第三章 鬼謀 B‐06 狼坂有限、実はチャラ男説
たまったものじゃないだろう、詰め寄ってほしそうな顔を、隣でチラチラ見せられたら。
成程おれがおどけたり、からかったり、とぼけたり、はぐらかしたり、必要以上に他の女子を優しく扱ってみせたりした結果、ガチギレされて痛い目に遭うといったような絵面は、見ていて楽しいものに違いはなかろうが、おれのお世話をしなきゃいけない役回りを、誰ひとりとして不快な雑用だとは認識しない現実世界のどこに、リアリティがあるというんだね?
ごくごく普通なら天然じゃないし、平々凡々なら鈍感じゃない。天然でも鈍感でもないのなら、ボタンを掛け違えた会話に、もっと早い段階で違和を感じられるはずだし、本当に不幸体質であるのならば、一話目から最終話まで延々と、冤罪で独房に拘置され続けるはずだ。
そんなことを言ったらお話にならない? それではお話になりさえすれば、二番煎じでも香り豊かで、癖になるほど濃厚で、意図せずオマージュしていても、勉強不足でパロディになっていても、オリジナリティが満載だわと満足していただける?
お話に、なりさえすれば?
作者に協力的な語り部が、新しい読者を次々と獲得してきてくれるに違いないという確信も、一体どこからやってきたのか。それとも一生、蝦で釣られる鯛のままでいたいのか。はたまた、これ以上エゴサーチャーをイジると差別になるのか。褒められたからといって、特別に感情が動くことはなく、貶されたからといって、別段モチベーションが下がるわけでもないこのおれこそが、スタンダードな普通人ではなかったのか。
(なんでもかんでも他人の所為にして楽しく生きるサイコとは違って)
(ヘイトの全てをひっくり返さなければ壊死してしまうほどに品種改良された覚えもない)
(ただ、自分にさほど関心がないというか、なんの価値もないとしか、常々思えていない糠)
ともあれ甘やかして育てた子には、いつか必ず真綿で首を絞められるものだ。それならば新時代の小伍長は、新時代のアルプス越えに挑戦するより他にない。おれは決して、現在人気のお料理漫画が連載終了しますようにと、神さまに祈ったりはしないんだ。
「えー、今朝のことなんだが」
「狼坂有限、実はチャラ男説」
ああ、実はおれはかの有名な、『絶対に売れるラノベの書き方』が、三度の飯より好きなんだ。
「友達百人計画とか、絶対成功しないから」
仲良しグループでずーっと一緒計画も、必ず破綻するんだよ。
「ドラのとこはイケてんじゃないの?」
そりゃドラが鎹してくれてるからな。
「だから男子だ。今朝おれは細流らいあと一緒に、お前らに提供できそうな男子を探してた」
「あ~? 男子ぃ?」
いいじゃないか別に。好きが高じてリスペクトを玖渚美帆しちゃった女子ばかり増えていくよりはマシだろ? いい感じの響きはこれ以上ありっこないと、自作の文字制限に勝手に敗北したのかもしれないけれど……。
エゴイストであるべきなのは、作者ではなくキャラクターであったはずだ。手垢のついた地名なんか、羨ましがるんじゃない。というかガチガチなリア充とかガチムチな体育会系には、彼女が基本、年中いるから、お前らとは遊ばせられないって。
「どんな男子を選んだのよ……」
いや普通にうちのクラスの、名前は、なんだっけ、ライス花せりあ……じゃなくて、そう、
「杣山。杣山テテロティケ露剣郎と――、串真美子夢芽留」
「ふぅん……?」
ただ――、
「ただ?」
正直に説明するのも気が進まないが、やっぱり自分のためだったのねと、ため息をつかれるのも望ましくない。いくら欲張り爺さんが悪でも、全員にとって危険な道を回避する選択を、欲張りではありませんと認定してもらう術はないのだ。
