第二章 USBジャントー 13 尺壁非宝
天真爛漫川好乃が、皺ひとつない百ドル札を両手で持って高く掲げる。
「『Time is money』。アメリカ建国の父のひとり、ベンジャミン・フランクリンの言葉ですね。和訳すると? そう、『白兎赤烏は白水真人なり』♪」
『「白兎赤烏は白水真人なり」!?』
わからん!
いや、わかる!
「これに限ったことじゃないけれど、諺ってのはそもそも圧縮されたフリーソフトなんだから、日常生活で活用するためには一旦『すべて展開する』ことが必須なのよ。
『一番解り易くたとえるとだよ? 時間ってのは生活費、つまり金銭のように大切なんだから、大事に使うべきだと僕は思うな』。
そしてこのアルティメット・スュプリーム・ブラック時代において、十八世紀初頭のアメリカにおける『お金』と同じ価値を持つものを探す。これが完璧に近い翻訳。間違いからできるだけ遠い意訳。
そうねアレは生命を維持するために必須だし、お金がなきゃ手に入れられないなんて誰でも知ってるだから、『時はかみなり』とするのが一番しっくりくるんじゃないかしら? ええ世界で初めて雷が電気でできているってことを、凧を使った実験で解明したフランクリンにはぴったりだわこれ以上ないわ」
『白兎赤烏は白水真人なり』は一体どこへ行った。
『時はかみなり』の方が一万倍覚えやすいけど。
勿論USBを、ウルトラ・スーパー・ブラックだと思ってたことは内緒だ。
「『USBジャントーって何?』。よろしいお答えしましょう。USBジャントーとは即ち――、このUSB時代を生き延びるすべを研究する、『秘密結社』なのであります!」
「そのまんまだな」
ゴールデンウィーク初日。おれたち仲良し五人組は、おれの家の書斎に集まっていた。書斎といっても元寝室で――うん。おれもそうだったらいいなと思うが、ベッドはもう撤去されている。
BFの肖像画に、国際連合の旗。裏側を表にしたUSBジャントー旗――真っ黒な下地に、頭蓋骨をぐるりと抱いたヴェロキラプトルの全身骨格。一応注釈。デイノニクスじゃない方な。
真正面から撮影されたスペングラーヤマガメ。真上から撮影された、実質六つ目のヨツメイシガメ。三匹連なるエボシカメレオン。海中を泳ぐイリエワニ。佐渡島の航空写真。八大欲求。十一次元。そして勿論十三徳。あとは自分で考えたのやらどこからか引用してきたのやら判らない標語。
『福は眥にみたず、禍は世に溢る。即ち禍い転じて福と為せば、なべて世はこともなし。視界はエターナルオールグリーン。ホワイト企業。字余り』。……。
「まあ要するに、尺壁非宝。ガチで時間が大切ってことよ。確かに人生は何歳からでもやり直せるけど、わざわざ詰んでからやり直すこともないでしょ。学生のころに学校の勉強だけじゃなくて、生活費の稼ぎ方も勉強しておけばよかったぁ~っ! って泣き叫ぶ、何より職を失った四十路の自分を想像してごらんなさいな? チクショウ、昔はあんなにもキモかったあいつが、全然イケメンでも美人でもないのに大成しやがって……、因果応報って言葉ぐらい知ってるよ! 学生のころにモテ期を消費するよう運命付けられていたオレは世界一の不幸者だ! あのころに帰りたい! ママぁ! ――そこから過去へ戻って来たていで今から生きるのよ。あらまだ私、十五だわ♪」
好乃のやつは心底恐ろしいことを言って、『箱』と書かれたひとつの立方体を取り出した。
うぽつるです?
いや、待ってくれ。人間の歌声から癒しを得る“人間嫌い”を引き合いに出すまでもなく、誰もが経験済みだから。人はお正月に漫才のネタが気に入ってから、漫才師を好きになるんだ。その事実は必ずしも、当人とべろちゅーしても平気であるという結論にばかりは繋がらない。
動物が苦手な人にとっては、スクリーン越しの現物や、デフォルメされたキャラクターの方が、よりとっつきやすい対象であるはずだ。それに氏の心には筋肉とか男性声優に恋する乙女人格も暮らしているし、むーんちゃんは負けたり失敗して悔しがるときの、なんとも言えないクーッ声がかわいい。
おそらく同世代というよりも同年齢……。
おれがとは言っていないし、おれは何も言っていない。
おふたかたとも、呑み過ぎだけには気を付けてくださいねっ♪
――いや、『箱』て。
「就職してから売れる商品を考え、社会に出てからセールスの基本を学ぶのは、カフェをオープンしてからコーヒー豆を発注し、味噌を入れてから玉葱を煮込むようなものです。順序が目茶苦茶。狂気の沙汰だ。学校で教えてくれなかった? 当たり前でしょうが。上が育てあげたいのは、自らの地位を脅かすこと請け合いの女王蜂ではなくて、お国のためなら死をも厭わないと言える働きアリなのよ? 私たちがこれから進むのは、国家に楯つく修羅の道! 『生きるのなんて超楽勝~♪』『学校から金をせしめて集団で遊びてえ~っ!』と言う人まで引き込むつもりはないけれど、それでも構わないという者は、この中にあるものを食べなさい」
「あるものって?」




