第三章 鬼謀 A‐01 ペンギン?
兎かにんちゃんをカイロ代わりに抱っこして、ドアスコープを覗いてきたゴシックロリィ美が、どたどたとダイニングキッチンへ戻ってくるなり、
「大変、大変! ペンギンが来た!」
ペンギン?
何が何やらわからぬまま、手を引かれて外へ出ると、成程確かにそこにはペンギンが、小山のようにそびえ立っていた。万能杉がやめろと叫んだ次の瞬間、建設中の家屋へ振り下ろされた除雪機と、特大の真っ赤なしゃもじが激突した。
「ああっ!?」
「姉ちゃん!」
唸りをあげた左腕の降雪機が、白の嵐を吐き出して、メイド長を天高く吹き飛ばす。
「ひやっ!」
そんな声を耳にしたおれは、反射的に斜め後ろへ振り向いた。何らかの攻撃を受けたに違いないと思ったからだ。お前は家に入ってろと、今更ながら声を荒らげるつもりだった。
傾国の胸美を優しく蹴ったかにんちゃんが、ガチカニンヘンからカニンチェンダックスを経て、全長九メートルにも達するジャイアントダックスへ変形。
ヌクテーファングというのか。ケイナインアタックというのか。耳を劈く金属音を、灼熱の光が貫いた。上顎裂肉歯をむき出して喰らいつき、唸りながら首を左右に振るその姿は、空腹のナイルワニを容易に連想させた。
彼女は今まさしく、暴虐の“ギュスターヴ”だった!
ただし獲物は人でもヌーでもアナグマでもなく、巨大ではあるけれども非常にポップな見た目をした“ペンギンちゃん型かき氷機”だったが。
そうだそれよりあいつには、あんな姿をしていながら、猫目のかにんちゃんの攻撃が刺さった。その前はごはん目のオリザ姉の攻撃を打ち破っていた。そして三目人形である両者に、自らの攻撃を当てられてもいる。ということはつまり……!?
深紅の巨大なお箸が一膳、敵の頭部へ突き刺さった。かにんちゃんが飛び退く。オリザ姉が巨大トングで敵をとらえ、アイスピックに変えた左手で、一直線に下腹部を狙う。
「やあ、ひさしぶり!」
左右に開いた腹の中から、何やら見覚えのある前髪をした人物が現れた。
ひさしぶり?
ああ、ひさしぶりだ。
おれは確かに以前あいつに会っている。
妹が登下校する道の安全度を1パーセントでも上げるために、おれを襲った中年男性を天下の往来で容赦なく去勢したあの男は、脳味噌が創り上げた幻ではなかったのだ……。
「ミュウダ兄ぃ……!」
「さあ、帰るよ」
どちらの方がより、この厳しいUSB時代の荒波から彼女を守る戦力を備えているかは、今の戦いで明らかになったし、十余年にも渡って、苦手な母親の言いなりになってきたことからも判るように、我慢が苦手じゃない埋火カルカは、格別人に、特別身内に甘かった。
帰るよと兄に言われてはいと頷いた女嫌いの女の子を、どうしてこの場所に引き止めることができただろう? そもそも誰がどう考えても、こちらの生活環境の方がびらくらで、青少年の健全なる道徳的教育にはよろしくなかったのだ。
「お前はそれでいいのか!?」
「…………」
「このあいだは、俺の部下が大変、お世話になったようで……?」
『!』
それは即ちこの、誰よりも主人公っぽい女顔をした超絶M字バングが、一億四千万円で実の母から実の妹を買い取った、大人悪ガキの親玉であるという証明に他ならなかった。
嫌なら払えと言われても、当然のことながらそんな大金は持っていないし、あのとき壊した高級車を全て弁償しろと言われたら、更に返す言葉がない。そして、想いの力を無理矢理使って奪い返すには、こちらに人質が多すぎた。
「みなさん、どうも、ご迷惑をおかけしました」
兄貴だけがにっこり喋った。
妹がどんな顔をしていたかは全く思い出せない。
いつかこんな日が来るだろうと思っていたと感慨にふける暇もなく、埋火カルカとのドキドキ☆共同生活は、たった三晩で幕を閉じた。