第三章 鬼謀 A‐08 卵殺
くそう、勘違いを助長させるのに最も効果的なコンボを繰り出しやがって。どうしても勝利したいようだな。でも負けんぞ。重婚は犯罪だけど、同居は犯罪じゃないんだからな。
「あのさ、全女子をはべらせたいって、本音で思わないわけないだろ。そういう欲求を抱くようなホルモンを分泌する男性器がおれにはついてんだから。おれがモテモテになって、内緒で浮気したら憤ってくれ」
「ちゅーしてた! ちゅーしてた! ちゅーしてた! ちゅーしてたっ!」
ちゅーしようとしたら本気で怒るくせに、なに怒ってんだ。
「だからさ、おれが何をどうしたいかとか、これから誰と誰がどうなるかなんか、どうだっていいんだ。誰にでも予測がつくから。思わせぶって、議論させて、心底イライラさせて、綺麗にだろうが汚くだろうが完結したら完全に忘れられるの。大事なのはお前が友だちを、」
「好きよ?」
「……ほんとに好きな相手には、そう簡単に好きとは言えんものだ」
「ええい、さっさと落ちろ! 私より位の低い人間に成り下がれ!」
「いいから早く勇気出して、みんなとお話ししてこい」
「えー、できーん。こわーい。何話せばいいのかわかんなぁーい」
「それならうんうん頷いて、ときどきにっこりしてればいい」
「げぇーっ、そんなの絶対無理! むりむり」
ためしにやってみてと言うと、白亜木てぃら美は、イベントで男性ファンをひとり残らず骨抜きにすること請け合いの、人気中堅女性声優のように艶笑した。
お前も今後、女子と上手に付き合う努力をしていかなきゃいかんな。
あいつら三人だけでなく。
女嫌いに、男性依存に、女好きに、女性恐怖ね。
よくもまあこれだけの問題児が一堂に会したもんだ。
次のジャントー活動は、是非ともなにか女子同士の団結力をアップさせるイベントを開催してもらわないと。ジャントーの崩壊を防ぐためにも。おれに閃くレベルのことをあいつが考えつかないはずがないから、心配要らないとは思うけど、この戦いが終わっても憶えてたら言ってみよう。そうしよう。
「お前はこのUSB時代、どうやって生き延びるつもりなんだ?」
「ん? こうやって」
もぞもぞといやらしく動いて、更に密着してきた。そして猫なで声。
「あぁん、さむぅい……♪ 護ってね?」
「みんなと仲良くできたらな」
わかんないを引き出して、おれもわかんないけど、とりあえずはできることをしてゆこう、毎日コツコツ生きてゆこう、と言おうとしていたのだが、自分の中で答えが出ているやつとは綺麗な対話の仕様がなかった。即完結。
でもまあ、そういう生き延び方もありだ。死ぬよりは正しい。こいつと違うタイプの人間には参考にならないかもしれないが。
これもまたおいおい、ジャントー長に適宜掘り下げていってもらうことにしよう。
「ねぇ~、頭撫でてぇ~?」
「よしよし」
「ああ~、背中も~♪ 肩揉んでぇ~、んん~♪」
「はいはい」
この、お互いちゅーしたいのに、ちゅーしよと言った方が負けという空気……。
つまりほんとはちゅーよりバトルの方が好きなんだ。おれたちは今、同程度に。
ゲームで課金するのも、バトル欲が人にあるからだろ? 人は気持ちよく勝利するよりも、気持ちよく戦うことの方が好きなんだ。共感欲と戦闘欲も加えて、十大欲求にしたら駄目なのか。いや、駄目ではなかろう。BFだって、ひとつの単語に複数の意味を込めるよりは、それぞれの意味を複数の単語に分けた方が解り易いと思ったからこそ、十三徳を樹立したわけだし。
となると十ではなく十三にしたいと思うのも人の性。いや、それでは謙遜が霧消する。でも追加するにもふたつじゃ締まらない。ではせめてあとひとつ考えるなら――、
『必要最低限の生活費をゲットするための技法欲』……かな!
