第三章 鬼謀 B‐17 愛のバラッド
つまり、まさか、お前は――!
「埋火ミュウダ!?」
「ミュウダ兄ぃ!?」
「――お兄ちゃん、女の子に、なっちゃった~☆」
『ええ――っ!?』
「おれのために!?」
「いやそれは違うでしょ!」
「というのは、嘘だァ――ッ!」
『!? !?』
天高く放り投げられたウィッグを、最後まで目で追ってしまい終えるとそこでは、
蘭ちゃんというか、マジョリーヌ様というか、メッセンジャー・ニアというか、
後ろ髪だけわたあめみたいなもこもこロングのお姉さまが、つり目風メイクを拭いていた。
「なあんだ、やっぱりロサ姉じゃん」
はじめまして、埋火メガロサです。と微笑む柔媚なその口に、ギラリと並ぶは尖頭歯。
なあるほど。
血の繋がったきょうだいでは珍しく、お父さんが一緒だったんだなあ。
埋火カルカは、人騒がせな小嘘が無駄に上手なだけでなく、意外と口も軽かった。
「あらどうもどうも、いつもうちの娘が――」
「いえいえ! うちの妹が――」
「ああら、本当に!? ええ、はあ。なるほど牧場を? ええでも本当に構わないんですの、まあオーストリッチレザーの、ポースにバッグ……、本当に高価なものを、こんなに――」
「いいんです、いいんです! みなさまでどうぞ! こっちは肉です! 燻製と、缶詰と……それに私は渡して来いと言われただけでして、ええ、母が――それよりも白亜木さん、お野菜を作っていらしたのでしたら、“あれ”で、あの時以来、大変だったんじゃごさいません?」
「えぇ、えぇ、まあ大変は大変でしたが、うちは幸い農協に加入しておりましたので、不作の年も職に不自由することなく、えぇ、おかげさまで主人も――」
あっちの彼女が母ちゃんだということは……?
「てぃら美ちゃん、あの部屋、ちゃんと換気してるの?」
「うん、してるしてるよ!?」
「いっつも返事だけはいいんだから。お母さんもう騙されませんからね? お友だちのうち、ひとりでも酸欠で倒れさせたらだめなのよ? あとで見に行きますからね?」
「はぁい」
まあ今は……、地表の隅から隅まで闇が深い時代さ。
「てぃら美ちゃん、てぃら美ちゃん! ごめん忘れちゃった! 今日遊びにきてるお友だちの数って、ごうけいなんにんだっけ?」
「11人……? になった」
「ごめんおかずの量足りないかもぉ!」
「すみませぇん! にくならここにありますよぉ! なんならまた持ってきますし」
「あら♪ それは助かります♪」
「いや、いいって、いいって! みんなもこんなに大勢でおしかけてきて晩飯寄越せなんてずうずうしいこと考えてないから! 順番をさあ、帰りにというかほら、あそこ、お父さんと兄貴がいるから安心だからあの――“ずうふぁ”へ寄って、なんか食べる予定だったから」
「あらぁ……せっかく作った……分はどうしましょう?」
「むぁ? まあ、作ったものは持ってきても――って、いさらちゃん! 今あとでって言ったじゃん!」
「ジュラ樹ちゃんにもようく言い聞かせておかないと!」
どこが男子多めなんだよと、マミー顔トレッパーティシューモンが結構強めに小突かれる。
離れの倉庫の二階改め、ジキルハイドラ先生の自室の窓から、柔荑なる簡易雪娘に素肌の熱を奪われた犬眼鏡(?)さんの悲鳴が、細く冷やあと天へ伸びた。
デクレッシェンド。
黙って残って荷物運びを手伝う。
いち段落ついてから訊いてみた。
「紅い髪が江南母さんで、赫い髪が稲波母さん。そして緋い髪が細小波母さんよ?」
おれの海馬はとっくに限界を迎えていたというのに。
オニガデルカ・ルクレティオですっ! の辺りから。