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第三章 鬼謀 A‐09 超絶M字バング

 遠目にも判る、ピュアホワイトとクールパープルのしまぱん。駆ける足には貧相なスリッパ。アウターはサイズの合っていない、メンズのカッターシャツだけ。


 やはり今の時代、いやほんとは大昔からずっと、血縁者も十二分に危険――

 着地を待たずに飛び出す!


ゆうちゃん! らいあ!」


「よしよし、もうう大丈夫だよ。怖かったね……!」


「うえぇん……!」


 五月の真冬の花火デートは、朝で深夜で三人以上で、浴衣じゃなくて丸出しだった。

 上着を脱いで着せる。

 嗚呼、お前はどうしてこんなにも女の子なんだ。


「よく逃げ出してきたな、偉いぞ!」


「すっごい音がしたから、どーんて! でもこれは襲われてたとかじゃないよ? 遠くまで行けないように、暖房つけた室内にこんな服だけあって、さすがにこれを重ね着はできなくて、」


「うんうん。わかったわかった。ここじゃ凍死するから、一旦帰ろう」


「うんっ」


「お前は何を俺の妹に……!」


 髪の毛を掴まれてぶん殴られた。

 ぐんにゃりと景色が踊る。


「気安く話しかけてくれてんだ、アア――ッ!?」



 超絶M字バング、埋火うずみびミュウダ!



 縮み上がらない方がおかしい。

 朦朧とした意識の中、脳裏に昨晩の光景が蘇る。


(帰らなきゃ殺されるよなあ)


(もう大丈夫とか言っちゃって)


(何やってんだ。おれは)


 おれはもっと相手の立場に立って考えるべきだった。もっと広い範囲を俯瞰すべきだった。今一番大事なのは埋火うずみびカルカがぱんつの上に、せめてパンツを穿くことだったというのに!


「待ちやがれドM野郎!」


 威勢ばっかりでもなんでもいい。獣のレベルに落ちようがどうでもいい。おれの方が間違っていたらあとでいくらでも逮捕されてやる。女を庇いながら優勢を保つことはできないと証明したのは、他の誰でもないお前だぜ!?


 駆け寄ると同時に蹴り飛ばされた。

 実の妹持ちでありながらフツメンを自称するガチリア充の脚は、想像以上に長かった。


「カルカ、お前、なんか言え!」


 返事はなかった。

 目上の身内が傍にいるときは、どれだけ意志の力を使っても、自分の意見を優先できないパーソナリティ……。


(それはもう、それが本音でもいいってことなのか……?)


「なんだこれは?」


 入居者募集中と書かれた襷に、気が付いたMが言う。


「……ぱんつ隠しにそれをやるから、手前の妹をおれに寄越せ」


 今度は脚を掴まえた。引っ張って雪の上へ横転させると、後ろから羽交い絞めにされた。町丸ごとだと判った以上、NMA(ニセモミアゲ)を連れてくる必要はなかったはずなのに、好乃いいのがバイトへ行く時間に一旦帰宅することにしたてぃらを、家まで送ると言いだす危険性を憂慮しすぎた。


(くそっ、マジでドMになる以外に、一挙両得の夢を叶える道はないのか……!?)


 意味がわからなかった。

 わけがわからなかった。

 突然の出来事に、理解が追いつかなかった。

 おれとあいつががっちりと捕縛されている現在、動ける人間はひとりしかいない。


「『逆不法憑依』!」


 圧倒的に謎な細流せせらきバイタル。

 即ちごく一般的な、一方的なる愛猫表現。

 その力が今、超古代新次元抽象的実在概念、三目人形、《3iD - 009 Canine》と――!?


 逆不法憑依。

 つまりさっきのようにただ乗り込んで、一介の女子高生が手に余る殺戮兵器を手に入れる前から仲間がふたりとも人質にとられているという、膠着必死の状況が発生。


『…………』


「へ……、へくちゅっ!」


ズボンパンツぐらい持って飛びだして来いよ馬鹿兄貴! マジで凍死したらどうすんだ、タコ!」


 睨みもせずに発砲されて、真後ろの超絶ニセモミアゲがひと房死んだ。


「あ……兄貴ィィ――ッ!?」


 突然、例のかき氷機が降ってきて、おれたちは漫画みたいに吹っ飛ばされた。雪が積もっていてよかった。頭に稲妻が閃く。


(オリザ姉だ。オリザ姉がジリ貧必死の三くすみ状態を打開してくれたんだ!)


