第三章 鬼謀 A‐11 反則丼
「どうせここにもすぐ嫌気が差すって。実家が嫌で~すw お兄ちゃんの家も嫌で~すw それでどの口がこんなにも貧乏っちくて狭い上に人がいっぱい詰まった家を大好きになられるなんて言うわけ? 頭大丈夫? ニコニコやり過ごすべき場面もあるわよ? 人生にはね。でもいくらそれが得意だからって、そればかりを積み重ねて、結局あとになってから『最悪だった』とか平気な顔で抜かすやつ、私嫌いなのよね? 嫌なら初めから嫌って言えよ。本気じゃないならわざわざ言うな」
「『おかえり』ってさ」
「バッ……ちがう……!」
「ほんとに違うんだったらお前も『本当に違います』って言えよ?」
「ねぇ~、ちゅーしてぇ~? ん~っ♪」
こいつ……。
もう既にご主人様に奉仕させて頂いている身なのに、運命の出会いをしちゃって、赤ちゃんご主人様を連れて帰ってきたのはいいものの、即刻マジ困りした先輩がいてよかったぜ。
いいやそれでもできないことはないさ。別のチームを同じ座席で仲良く応援させることは、万能の神さまにも絶対に不可能なだけであって、どのスポーツを愛していようが、仲良く手を取り合わせて、少年少女の指導をさせることはできる。
おれは鼻水が出るまで白亜木てぃら美をこちょばして、洟を拭いて厚着させ、ちょっと外へ連れ出した。
到着したトラックから次々とパイプ等が運び出され、着々と足場が完成してゆく。万能杉の阿呆はこれをひとりでやるつもりだったらしい。器用貧乏ってレベルじゃないぜ? いっそ潔く何もできない方が、自分で自分の首を絞める必要に一切駆られなくて済む。
「あのふたり、結婚すんの?」
「うーん、姉ちゃん、実年齢六ヶ月とかだからなあ……」
「ふーん……。熱造ーっ! そっちの方が格好良いよーっ!」
反対側も切り落とすついでに散髪をしてもらい、総合的に女子受けレベルの上がった熱造が、サルみたいに後頭部を掻いて謙遜。先輩にどなられて、殴られて、ヘルメットを被り直す。
「最初は楽しそうよね。食堂って」
「お前が店員やってくれたら、おれ、週に四日は通うね」
「『いらっしゃいませぇ~♪ 当店自慢のダチョウの卵とじマグロカツ丼はいかがですかぁ♪』」
「すげーうまそう! そ、それにします! だっ、ダチョウの卵っとじ、マグ、」
「『六番様反則丼一丁~!』」
「あチートォ一丁ォーッ!?」
「あっ、あの!」
『うおぉっ!?』
「あの、その……! あ、改めてありがとう。何度も、助けてもらっちゃって……」
「いやいや『それはこっちの台詞だ』。男子としてすげー贅沢な経験をさせてもらった。でもそれはここまでの話であって、ここからの話じゃない。嫌ならおれが出て行く。そしたら主人公補正のおこぼれにあずかったとか、ハーレムの女その一とか言われなくて済むだろ?」
「あんたなんかマジであからさまに扱い違くない?」
酷くない? イジメじゃない? なんでそいつとだけちゅー、すん、のっ、と足を踏んでくる女子は一旦保留。
止まれないこいつの行動の、全てに意味があるわけではないのだ。
「出て行くとか……、そんなことされたら余計居づらいでしょ……? でね? てぃら美」
黙って差し出された右掌を、白亜木は目を細めて見下した。
「……理由は?」
「明日死ぬかもしれないから」
「だよねー?」
がっしと握手が交わされて、おれの頬がほっこりスマイル。埋火ミュウダが声を張り上げ、父さん水道どこですか。オリザがカジキを捕らえて帰還。器用地獄がお得意の困り顔で仮設階段をカンカン下りる。