第三章 鬼謀 B‐28 秘色色の細流らいあ
ふと疑問に思ったんだけど。
「なによ」
シャツの方が濃い秘色色で、鮫歯に錨の方が象牙色。
「やっと身体を一日だけ入れ替わってみる気になった?」
「あ?」
そんな約束したっけ。
カメラウーマンは百千鳥モモイロペ。三姉妹ごっこかな? いろいろな同じポーズで撮ってもらって遊んでる。長女:白亜木てぃら美。次女:串真美子夢芽留。三女:細流氷麻。
いや、掃除しろ。
しかしこれは渡りに船だった。
「細流らいあ、お前って、女の身体で意中の女子と愛し愛されたい女子じゃなかったん?」
「狼坂有限、貴方だって、一度くらいは妄想したことがあるでしょう?」
妄想……。
女性の身体。
首から上だけなら、なりたいと思わないこともないが。
「いやだって、全身女体になったら、男が寄ってくるじゃん」
それは嫌だな。
そうとも限らないわよ、と細流らいあは、研磨するブラシの先へ瞳を固定したまま呟いた。
まあ確かに、ただ男の身体であるだけで、女子が寄ってくるようなこちら側も、ありえるはずがなかったか。
「いや最近、お前が一番かわいいなーと思いはじめてる本心があってさあ」
「あーそう。……はあ!?」
この元気な反応とその微かな赤面が、普通なる男心にストレートに刺さるんだけど。
(あいつは実の弟だと認識しているから、好きとか愛してるはあっても、『かわいい』とは感じないし、感じても絶対に言わないし)
(カルちゃんはどうせ出会う人間のほとんどから、常日頃からあらゆる誉め言葉で讃嘆されているだろうから、わざわざおれが言う気なんて起きないし、必要性なんて感じないし)
(ちらみんは知ってたとかそうでしょとかさらりと言って、あるいは褒めるのが遅いという説教を引き出す危険なトリガーだったことに今更気づいたおれが後悔するはめになったり……)
まあ聴いてくれ。
事の発端というわけでもないけれど、おれが男無理なのは知ってるだろ? で、たとえば、埋火カルカとのキスシーンを、何か、キス関連の衝撃的な出来事に触発されて想像したとする。
「想像っていうか……」
まあまあ、初めは初めさ(←?)。
「でもあいつ、首から上は『ザ・美男子』じゃんか。だからちょっと我に返ったら、まあ贅沢すぎる話なんだけど――、男に感じるのと同種の拒絶反応的なものを、本音の隅っこに発見してしまわなかったこともなかったというかさ、」
まあ待て。
でもお前はあいつの顔が好きなんだろ? 顔だけじゃないにしろ。
それって男子が好きって気持ちも多少はあるってことなんじゃないの?
「男嫌いなおれがあいつの顔面に、男らしさを多少なり、感じているんだからそれは――」
「ワンチャンないわよ? そこ――というかここは、フラれておいた方がいいんじゃない?」
「そうだけどお前、100%、カルカエンドには辿り着けないぜ? あいつ女が嫌いだから」
「言ったわね!?」
流石のおれでもこの絵面は、浴びせられる水に怒りを覚えられない『ザ・青春』だと解った。
アンチ眼鏡フェチグループに属する男子には、微塵も羨ましくないだろうけれど。
嫉視の出どころはジュラ樹の眼鏡か? 自意識過剰か?
「でもどうすんだ、老後とか。金持ちになっても養子の性別は自由に選べないんだぜ?」
やっと灯った侮蔑の翳りに、粘着物質を最速で洗浄する計算式が流れる。
細流らいあはブラシをその辺にカラコンと捨てて、両掌を広げてみせ、
「10億よ、10億! 10億円用意したら産んであげるわ?」
「おいおい、弱みを握ってるのはこっちの方だぜ、細流らいあ?」
「ハハッ! 結局絶対に見捨てられない甘ちゃんは、狼坂有限、貴方の方でしょう……?」
ハアッ、ハアッ、すみませんおれは、物心つく前から汚い豚でしたァ……ッ!
拾う際にクローズアップされる臀部を待ち構えていた下心も読まれていた。
奪われて仕方なくかがんだおれが、いいケツしてんなとひっぱたかれる。




