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第一章 目的捜し夢探し 04 アー

 その日の夕方、俺は部活を休んで瞑鑼と訪ねた大豪邸で、頭を悩ませていた。


「もう答え言いましょうか?」


「だめ。まだ。待って」


「そんなに真剣に考えなくたっていいのにー」


 瞑鑼の友だち、アーティカ=アデスディーテちゃんが、俺の隣で屈託なく笑う。な~んだ? と言われたらイラっと来るけど、考えなくていいと言われたら考えたくなるのは何故だろう。うぅむ。しかしこれはどこからどう見ても、その辺にいる普通のクサガメですよ。


「りゅ、りゅ……リュースシティック?」


「それを言うならリューシスティックですよー。でも全然違いまーす、ぶぶーっ!」


 また屈託なく笑う彼女。でも全然違うんかい。ぶぶーかい。俺はギブアップしたわけじゃないけどとりあえず一旦その問題は保留して、エアレーションがぶくぶく耳朶を打つ、彼女の自慢の見て見てミズガメコレクションルームをあとにした。


 植物園へ戻ると、瞑鑼はまだ網を手に、青い容器の前で固まっていた。その姿はまるで、魚を獲るために水面に翼の影を落としたクロコサギ。または、自然でも一定の割合で誕生する、白いクロサギだった。


「……もう帰る?」


「まだまだ」


 アーティカちゃんお手製のアップルタルトを指差して、俺の我儘に無理矢理付き合わせている状況をでっちあげ、押し付ける。すると瞑鑼は安堵の表情を僅かに浮かべて、また泳ぐ宝石すくいの作業に戻った。


「興味を持ってくれるといいんですけど……」


 蛍光緑の稲妻バレッタを左側頭部に留め直しながら、アーティカちゃんが言う。


「いや、めちゃくちゃ興味持ってる方だと思うよ。というか最近のメダカって高いんだろ? ありがとうね」


「いえ、家で増やしたやつですから、そんな、値段とかは……!」


「ふーん……。アーティカちゃん、髪綺麗だね」


「あっ……、あ、ありがとうございます……!」


 さっと頭を下げてから、彼女はその乳白色の大人ロングボブを、大事そうに手櫛した。胸に目が行ったわけじゃないけれど、トップスには大空を舞う朱鷺。もしかしたらあれは、稲妻バレッタではなくて、佐渡島バレッタなのかもしれない。


「あっ、これすげーおいしい。俺、パイよりタルトの方が好きなんだって、昔からずっと思ってた」


「はい。えっ? あ。ああ、よかったです……! タルトの方がおいしいですよね? もぉー、変な日本語使わないで下さいよー」


 敬語を使いながら先輩の背中を容赦なくばんばん叩く変な後輩に言われてもな。


「でも生のりんごよりはアッポーパイの方が好きだな。甘いし」


「もしかしてお兄さんもあのシャリッ音、苦手ですか?」


「苦手、苦手。俺も林檎恐怖症メロンフォビアだから」


「メロンフォビア!?」


 ギリシア語でりんごはメロンだとか、初めは『りんごのようなウリ』を意味するメロペポンだったけれどそれが訛ってメロンになったとかいった、別に無駄ではない知識を披露すると、


「へえー」


 動植物には詳しくとも、食物に分類される果物まで詳しくはなかったらしい。中2という年齢を考慮すればこれで普通なのか。俺はまた、ここにはいない二〇加屋にわかや減雄へりおに感謝した。


「ちなみに瞑鑼とは、」


「漢字は当て字だが語源は”Mela”! イタリア語で”りんご”という意味! それは知ってます! それは知ってまあすっ!」


 唾が……。

 自分が美人さんであることを解った上での超接近に、打つ手がない己が歯がゆい。鼻を明かせないこの笑顔。反撃すれば爆発しろとやっかまれ、怖気づけば女心が解っていないヘタレ野郎と非難轟々。しかし手を出せばセクハラ……。すごい目力。キープりょく。人ってこんなに覗き込み続けられるものだっけ? そりゃあ先に突っ込んだ方が負けさ。ボケ役の椅子取りゲームではな。スマイルください上手というか、アイドルやタレントの仕事、あっ。


「きゃーっ! だめだめ、今日はメイクしてないからぁーっ!」


「いいよー、すごく自然体! おっその変なポーズ一番いいねえ、もっと大胆によじって!」


「うっふぅ~ん?」


 最後にスマホを取り上げられて、削除されるのかと思いきや、アーティカちゃんは俺の顔を捕捉してシャッター音を鳴らした。はい。返してね。

 このやろう。

 ふりだしに戻る。




「ああ見えて甲ズレ個体だった」


「ぶぶーっ。はずれ。ぺけ。三振。バッター、アウト~」


「えー? ピッチャー、ピッチャー」


 コーラの方がうまいけど、そんなアホな文句は言わない。


「あの後ろ姿、抱きつきたくなりますよね? うへへ……可愛いお尻。誘ってやがる」


「君もだいぶんおかしいな」


 でもほらやっぱり、瞑鑼は人に好かれる側だったろ?

