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第二章 USBジャントー 10 家族ごっこ

 オンデンザメになった気分だ。人の世はあまりにも目まぐるしすぎる。一体どこで何を間違えたら、七日~二ヶ月になるのか。素数ゼミの寿命は幼稚園児が計算しても十三年以上あるだろうに。


 人の目には明るく見える暗黒の洞穴で、丈夫なはずの観葉植物が何度枯れても。人の肌には十二分な光量をもたらしてくれる新月の暗室で、手厚く寵愛してあげたゼニガメが何匹皮膚病で命を落としても。人はまだ、全ての生き物を、人間らしく平等に扱い続ける。

 

 衝動買いして熱が冷め、汚くなって邪魔になって外へ放り出した水槽の中で、気がついたらめちゃくちゃ長生きしていて、物心つく前から熱心に可愛がっていた設定を後付けする。


 真実“も”欲しい――与えられたこの夢を今回も、持ち前の諦めない想いのパワーとやらで攻略するつもりらしい。勝てない勝負を捨てられない“自称負けず嫌い”が、躍らされて搾取されるその辺のモブその一を抜け出せた話など、聞いたためしはないはずなのに。


 無機物ですらない題材が廃れるなどという超常現象は、責任の所在を全て自分に転嫁できる、無サイコパスな異常者の前では絶対に起こり得ないが、僅かでも知識量を増やした結果、僅かなりとも脳味噌が成長してしまうのは如何ともしがたい。


 而立で自立を冷笑できていたのはいつだったか……。

 忘れてくれ。

 おれは今なにも言わなかった。




「伸ばしたからかな」


「伸ばしたから?」


「あの人、女嫌いなのよ」


 埋火うずみびカルカはそう言って、金色の絨毯に寝そべった。何をどう使って家をぶん投げたのかは、中にいたから判らなかったとのこと。おれはおそらく何目かの三目人形アイドールを使ったんだろうなと考えながら、そりゃそうだよなと相槌をうった。


「動物嫌いの人間様って、引っ越し先のマンションとかがペット禁止だったら、平気で絞めて、切り刻んで、袋に詰めて、燃えるごみと一緒に出したりするらしいじゃない? そんな感じよ」


「……、おれは、ロングの方が好きだな」


「え? そう?」


「お前は今くらいで丁度いいと思うけど」


「んー、憧れるけどね? 髪質がさ」


「うん」


 やわらかい光に誘われて、おれもなんとなく横になる。


「なんていうか、その――、ありがとね?」


 ごろりとこちらに顔を向けて、躊躇いがちにそう言う埋火うずみび

 なにが?


「なにがって、その、かくまってもらっちゃって」


「ああ……」


 何かと思えば、それを言いにわざわざ来たのか。


「っていうかこれなんなの?」


「家族ごっこ」


「あはは」


 時代が時代で、境遇が境遇で、事件が事件だからな。隕石が落下する以前であれば不自然に見えただろうこの状況に関して、『寒いからとりあえずひとところに身を寄せ合った』以上の説明をするのは、なかなかおれには難しい。

 

 家族ごっこ。


 要するに同類同士で遊ぶのは誰にとっても楽しいんだ。その反面、たとえば職場なんかでは、全く違う種類の人間を集めてこそ最も円滑に仕事が捗ったり、とんでもなく素晴らしい成果をあげられたりする。

 学校に英語教師ばかりを集めても仕方がないし、出版社に漫画家だけを集めても仕方がないし、大型ショッピングモールを雑店屋だけで埋め尽くしても仕方がないだろう。当たり前だが。


 しかし大抵の人は、共感を得たい相手に、自分と全く同じものを好きになるよう求め、自分にないものを補わせるために、同族でも別人になるよう命令する。だから諍いが起きるんだ。これが所謂『同族嫌悪』というやつだ。むろん互いに適宜我慢し合って生活するべきだが――、口に苦ければ苦いほど良薬だと信じたがる人間が、多数決で勝っている現実は否めない。


 表社会や集団行動、旅行や買い物が大好きだけれど、泣く泣く机にかじりついて臥薪嘗胆。歯を食いしばって孤独に耐え、死にもの狂いで読書と執筆を何年も繰り返して夢を叶えた作家に共感するのが普通であって、外出なんてとんでもない。大勢でわいわいやったら死ぬ。生身の人間どころか直射日光さえ要らない。水と食料と酸素と本、そしてネットがあれば万々歳で、その上みんなの嫌いな孤独や暗闇からたっぷりと癒しを得ながらぬくぬくと引き籠り、テレビも同時に見ながら、食いながら、執筆療法を経て元気になった上で、成り行きで作家になって、なあなあで金持ちになる――こんなやつには共感できないのが普通だからだ。