(あとはおれが走らなければならないッ!)


 コミカルながらもお上品に雪の中から突き出された嬌艶な美尻を目指して、目を血走らせ、唸りながら這うように駆け出したおれは、三歩目で罠にはまって翻筋斗もんどり打った。


(罠!?)


 ――というかこれは人だ。おれとお尻の間にいて、数泊遅く跳ね起きたどちらかの男と、おれは今、運悪く激突したんだ。どちらかというか、この場合……、



 あろうことかおれは怨敵、埋火うずみびミュウダ大人悪ガキ総大将を押し倒していた。



 覆いかぶさった上に押しつぶしていた。

 過度に密着し、過剰に抱擁していた。


 熱造ねつぞうだったらもっと嫌だったろうなと思ったのは、深層意識では美顔なら男でもいいと考えている証明なのか? いや、イケメン女子を嫌いな男子というのもあまり聞かないから、そういうことではない。顔だけ美男子で首から下は女――ただの最高傑作じゃないか。ちょっと髪を伸ばしてもらえばいい。むしろそれこそこいつの妹、埋火うずみびカルカに他ならない。


「ええい、触るな! 気持ちが悪い! どけ!」


「おれだって気持ちが悪いわ!」


 でもなあ、このチャンス、絶対に逃すわけには、いかねえんだよおおおおっ!


 おれは偶然ではなく計算で、厳しい職場を誰よりも早く志願したかっこいい男になりきった。


 うおおッ、なんか、意外と平気! こないだもやったし耐性がついたのか!? 男嫌いは確実に克服できてきているッ! ありがとう明眸鮫歯系妹と顔が似ている兄!


「馬鹿お前、熱造ねつぞう! 俺じゃなくてあっちだ! 妹の体に触わったらブッ殺すぞ!」


 世界一淫猥なビーチ・フラッグを目指して、とにかく熱造ねつぞうが走り出す。目ぇ閉じて走れと理不尽極まる檄が飛ぶ。


(何故だ、何故お前が相対する)


(ふたりかがりで撥ね飛ばした後、悠然とフラッグへ飛び込めば、間違いなく絶対に安全だったのに!)


 颯爽と降り立つなり腰を落とし、人狼のように外敵をめ付けて、両掌を広げる細流せせらきらいあ。エアボールを蹴るフォワード。轟然と立ち上がるかき氷製造機。突撃するかにんちゃん。天空からのオリザを迎え撃った降雪光線は、大きく外れて白銀の虹になり、左脇をすり抜けるよう誘われた熱造ねつぞうは、即座に足を払われて、再び雪原へ頭からダイヴした。


 ようやく到着した下っ端連中が、爆心地から同心円状に、瓦礫ごと新進気鋭のアニメーション制作会社し、女子力レベル第一位の旗が、器用に膝下だけを開いて、狭い額と美麗な下乳をサーヴィスしながら逆さ吊り。

 正面から直視すれば何の問題もない下っ腹。


(役に立ったぜUSBジャントー眼帯!)


 プラチナブロンドのセッターが、ゴールキーパーを丸呑みしてとんぼ返り。うちの四番が優勝トロフィをダイレクトパス。一体何のスポーツだ。


 ともあれあのかにん空間へ入ってしまえば一応は暖が取れる。

 これは人工呼吸をするべき場面なのか、うむ、とりあえず試みるべきだろう、できないから初めからやらないのではなく、拒絶され、失敗するという負の果実を得るために。それでこそ私なのだから! いやでもしかし、顔を近づけるだけでもこれはうへへ、結構うひ……、いいえ違うわ純粋な善意によって人肌で温めるのよ細流せせらきらいあ! と決意したはいいものの怖気づいて、とりま心音を確かめたとき、


「んん~~っ!?」


 よかったあいつもこうした極限の状況下で、一歩前進できたようだ。

 そして今度はおれが人質。

 ああもう。

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