第二章 幸せすぎて涙出る 01 バスタオルガール寧鑼ちゃん
トライポフォビアの方にも安心な見た目の、蓮コラを微塵も連想させないホワイトチョコチップメロンパンを機嫌よく齧っていたら、やにわに脇腹へ手刀をぶち込まれた。
「んふ、おっ……!?」
傷みというよりは驚きによって、口の中からWCCMPの欠片がこぼれ出る。
「な……なんでしょう?」
熱血の垂れ目系主人公をイメージして振り返るも、年上に向かって威勢よく、なにしやがる、とは言えない弱気な俺だった。
「あんたあれさー、もしかしてあれなんじゃない? あの、あれ。こないだの」
何のてらいもないGスタイルで平然とそこにいた俺の姉、七七七瀬寧鑼は、俺が読んでいたラノベと食べていたパンに一瞥を投げて、その困った様な表情とはちぐはぐな明るい口調でそう言った。は……? あれってなに?
「あれと言えばあれよ、あれ。さっきニュースでやってたのー。危ないから気をつけましょうー、って」
「? 又候なんか変な事件でも起きた?」
「そうそう、いや違うけど。そういやこないだ友だちの知り合いのいとこがね? あれを川で釣っちゃって、指を噛み千切られそうになったんだってー。って、こらっ!」
あまりにも見えそうで見えないのがもどかしくなって、さながら太陽と青空を求めてカーテンにするようにバスタオルをめくろうとしたら、無慈悲に髪の毛をむしり取られた。
それだけはやめて下さいよ!?
「だから捨てたら? って言ってんの! 危ないから!」
んん? 捨てる? お前はさっきから一体何を言っとるんだ?
「寧鑼、お前、ちょっと痩せた?」
ふと、見えない話よりも何よりもお腹の方が気になって、俺はそう訊ねた。
「えっ、うそ、痩せ……、ええ!? そう見える? でも、その……」
「背ぇ伸びたからじゃない?」
「まあ、伸びていないことはない」
手を添えられた真面目系眼鏡が、光を反射して瞳を隠す。
「んええ、なにいきなり! ど、どうしよう……?」
戻ってきた瞳の奥には小さく輝くピンクのハート。太れる女子は太るべしというのが、俺のまことに勝手な持論だ。命短し恋せよ乙女とは言っても、可愛かったり綺麗だったりする娘は、幼稚園児であろうと社会人であろうと絶対に誘拐されるじゃないか。それなら一生結婚できない方がましさ。いいや、殺されるよりはましだね。
「んやー、やっぱやめとく。私今、ダイエット中だから」
ちょっとくらい大丈夫だよ、と半ば無理矢理に手渡すと、寧鑼はいらないと言いながらも、しっかりとWCCMPを受け取った。よし。
「髪、乾かしてやろうか?」
「乾かしたいの? 乾かしたかったら別にいいよ? うまーい。あっ!」
声がでかい。今度は何だ。
「いやだからさ、あれ、カミツキガメじゃない?」
そんなアホな。
ということで、俺たちはリビングへやってきた。件のチビたちが三匹、ぶくぶく揺らめく水の中には目もくれずに直射日光を貪っている。電話して訊きなさい。なんて、一端の保護者ぶっているバスタオルガールを放置してグーグルガールのもとへ。まさかあの悪ガキガールも、そこまで悪質な悪戯はするまい。掌を反して早く調べなさいなんて言う濡れ頭を、適当にあしらってドライヤーを取りにいく。
「ほらー、見分けがつかないって書いてるじゃん」
在来種の幼体との比較画像を指差して、寧鑼が言う。でもカミツキガメと似ているのは、ニホンイシガメの方だった。
「じゃあうちのがイシガメなんじゃない?」
「なんでさ。もらったのはクサガメだ」
「えー、でもこれ、うちのと違くない?」
んん?
確かに気になっていたことはあった。水中の酸素濃度が低下して腐ろうにも、尻尾は初めから超短かったのだから。雌雄の違いだと思っていたのだが。見た感じ、どれにも似ていない。俺はソファに座らせた寧鑼の頭をとりあえずタオルでぐりぐり拭きつつ、
「んわー」
テレビの音量を下げてから、アーティカちゃんにラインした。