 余計駄目だよこんちくしょう。


「今日は大丈夫だと思います。作文が褒められてましたから」


「ああ、だから怒じゃなくて静のオーラが出てるのか」


 でも褒められてたのか。その点については安心。

 素直によかったと俺は思った。


「メダカも贈呈しましたし、今日はどこをまさぐっても許される気がします! うへw」


「いや、それは俺が赦さないけどね?」


 女子高を薦めればいいやという考えも改めるべきか。それともこの娘に護衛役を頼もうか。断然後者だな。ストーカーに遭遇する確率だけはもう、とにかく下げなきゃなんだから。


「いいじゃないですかぁ~、お兄さん。お兄さんだっていろいろとふにふにしてるんでしょ? あんな可愛い子に手を出さないわけがないですもんねぇ? 正直に言ってごらんなさい?」


「ふにふになんかしてねーよ。ちょっとちろちろしてるだけだ」


「ちろちろ!?」


「あと、ぎゅー、とんとんもしてる」


「ああ、それは私もしたことある」


「なんでだよ!」


 順序がいろいろとおかしいだろ。

 いや、おかしくないのか?

 答えは修学旅行でだった。


「瞑鑼のことを、よろしく頼むぜ……!」


「じゅるりっ! ぐへぁ、あひゃへ……。はいっ!」


「やっぱやめた」


「なんでですか!? うおー、断固抗議!」


「いっ、てめえっ、お兄さんって呼んでたのはそういう理由でか!」


「他にどういう理由があると思いまして!?」


「敬意を表して七七七瀬先輩と呼べ七七七瀬先輩と!」


「言いにくいんだよ“なななせせんぱい”なんて、お兄さんお兄さんお兄さんお兄さんっ!」

 

 こんな感じでくんずほぐれつ、同じレベル同士での醜い争いをしていると、メダカをボウルに沢山入れた、七七七瀬瞑鑼がおずおずとやってきた。


「アーちゃん、これ……」


「いいよ、いいよ、全部あげるよ! だから今日はうちに泊まっていきなよ!」


「今日はやだ」


「がーん!」


 へっ、ざまあみろ。俺は体を起こしながら、口から零れた唾液交じりの紅茶を拭った。


「だって金曜日に泊りにきた方が楽しいから」


「んへゃひぁ……♪」


 昔はこんなに変態じゃなかったよな、この子。もしかしてこれも、瞑鑼から自然と染み出た女王オーラに毒された結果なのだろうか。そろそろとふにふにを企んだ左手を、すんでの所で捕まえる! おいおい、前から行くとは不敵なやつだな!


「答えは『尻尾が切れていない』でしたぁ~! はいフォアボール~! 放せっ!」


「なっ! 放すかっ!」


「だから瞑ちゃんのはじめては頂きだっ! しゃきーん! はぁ、はぁ!」


「やめろっ! てめぇ! 人型犬系防御壁的断固阻止攻撃っ! というか『尻尾が切れていない』ってなんだよ! そんなん普通のことだろ!」


「はっはぁ~っ、違うね! ミズガメベビーを多頭飼いする際に、何をどう頑張っても必ず発生する、尾切れ・尾腐れに死ぬほど悩むミズガメ愛好家の多さを君は知らないな!?」


「知らんわそんなドマイナーな悩みを抱えた特殊趣味保持者の数なんて!」


「あれは私が新しいのを買いに行くのが面倒くさくなって、フィルターなしで金魚の濾過機を回してみたときのことだった……」


「それ、結構話、長くなる系?」


 俺はとりあえず中2女子が持ち続けるには微妙に重たそうなボウルを瞑鑼から受け取って、椅子の上へ置いた。錦鯉みたいな模様で、金魚のような尾びれが、グッピーのように長い……。


「手ぇ、洗ってくる」


 おう、と請け負って、アーちゃんの左手をもう一度捕まえる。お前は行かなくていい。蘊蓄を聴くには聴いたけれど、どんな問題もお金がなければ解決できないという散々な結論にしか辿り着かないように思った。

 もらったクサガメが、甲長五センチのベビー一匹で五、六万円する“ハミルトン”だったことを俺が知って腰を抜かすのは、もう少し先の話である。

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