい
自信と義憤が7:3で、大きく胸を張った『夜の神の子』――の真下に『Mōmos』。
「私やって嫌いやで? 鬱陶しい世話焼きおばさんは。せやけどな? この世には、『第三者の介入が不可欠なふたり』というものがあんねん」
『はあ……』
なんの脈絡があったのか、藪から棒にまさかの説教をくらっているのは、黒地に白字の『Beowulf Boy』なおれと、
「両想いなのにくっつかない。結婚までしたのに仮面夫婦。ブサイク芸人とおバカタレントは末永く幸せな家庭を築きよんのに、性格も素晴らしいと専ら噂の役者連中は、アホみたいに付き合って別れてを繰り返す……。
うちはこういうベタすぎる現実の展開が大っ嫌いやねん! もうちょいひねれや、こんなん、外見と演技力ばっかり磨いてきた美男美女は結局みんな中身スカです、頭パーです言うてるのと一緒やんけ? それは違うよと証明してくれ!
アヘ顔でバカ面晒してるヨゴレじゃなくて、リアルもガッチリ充実した美人一族を私は見たいねん! 高学歴に意味がないと、若者に思わせてくれるな! 賢は頭ええねやったら離婚すな!」
自前の巨峰に『Jung』と『frau』を、それぞれ分け隔てなくパンパンにむくませる、白亜木てぃら美だった。
「さっき視聴率がどうとか言いよったけどな、視聴者が一番見たいんは、あんたらふたりのキスシーンと違うんかい」
『す、すみません……!』
自覚あったんかい、ほなさっさとせえや、と、百千鳥モモイロペは言い放たなかった。
「とりま『絵面』だけでええわ。どの道この方が手っ取り早いしな? ガチでお付き合いを開始されても、お客さんは離れていくもんやし……」
『ドラマで共演から始まる現実生活』!
「現実味あるやろ?」
現実味ありありだった。
「ドッキドキするやろ?」
ドッキドキするするだった。
告白……っつってもなあ。うちの家訓から『告白禁止』だからなあ。
「どんな家訓よ! 初っ端から話にならないじゃない!」
「てぃら美ちゃん!」
「はっ、はいっ!」
「じっ、実はおれ……! おっぱい大好き男子が、理解できないんだ?」
「そういう告白じゃないっ! しかも嘘!」
いや嘘ではないぞ。
おれの中でおっぱいちゃんが1位になることは絶対にないんだからな。
「じゃあ有限ちゃんの中では、女子の肉体のどの部分が一位なのかしらぁ?」
「卵」
「たった一文字に込められた不必要なリアリティ!」
どうしてもドラマにならない。
キザったい台詞なんて、ある程度以上自分を愛していないと、観る人の心を打てないよ。
まあこのふたりをキャスティングしておいて、コントになる予測が立てられなかった総監督にも責任はあるだろう。
「でも告白って今の時代に合ってなさすぎないか? そうでなくともそもそもどうして、『お付き合いできている』というゴールへ辿り着くための最善の手段が、『本音を正直に打ち明けること』で間違いないなどと、思い込んでしまうのか?」
「じゃああんたが思いつく、告白よりも成功率の高い手段ってなによ?」
「『あの娘じゃなきゃやだ!』って駄々をこねる自分を、ボッコボコにすることかな?」
「まあ、自称クール系男子は理性的らしいから? それでいいんでしょうけれど。女子はどうすんの、女子は? 普通の女子と感情は、切っても切り離せないものなのよ?」
ううむ、どうなんだろうなあ。
いや、女子はたとえ感情を爆発させてもかわいいものじゃないかというか。最悪、メッタ刺しにされた男という被害者が生み出されたとしても、その……、たとえばチワワに噛まれて死にましたって報告を受けても、あらかじめ鍛えておくことで死亡しなければよかったのにという感想を、第一に閃いてしまうわけで、
「両想いだったら?」
「てぃら美ちゃん!」
「はいっ!」
「お前ならなんて言う?」
「一も二もなくボディタッチ! すりすりすり寄ります♪ 無言」
「かわいい」
百千鳥モモイロペは確かにおれたちのキスシーンを撮影したのかもしれないけれど、おれがあのときの情景を子細に描写できるかと言ったらまた話が別で、したいかと問われればなんとなくしたくなく、しない自由はないのかと訊ねられると、それもまたNOだった。
無限大の太陽も、無尽蔵な大洋も、ちっぽけなおれのことだけを注視するはずがないから、気の向くままに飛び込んだおれで、ミクロに汚されてしまったことなんざ歯牙にもかけないから、安心して無条件で心を許せるのだろう。
たとえばおれが死んだ程度で、この世の終わりが来られたら悲しい。
三つ指なんかついて要らない。
夜風を随意に吸えりゃいい。