「あー、なんというか。とにかくそこまでで。一応探して見つけたってだけで……、いや! ちゃんとプランは練ってる。女子にはこんな乱暴な真似はできないけど、つまり明日、とりま一緒に帰るくらいは、多少強引にでも諾了させて、それから上手にこう、騙し々々、『一緒に遊ぶ』まで誘導するんだ。名付けて、あんまり考える暇を与えさせない作戦!」
「…………」
土日に集まる予定を立てる――とか、なんか用事ができちゃって断られるフラグだろ。約束とは守るものでも、破るものでもなく、破られるものなんだ。しないに越したことはない。
「なんでもいいけど……、あんたまさか私にも、同じような作戦でぶつかってくるつもりなんじゃないでしょうね?」
「!?」
「『!?』じゃないわよ、後ろめたいことが何もないのなら、明日みんなでどこに集まろうとしていたのか、今ここで正直に言ってみなさい?」
完全に負けた。
この地点から分岐する未来を吟味する。
「まったく。いつになくペラペラ喋ると思ったら……」
舌打ち顔で聞こえよがしに、じゃあもう全部やめたと吐き捨てるのは、我儘を聴き入れてあげた方がよかったかなと相手に罪悪感を植え付ける、狡猾な恐喝だから論外。泣き喚きながら一生のお願いを連呼する……マキアヴェリストなんて、来、来、来世まで既読無視され続ければいい。明日はひとりでのんびり過ごす――無難上等。冒険も勇敢も野蛮すぎる。人懐っこいというよりはひどく無警戒な、犬の散歩美人には、誰でもノーリスクで邂逅できるんだからな。
「なんとか言いなさいよ。あっ、おこだ! えぇ~? こんなことでぇ? ……無視ですよ? というかそんなに私のうちに来たかったわけ? ねぇ? もしもしっ?」
自ら進んでケーキバイキングに首まで溺れた胃袋で、日本の古き良き伝統芸能である『プリンの奪い合い』をする気になられるスイーツ男子がいたら名乗り出てほしい。ちゃんと早めに来た白ご飯に、焼き肉味のふりかけがサービスされていたら、きみもきっとこんな顔になる。
楽しみにしていたお蕎麦屋さんが閉まっていたから、焼きそばパンを買ったのに……。
「よし。じゃあ勝負だ、白亜木てぃら美!」
「あん? 勝負?」
「おれは今回、予想した“あること”を計画に組み込んで、所謂見切り発車をしたわけだが。今から詳らかにする、その予想が正解だったら、プランの全貌を一から話そう」
「? なにそれ? 不正解だったら?」
「心算を打ち明けられなくて済むから、断る勇気を発揮する機会に残念ながら恵まれない」
「むむっ?」
「どうしてもと言うのなら、ヴァレンティナ・ヴァッシュリーヴ越えを頑張ってみてくれてもいいけれど……」
「なんでよ!? おなか、ぶっっっ壊れるわ! というか今度はどう転んでも、あんたが得するようになっている!」
「じゃあ肩でも揉んでくれ。時折、文語的適当に叩いたりもしながら」
「あぁー?」
嫌な予感がしたので放置していたら不審がられて案の定。真後ろを歩いていた五砂にも見て見て大騒ぎ。落ち着け。返せ。見せてみろ。
普通に寒がりで、別にじっとしていられるあいつは、昔からこれくらい下っ腹が出ていたし、ウケ狙いでなければ、こんなタイミングで送ってくるはずがなく、積極的にそそのかしたのは、ここでこれをつまんでるこの姉鐘養護教諭だ。
手洗いに行く計画を中止させて、ふたりを引き連れ、早足でわざわざ保健室まで降りると、もうそこに、デフォルトで意外とお茶目が過ぎる問題児、埋火カルカはおらず、
「なに、どうしたの? 妊娠でもした? ちょっと検査してみなさい」
ランニング系が平気なタイプは得てして、ボール等のキャッチは不得手で羞恥が六倍。