くどいけど。
ほんの数年前まで、生活費とは大気と同義だった。当時はほとんどの人間が簡単にゲットできていたから、こんなものは意識するまでもない欲求だった。しかし今は違う。今は就職氷河期どころか本物の氷河期が訪れて、更に生き残った全人類が、『勝ったらご褒美』ではなく、『負けたら殺処分』というルールが掲げられた、リアルでガチなデスゲームへ強制参加させられている状況なのだ。
先人が渇望した通りに、現実と妄想がついにひっくり返った現在では、『平凡な日常がつまらないからという理由で大冒険を欲すること』の方が不可能なのである。
『金銭』と『稼ぐためのマニュアル』は別物だとおれは思う。炒られたコーヒー豆しか輸入できないんじゃあ、永遠に自国での生産ができないように。
(それでは買い続けるしかなく、結果、格差が広がり続けてしまう)
そうだ、だから今おれたちは、USBジャントーで生き残り術を研究しているんじゃないか。
九、共感、十、戦闘、十一、生き残りマニュアル……、これも是非あいつに報告しよう。忘れないように今メモしよう。
「ねえ有限、あんた好乃のこと考えすぎじゃない?」
「あいつは絶対、他人の言うことを聴かんからな。好きになっても恋人にはできないぜ?」
「じゃあやっぱり好きなんじゃん」
「あいつは人間中毒者だから、無条件で万人のことが心の底からが好きなんだよ。犬好きがどんな犬も理屈抜きで大好きなのと一緒でな。だから何も努力しなくても、人間であれば全員が、一方的にあいつから好かれる。その結果、誰も彼もがあいつのことを、少なからず好きにならずにはいられない」
「また万人とか全員とか言って。自分はどうなのよ」
「早く負けを認めろよ」
「誰が。死んでも言うかよ、べぇー」
「がおーっ!」
「ギャーッ!」
「こちょこちょ……?」
「ウヒヒ!?」
「お前って意外と色気ないよな……」
「いや~ん、ちゅーして?」
恋愛も超下手……。
ひとりでできるところまではやったので、おれは好乃にラインした。即既読。ちゅーはしなかった。いや、感謝はしてるぜ? でもこのままじゃあ、たとえふたりともが快楽主義者だったとしても、一時的な多幸感しか得られないし、オ姉がいるからそもそも無理だし、同じことを何度もやったら疲れるじゃんか。
天真満面川が来た。
つうと言えばかあ。
娘がぎゅっと愛される。
「じゃあ帰ってきたらちゅーしてね? だぁりん?」
「氷麻ちゃんいじめんなよ。髪の毛抜いたり、お尻つねったりすんなよ」
「嫌」
「じゃあまた明日な。ありがとな」
「べぇーっ、きらい。どういたしまして」
ばたん。
どうしておれが埋火カルカを助けに行くのか。おれは真っ暗な部屋の中、兎かにんちゃんを抱きしめながら考えた。語り部だからと言ってしまえば元も子もないが……、ああ、消去法で決めるのは悪だという風潮が、ひっかかっているだけか。
万能杉の声で目が覚めて飛び起きる。親切にどうも。どうやら悪夢は見なかった。着替えて顔を洗って居間へ向かい、その辺にあったものを適当に腹と鞄へ詰める。歯を磨いて用を足して手を洗って外へ出て、ジャイアントかにんちゃんの中へ荷物を運ぶ。寝袋へ入ってもう一眠りしようとしたとき、かまってちゃんが媚び々々微笑でやってきた。
「私も行こうかな? 友だちだから」
「おれに言うな」
「出発するまでここにいてもいいでしょ?」
「こっちおいで」
「蛹www」
おれが意識をすっ飛ばしている間に閃いたのだろう、いろいろなことを暫く聴いていたら、白亜木てぃら美は自分から降りた。満足したのだろうか。全部演技だったのだろうか。それともこの、焼き鳥がなくなった串でも見るような冷たい顔の方が演技なのか。未来が見えるわけではないと思うが、誰よりも自信のある女だから、その所為かもしれない。
天使だけが元気に喋った。熱造、細流妹、オリザ姉が搭乗し、四名を残して淡々と発進。熱造ナビで到着した雪原のバトルフィールド、不凍淡泊市付和付和雷鳥町上空には、案の定、右腕に除雪機、左腕に降雪機を備え付けた、謎の巨大なペンギンちゃん型かき氷機が待っていた。
オリザ姉が肩にかけていた襷をおれに手渡し、太陽色の刀を懐から取り出す。電子レンジという概念のありったけを圧縮して精製した、空前絶後の反則刀、《卵殺》。
「きっとあの中よ!」
と細妹が指を差した直後、今でも充分新鮮なのかもしれないが、少なくとも独自性は皆無なメイド服ではなく、システムキッチンという概念のありったけを圧縮して精製したバトルスーツで身を包んだオリザが、前衛的なデザインのガスコンロウイングを展開、飛翔、一閃。凄まじい衝撃波がおれたちをも吹き飛ばす。……。
あの中にはいない場合に対処するために、中央の豪勢な建物へ直進したおれたちは、そこで信じられない光景を目の当たりにした。