 むしろ笑顔で殺意が湧くだろう。


 でも身内や同級生の立場からじゃなくて、読者や編集者の立場から考えてみろ。湧いた殺意をのさばらせて、いじめ抜いて、自己肯定欲を満たすことのなんと勿体ないことか。

 こちらは死ぬまで書き続けてほしいと望む。あちらは死ぬまで書き続けられるというよりは、書くのをやめた途端お薬がきれたのと同じ症状が出て、発狂して絶命する。

 ――究極の共依存。


 そしてそこに齢十三歳で目をつけたのが、ご存じ眼鏡の永久機関なのである。

 つまり狙った名誉を手に入れる方法はなくとも、生き延びる方法はあるということ。

 同類からは共感という名の癒しを得、異類からは自分にないものをおいしくいただく。

 この理想をいつでも実現させていこうぜというのが、USBジャントーのモットーなのだ。


《命短し学べよ乙女》!

《欲しがりましょう勝ってなお》!


天真爛漫川てんしらまんかわってさ」


「うん?」


 うつ伏せでいじっていたスマホの中から大量のエロ画像を発見した埋火が、勝ち誇ったような顔でおれを見る。レオタードなしのスマイルバニー。

 チッ、おれのスマイル半裸フェチがばれたか。

 じゃなくて。


「それ、自分のやりたいコスを暴露する感じになってないか?」


「やだー、エロ~いw」


 頭の中で手取り足取り着替えさせると、本人が希望しただけあって、実によく似合っていた。いいもん食ってだらしなく太ったお腹が特に魅力的。いやマジで出てるから。こいつのお腹は。全『デス♀バード』ヒロイン中、1位だと断言してもいいほどに。いったい何人居るのかは想像もつかないが――そう、埋火うずみびカルカは誰よりも着痩せする女なんだ。だぷだぷの三段腹とも、詰めた飯で横隔膜の真下から風船みたいに膨らんだ、いやそれじゃないから腹とも違う、中にひとり入ってるのかって感じのリアルなぽっこり下っ腹。


 惜しむらくはこれが今後しぼんでしまうということだが。ローアングルからの上体起こし用、あくまで白水着チラポスターにはもうなったからまあいいや。頬染めジト目でお腹に手を添えた、抱き枕カバー風エクササイズ用マット――あれは過激すぎだと思うが、正直激烈に欲しい。いや流石にあの上で腕立てやるのは鬼畜すぎんだろ。添い寝用だよ、添い寝用。あくまで添い寝用。勿論頬ずりとセクハラはするけど。


「こういうのが好きなんだー、ふう~ん……♪」


 と、ベタベタに言ってみたかったんだろうが。スマホがなかったエロ本時代じゃないんだから。男の隣でエロ画像見て悦んでる形になってることに、気付いているのかいないのか。


「――『交川まじかわだった』『親父いない』までは聞いたよな?」


「うん。聞いたよ?」


「だからここに居る――みたいな話に繋がるんだけど」


「ああ、その説明? で?」


「居るっつうか時々来る――を超えて半分以上住んでるんだけど、それはまあ第一に、オリザ姉の飯があるからだ。光熱費とか――が安くなってるかどうかは微妙だけど、安全性とかを総合的に考慮して――うちだとほら、基本空き巣に入られないし。空かないから」


「そうね。だから?」


「小五の冬、家に帰ったら親父さんが亡くなってたらしいんだ。首つりで。いや、噂話だけど本人に許可とってるぜ? もうこれで話終わるし。ああ、家っつっても個人経営の飲食店な。『昨日まであんなに元気だったのに』から『過労が原因でしょう』を経て『自殺』へ着地。で、母親は精神を病んで蒸発。おもちゃ屋経営の祖父母は隕石で間接的に他界。今に至る――と」


「……言っちゃあ悪いけど、それってお母さんが超怪しいわよね?」


 まあ、お前がそれを閃かないって方がおかしいわな。


「んー、いろんな親がいるってのは聞くけど。実際知らないし……。体験はしてないもん」


「うん」


 暫し沈黙。

 妄想タイム。

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