第三章 鬼謀 A‐03 氷麻1/2
「ああぁーっ! お前は確か、あのときの!」
「えー、これから一体どうするかだが」
「放っておけば? 見ず知らずの他人に実の妹が攫われたのならまだしも、その逆なのよ? 奪いに行ったら殺されます。たとえ成功しても、また何日か経ってから、さっきみたいにここへやって来るだけで、あいつは家屋を人質に、簡単に妹を取り返せるんだから、いたちごっこ必至。完全に徒労。それにそもそも誰のためにそんなことをするわけ? お嬢様にはこのお家、あんまり居心地よさそうじゃなかったし? 三日間凡人の生活を体験してみて、丁度いい思い出になったでしょ。これ以上一緒に暮らしてもどうせ、『やっぱり貧乏生活には耐えらんなーい』とかなんとか心で思って平気な顔で嘘ついて、自発的に出て行ったのよ」
「いいえ! 絶対に助けに行きます! あの子は『さよなら』とは言わなかったわ! それに、誰がどう考えても、あの母親の息子がまともな人間なわけがないでしょう!?」
「あー、あんたの兄貴も、見かけしかまともじゃないもんね?」
「チッ! チッ! チィィッ! 肯定しながら否定しやがって、むかつく!」
「べぇーっだ、ばぁ~か」
「言ったわね! この、男心くすぐり人参!」
「うるさい! ただの誰得大根、きゃーっ!」
まあそりゃ自然、こうなるわな。
おそらく他が論外すぎたために仕方なくおれに飛びついてきた、ピュアレッドベタ美をどうどうと落ち着かせて自分の椅子へ座りなおさせるのを――
おれはちょっとだけ保留した。
「やっ……、こら! 優しく揉むな……!」
「おいっ!! 聴いてんのか!? そこの雰囲気病弱フェイス!」
「あれ? そういやなんでお前、おれのこと知ってんの?」
「あのなあ、おま……、え? あいつが助けてくれた? いや俺が助かったのは、このように逞しいモミアゲを蓄えていたお陰で……、なに? 戦闘機? 爆発? ゲリラ豪雪?」
こしょこしょと耳打ちをし終えたあいつが、さあこれから張り切って仕切り役を務めるぞという期待を裏切って、『第1回埋火カルカ姫を奪還するのかどうか会議』の議長を、『フィンランド語で白ご飯=ラテン語で稲』という意味の、リーシア=オルルーザ超古代新次元抽象的実在概念に依頼。
すうっ、と紫髪になった細流氷麻が、『呪』という字を書くときには是非、たっぷりと筆に染みこませたく思う静脈血色へと変わった瞳を、ぱちぱちとしばたたかせ、
「うんっ。それでは!」
「超こえーよ!」
「え?」
いや、え? じゃなくて。
なに普通に人体ジャックしてんだ。
誰だお前は。
確かに成長したザリガニとミスクレは、別々の水槽で飼育すべきだけれど、どうしても混泳させるしかない場合でも、もっと他にやり様があったのでは? というかさっきそれをミュウダとかいう男にやっておけばよかったんじゃないの――とは言っちゃいけないルールなのか?
ペンギンみたいな超古代新次元抽象的実在概念もいたでしょ、と言われてお終いなのか。
やはりあいつは三目人形、ちぢめてアイドールだったのか。
「それではまず、多数決をとりたいと思います!」
それって一番やっちゃいけないやつなんじゃないの?
「カルカちゃんを奪還するという意見に賛成の人は挙手!」
全員が手を挙げた。
満場一致で可決だった。
『おい』
下から元気にしゅばっと視界を遮った、細いてく美をがしっと掴む。
「えへへ……?」
かわいい。
さすが乙女心煽り火焔。
いや、雰囲気病弱フェイスて。
それは仕方がねえだろ~、今はみんな満足に日光に当たれないんだから~っ。
「で、カルカって誰?」
「それじゃ奪還は決定事項で――次は必ず勝つとして――えー、居場所を突き止めないとね。うん。誰か知ってる? ――わけないわよねえ、埋火ミュウダの居場所なんて」
「埋火ミュウダ!?」
うるせえな、お前も一体誰なんだ。
万能髭にイラついたてぃら美の気持ちが、今のおれには痛いほどよく解った。
とにかくまずその1ミリもいかさない、不潔な超絶ニセモミアゲを、
「ああっ! カルカちゃん――埋火カルカって、ミュウダ兄貴の妹か!」
何言ってんだ、埋火カルカがミュウダ兄貴の妹だから、今おれたちは困ってるんだろ。
頭の悪いおれには、熱造が何を言っているのかを瞬時に理解することはできなかったが、
「よかった、一宿一飯の恩を着せておいて♪」
人間じゃない、いや今は半分人間なオルルー麻が、アイドールスマイルで、とてもお供とは思えない発言をする。
「さあ、どこにいるか吐きなさい」
逆フラミンゴのカーブキッチンバサミが、あろうことか両の超絶ニセモミアゲを人質に取った。
(一宿の恩しかまだ着せていないのに……!)
おれはごくりと生唾を呑んだ。
「ちょ、おへそに指入れんな……っ!」
「おちつくの……!」
「ちめたいの……!」
不凍淡泊市付和付和雷鳥町。
『丸ごと……!?』
それきり、ダイニングキッチンがしいんと静まりかえった。
降雨が吹雪にも変わりうる分、宇宙空間よりも居住に不適当な、国さえも利用価値はないと手放した、寒気と暗闇が更に深まる旧過疎地。
「申し分ないバトルフィールドじゃない」
髪の毛と睫毛が伸びるだけに留まらず、胸まで膨らんできた王道系超絶イケメンの中から、おれの心理的実姉が言う。
「気兼ねなく暴れられそうで?」