第三章 鬼謀 B‐07 廃墟探索に行ったら
ぜいぜい踊る炭素系の排気が、うらぶれた夜風に浸食されてゆく。
「っおい誰だよ!? マあジふざ、けん、なってエ!?」
「えっマジ? これ霊?」
「うわ、最悪、うわ、最悪」
「だから言ったじゃんあのとき! なんか音しないって! なんか割れた音しなかったって! ちくしょう、これだったかがおォオホホオ、来るんじゃなっかっうわふわ、うわふわ……!」
「JAF……呼んでも来ねえよな、こんな時間に……」
「おい、なんか盗られてねーのかよ」
「わってゅららんんぃって! アホやきだべッ!? モー!」
ここから先は、現代の科学では説明がつかない。
成程、フロントガラスを割るだけなら、最小限の時間と労力で、最大の成果を上げられる。
ハンマーで外装をボコボコにされたところで、バイクならノーヘルでも走られるのだから。
いずれにせよ、何かが違った人間の仕業だと思い込めた方がまだ、精神的には救いがあった。
『!!』
文語的適当に破壊された乗用車の傍では、消えた一台のバイクなど、人目を引くはずがない。
そいつがまるで、チンパンジーに投擲された小枝のように、傍目にはゆっくりと飛んできた。
逆に強化ガラスだったなら、素手で更に穴を広げて無理矢理発車できたのだろうが……。
列を乱した鉄の塊が、脳を抜かれた肢体よろしく、滑稽に痙攣する。
協調性を学べるはずのフラッシュモブで、断頭間際のドミノが躍動。
同調圧力に屈してたまるかと、孤立に役立つ反骨精神ばかりが育つ。
「えっちょお、どおすんだよ!? なんだよこれ!? 待ってエって! ああアーッ!」
甲高い悲鳴が遠ざかり、野太い雄叫びが小さくなって、爆発音が聞こえた気がした。
夜の山道をありったけのマフラーで照らして進まなければよかったのかもしれない。
こんな袋小路に追い詰められる以前から。
「……きス……ヤメロャ……!」
『!?』
「歩きスマホ! ヤメロオオヤ!」
時速80kmで走行中の喉仏に、丸太のような二の腕が、手加減なくぶち込まれた。
観覧車のように棒立ちで、打ち上げ花火する朱墨ペン。
ねずみ花火に降り掛けられた、不運な数台が後を追う。
「ねえちょっと男子おーい♪ ちょっと来てぇ男子ぃーっ♪」
両手を無慙らしく口に添えて呼びつけてくれる存在がこんな――自前の両脚でドスドスと、時速90kmもの速度を叩き出せる、3メートルを優に超えた超絶逆三角形系男子でなければ、このご時世、さぞかしSNS上で意識高い系を、あるいは満足させられたことだろう。
「ねえっブスな女子にブスだよって指摘してあげるのって、親切心からじゃないよねっ?」
もうここまでくれば、恐怖もホログラムみも感じない。
ただただ悪夢から覚めてくれと神に祈るばかりである。
「よっ、自分だけが面白ければいい、クラスの人気者っ♪ 女子を傷つけて、嗤うなや!?」
「だっダッだっ、から、誰のことを言ってンンンヮ、ああアァッ!?」
ガードレールの飛び込み台から紐なしで、崖下の浅い川へバンジージャンプ。
「ドSなんだろ!? 自分で吹聴せずにはいられないほどにドSなんだろ!? だったら!」
「マジでわ、ううわマ、あマあぁあぁあッッッ!?」
ワンパンで簡単にペゥと挫滅して、職人肌の前輪だけが枯れ木林を駆け上がる。
「こんんな貧弱な攻撃でっ、ダメェージなんか、受けてんなやァァア! んんーャ!?」
右胸板には『粛』、左胸板には『清』、鳩尾にはSではなく『Z』の文字が確認できた。
約束?
相談?
謝りたい?
「なにみてたの」
『スリムグルメは食べ軒』の、『廃墟探索に行ったらヤバいやつに殺されかけた Part4』。
「うわ、再生数すっご。えっこれ生きてるの?」
「さあ……?」
今時、ドードー鳥も、さも生き残っていたかのように偶然、定点カメラに映り込むからな。
というかマズかったか。
「――白亜木てぃら美を呼べばいいんだな」
「あっちょっと、それ、はちょ……! っと待って? へへ///」
しかしおれは又内岡熱造などという、永遠の超絶ニセモミアゲのことなんか知らなかった。
細流氷麻の男子制服姿は、おそらく明日で見納めです。