第三章 鬼謀 B‐14 ぶっかけ肉うどん
除菌アルコールを噴霧された味噌顔ティシューペが、キス顔の中華まんを選別漏れにする。
「ぶっぱっ、ちょお、なにw?w!」
幼少期へ魂を引き戻す鉄格子からの驟雨と、疑似体験した夏休みに色をつけるクリアグリーンのホースが、小さな指先に指揮棒をふるわれて勢いよく結託。未だ蔑みをあらわしている紅い瞳を残して、口許は独り、愉しくなり始めていた。トイレ掃除が終わりに近づいた中学生のように。
ヰェ~イw と水滴飛ばしの反撃をせずにはいられなかった味噌顔ティシューペに、微塵もひるむことなく今度はシャンプーの液をぶっかける。自身の汗や脂や垢には、天井知らずに耐えられる不潔漢なら、界面活性剤系の汚濁にも耐えられておかしくないはずなのに……。
「オイ! そいつはイイのかよ!?」
「さっさと中で下着まで全部洗濯機に入れて、本格的にシャワー浴びる!」
「チッ……! なんっでオレだ、け……? アアーッ!?」
「アーッじゃないわよ、うっるさいわねえ、何回も言ったでしょ、勝った方にキスするって」
おれの頬から、頬染めというよりは沸騰寸前の氷麻ちゃんが、両目を硬く瞑ったまま離れた。
――氷麻ちゃんが。
「おい狼坂ぁぁあっ! おまえぇぇええっ!!」
「味噌顔ティシューペ! 乾くまで待ってあげないわよ!? 置いてくわよ今すぐに!?」
また舌打ち。
聞こえよがしに文句を垂れながら、ぜんぜん黙らない味噌顔ティシューペは、男子の更衣室へ消えた。
おれはなんとなく左頬に手をやった。
指で汚れただけだった。
「あー、いそがしい、いそがしい!」
ぴゅうっと西風の神ゼフィロスのように、どこへ行ったんだろうね? おれにもわからん。スイムキャップを装着した三次元の女子部員を哲学する。
気まずい空気よ存分に流れよ。コミュ力低そうと嘲われたって、仲良くなさそうと憐れまれたって、おれは一向にかまわない。ラジオ等の生放送中であるわけでもなし、耐えきれなくなってから喋り始めるのが自然で、楽だ。
自室の有様を想像しながら、投げ捨てられたホースを拾って、飛び散った泡をひとつひとつなぞる。味噌顔ティシューペの野郎こそ、烏の行水で充分なのに……。
「あの……、てぃら美ちゃん――のことだけど、なんか髪、変わってたね? 髪色。柄?」
「ああ……。私が銀髪って言ったら白髪って意味なんだとよ」
「?」
サフの上にアルミシルバー吹いて、クリアレッドを重ねても、女優ライトを取り上げられた、廃棄間際の牛肉と同一視されるのなら――
「生肉みたいな髪の色のピンクとレッド多くない? とか、昨日いきなり言い出してさ」
「なまにく!?」
「意味もなく埋没するのが怖いらしいよ。バトル漫画とかコナン漫画における噴き出る血液を赤黒く改変しなきゃならないのはわかるけど! とか言ってた。そういやゴッドも設定画では、ビビッドな鳥居色というか、橙に近い赤なんだよな」
「?」
髪型はまあ、変わっていない。ちょっと伸びた気はするけれど。白じゃなくて蓄光オレンジの毛筆があったとする。赤じゃなくて蛍光オレンジな冬毛の狐が居たとする。その先端から、墨汁を控え目に、しかし鋭く差し込ませて――、
自作したわけがないオレンジゴールドのリボンヘアゴムは、謎の絡繰で随意にジャキジャキと開閉できる、天へ牙剥く“ピンキング鋏”2個へと進化していた。
(ワイルドすぎる今時じゃなくても、ジェノブレジェットとか、セミー・シュルトの一千万倍、知名度低いぜ?)
「というかおれ、本当に臭くない?」
長距離を走ったわけではないが。
「えっ、ぜんぜんくさくないよ?」
おれは言われるままに万歳した。おれこそ結構意外と潔癖なのかもしれない。立場が逆だったとしても、女子の脇に鼻を近づけたりしたくはならないもんなあ……。そういえば女子の上履きにも体操服にもリコーダーにも、昔から興味がなかった。犬の癖に? まあまあ。いや、逆にアレだ。嗅覚が人並みじゃないと、繁殖した雑菌を甘くは感じられなかったり、
「あれ!? ちょ、あいつまだ出てきてないの!?」
「あっ……! わたしっ、わたし呼んでくるねっ!」
魔装竜木しゃけ美ちゃんは、そのおぼこい両掌に、包帯となんかのチューブを握っていた。ジャキジャキ。鼻と口まで覆うことができれば、パーソナルスペースも幾分と快適に保てる。考えたな。
「じゃあもうそろそろ行くか」
「ん、それもそうね♪」
闇墜ちというよりは毒染まりの白亜木てぃら美は、いま一所懸命に競歩で保健室から持ってかえってきた包帯と絆創膏とニキビケアの軟膏を、唐突にテキトーにその辺に捨てた。
「おいおいお~~~いw! オレオレオレオレぇw!w!」
「氷麻ちゃん! そいつしっかりつかまえてて!」
湯上りのオールバック解除状態でも、それほどモテ度が上がったわけではなく、むしろ格段と縮んで見える味噌顔ティシューペが、真後ろから力の入りすぎた氷麻ちゃんのバールで首を絞められて、轢殺されたトウキョウダルマガエルのような声で白目をむく。
「ゲゲェプピ!?」
そしてまた誰得の、顔面への白い粘着物のぶっかけ。




