表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/401

第三章 鬼謀 B‐14 ぶっかけ肉うどん

 除菌アルコールを噴霧された味噌顔みそかおティシューペが、キス顔の中華まんを選別漏れにする。


「ぶっぱっ、ちょお、なにw?w!」


 幼少期へ魂を引き戻す鉄格子からの驟雨しゅううと、疑似体験した夏休みに色をつけるクリアグリーンのホースが、小さな指先に指揮棒をふるわれて勢いよく結託。未だ蔑みをあらわしている紅い瞳を残して、口許は独り、愉しくなり始めていた。トイレ掃除が終わりに近づいた中学生のように。


 ウィェ~イw と水滴飛ばしの反撃をせずにはいられなかった味噌顔みそかおティシューペに、微塵もひるむことなく今度はシャンプーの液をぶっかける。自身の汗や脂や垢には、天井知らずに耐えられる不潔漢なら、界面活性剤系の汚濁にも耐えられておかしくないはずなのに……。


「オイ! そいつはイイのかよ!?」


「さっさと中で下着まで全部洗濯機に入れて、本格的にシャワー浴びる!」


「チッ……! なんっでオレだ、け……? アアーッ!?」


「アーッじゃないわよ、うっるさいわねえ、何回も言ったでしょ、勝った方にキスするって」


 おれの頬から、頬染めというよりは沸騰寸前の氷麻ひょうまちゃんが、両目を硬く瞑ったまま離れた。

 ――氷麻ひょうまちゃんが。


「おい狼坂おいさかぁぁあっ! おまえぇぇええっ!!」


味噌顔みそかおティシューペ! 乾くまで待ってあげないわよ!? 置いてくわよ今すぐに!?」


 また舌打ち。

 聞こえよがしに文句を垂れながら、ぜんぜん黙らない味噌顔みそかおティシューペは、男子の更衣室へ消えた。


 おれはなんとなく左頬に手をやった。

 指で汚れただけだった。


「あー、いそがしい、いそがしい!」


 ぴゅうっと西風の神ゼフィロスのように、どこへ行ったんだろうね? おれにもわからん。スイムキャップを装着した三次元の女子部員を哲学する。

 気まずい空気よ存分に流れよ。コミュ力低そうと嘲われたって、仲良くなさそうと憐れまれたって、おれは一向にかまわない。ラジオ等の生放送中であるわけでもなし、耐えきれなくなってから喋り始めるのが自然で、楽だ。


 自室の有様を想像しながら、投げ捨てられたホースを拾って、飛び散った泡をひとつひとつなぞる。味噌顔みそかおティシューペの野郎こそ、烏の行水で充分なのに……。


「あの……、てぃら美ちゃん――のことだけど、なんか髪、変わってたね? 髪色。柄?」


「ああ……。私が銀髪って言ったら白髪って意味なんだとよ」


「?」


 サフの上にアルミシルバー吹いて、クリアレッドを重ねても、女優ライトを取り上げられた、廃棄間際の牛肉と同一視されるのなら――


「生肉みたいな髪の色のピンクとレッド多くない? とか、昨日いきなり言い出してさ」


「なまにく!?」


「意味もなく埋没するのが怖いらしいよ。バトル漫画とかコナン漫画における噴き出る血液を赤黒く改変しなきゃならないのはわかるけど! とか言ってた。そういやゴッドも設定画では、ビビッドな鳥居色というか、橙に近い赤なんだよな」


「?」


 髪型はまあ、変わっていない。ちょっと伸びた気はするけれど。白じゃなくて蓄光オレンジの毛筆があったとする。赤じゃなくて蛍光オレンジな冬毛の狐が居たとする。その先端から、墨汁を控え目に、しかし鋭く差し込ませて――、


 自作したわけがないオレンジゴールドのリボンヘアゴムは、謎の絡繰からくりで随意にジャキジャキと開閉できる、天へ牙剥く“ピンキング鋏”2個へと進化していた。


(ワイルドすぎる今時じゃなくても、ジェノブレジェットとか、セミー・シュルトの一千万倍、知名度低いぜ?)


「というかおれ、本当に臭くない?」


 長距離を走ったわけではないが。


「えっ、ぜんぜんくさくないよ?」


 おれは言われるままに万歳した。おれこそ結構意外と潔癖なのかもしれない。立場が逆だったとしても、女子の脇に鼻を近づけたりしたくはならないもんなあ……。そういえば女子の上履きにも体操服にもリコーダーにも、昔から興味がなかった。犬の癖に? まあまあ。いや、逆にアレだ。嗅覚が人並みじゃないと、繁殖した雑菌を甘くは感じられなかったり、


「あれ!? ちょ、あいつまだ出てきてないの!?」


「あっ……! わたしっ、わたし呼んでくるねっ!」


 魔装竜木しゃけ美ちゃんは、そのおぼこい両掌に、包帯となんかのチューブを握っていた。ジャキジャキ。鼻と口まで覆うことができれば、パーソナルスペースも幾分と快適に保てる。考えたな。


「じゃあもうそろそろ行くか」


「ん、それもそうね♪」


 闇墜ちというよりは毒染まりの白亜木はくあきてぃらは、いま一所懸命に競歩で保健室から持ってかえってきた包帯と絆創膏とニキビケアの軟膏を、唐突にテキトーにその辺に捨てた。


「おいおいお~~~いw! オレオレオレオレぇw!w!」


氷麻ひょうまちゃん! そいつしっかりつかまえてて!」


 湯上りのオールバック解除状態でも、それほどモテ度が上がったわけではなく、むしろ格段と縮んで見える味噌顔みそかおティシューペが、真後ろから力の入りすぎた氷麻ひょうまちゃんのバールで首を絞められて、轢殺されたトウキョウダルマガエルのような声で白目をむく。


「ゲゲェプピ!?」


 そしてまた誰得の、顔面への白い粘着物のぶっかけ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