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第二章 USBジャントー 09 おれが探偵だったころ

 人は誰しもある意味においては鈍感で、ある場面においては天然で、ある分野においては門外漢であるとおれは思う。なんでもできる完璧超人杉がいたとしたら、そいつはインフェリオリティコンプレックスを抱えて生きる人に対して、ふとした瞬間に暴虐だ。表社会から隔絶されでもしない限り。


 まさかこのおれが女の子にモテるはずがない。

 と常々考えて生きているのだが、思い返すと、もしかしてあれはチャンスだったのではないか。あれこそが噂の好き好き光線だったのではないか。と思うこともたまにはあったりする。

 いや最近になっておれもやっと、女子というものも、そこまで神聖視、つまり特別視するべき存在ではなく、ある程度は男子と同じであるらしいという噂を、あながち嘘でもなさそうだと思えるようになってきたのだ。


 だからおれが幼少期から、ありとあらゆる女子に思いをはせていた程度には、どの女子も、いろんな男子を見て可愛い、格好良い、好き――と、思っていたのかもしれない。

 一番イケメンなやつとか、顔は置いておいてまあ太ってはいないし足が速いやつ――以外にも、恋していたのかもしれない。


 話は戻って、露天風呂で人工衛星に向かってさりげなく証をひけらかしたり、冷たい水を何度も味わったり(水マジでうめぇ!)、メタボ率高けぇーな、みんな昔はモテてたんだろうか、うわなんか従業員のお姉さん普通に来た! とか考えたりしていると、


狼坂おいさか君、お母さんが呼んでるよ」


 流石に全裸ではなかった。

 わざわざ靴下を脱いで、戻ってきてくれたらしい。

 どうやらおれはこの辺りから、女装した男子も可愛いと思えるようになり始めたようだ。


 家ごと追い出されるという珍事に巻き込まれたあと、月下老人川氷人の采配で同居するようになってからも、そこまで親しくは関わり合っていないふたりである。ああ、そうなんだ。うん。それじゃあ。と会話しただけでその日は終わった。


 呼ばれたから急いで出たのに何故かいなかったおばを待つ間、仕方なくロビーで一緒に遊ぶとか、その際不審者に声をかけられて誘拐され、一緒に監禁されて、一応泣いたりとりあえず励まし合ったり知恵を絞って勇気を出して脱出を試みて失敗したり、もう駄目だと思った瞬間にサンタクロースの格好をした親がやってきて結局助かったりする――とかいうことはなかった。


 しかしそこで繋がりが完璧に切れたわけでもなかった。

 そう、股間である。

 股間探偵という単語は、当時のおれがひとり勝手に死守していた爆笑ワードだった。

 何がおかしいのと問い詰められても、おれは秘密を守り通した。

 埋火君の股間がおかしいんですなんて、とてもじゃないけど言えるかよ!

 いやだから股間は確認しなくても『女なの?』と一言訊けば済む話だというのに。


 幸い埋火うずみびカルカは表向きは男だった。更に家は近所。その上比較的裕福な家庭ときた。確か去年一度遊びに行ったこともあったし。みんなで。

 だが問題がないでもなかった。おれの文語的適当力の欠如である。あと理想の色眼鏡問題。思い込みのフィルターを外したら、現代なんて原始時代よりもえげつないんだから。


 単身赴任中の男が女遊びをしないわけも、浮気された女が感情を爆発させずにいられるわけもなく、まあそりゃ八つ当たりの矛先はおれにくるわな? いやそんなに大したことじゃないよ? むしろゼロって方がおかしいだろ? それだけだ。


 おれは不愉快な気分を中和するために、ふざけた男子がノリのいい女子と組み合わさった場合に見えることもある内側を妄想したところで、あの日の光景を思い出して重大な事実に気が付いた。

 待てよ今風じゃないとかそんな突っ込みは間違ってる。今(厳密には数年前)だってプール際に更衣室を増設する予算の下りない田舎の小学校では、毎回とは言わないまでもシーズンに一回くらいは、教師にも放置されてむしろ女子の方からタオル巻いてるんだし別にいいじゃん的な感じで着替えが始まることもあるんだぜ?

 うちは卒業まで男女一緒だったよと天真爛漫顔に言われたときはおれもはいはい嘘はいいからと思ったけどそれはさておいて夏。プール。そうだ一年生ならまだしも、二年生にもなって胸部を露出したまま不特定多数の男子と一緒にプールに入るだなんて――ギリでいけるかもしれんけど、来年以降一体どうする!?


 おれは文字通り蛇が出るリスクを背負う覚悟を決めて、股間探偵の仕事を再開した。

 遊ぼうと声をかけると二つ返事であどけない笑顔が返ってきた。触んなオーラを出しているのは、どうやら外見からだけらしい。喜んで帰宅する利点は全くなかったし、あいつも別にいいよと言うのでその当日遊びに行って自室に入った。いい匂いがした。


 ううむ、見れば見るほど女の子。

 漫画読んでゲームして、お菓子食ってジュース飲んで、犬の散歩に行って田んぼで生き物をつかまえて……いやもうほんと、あのころはどちらもやさぐれてなかった。笑顔が純粋。実に無邪気。攻撃を防御に変えるすべを体得しちゃった今やもう、目つき悪い海賊団の戦闘員その一と二だもんな。眼鏡でもかけようか? 余計怖いか。


 手を洗ってもう一度部屋にあがる。他愛もない会話から始まり、親友は必要か否か。サンタさんはいるかいないか。モンスターのレベル上げ的なことをしながら、そんなテーマでトークした。適当なRPGだっけ? 具体的な内容は覚えていない。五時になって結論が出た。体育の授業が水泳に変わる直前でいいや。長居するのも魅力的だったけれど、帰り道が困るのでまた今度。バイバイして門を出て、おれはオッサンに抱きつかれた。


 あとから判ったのだが、このオッサンというのが、あのとき風呂場でおれを小突いたメタボだったのだ。動転したおれは野犬のように牙を剥いて唸り散らかした。腕の一部を噛み千切ったようなそうでもないような。加齢臭が鼻をついてウォエッと吐き気。


 内臓脂肪をボコボコにしたのが誰だったのかは判らない。言葉通りに埋火うずみびカルカの実兄だったのかもしれないし、若かりし頃の万能杉ばんのうすぎだったのかもしれない。そもそも埋火うずみびがお兄ちゃんと叫んでいた記憶が、おれの脳が後付けした嘘という可能性もある。実に主人公っぽい前髪だったような、そうでもないような。


 その場で去勢された豚が断末魔の叫び声をあげ、近所中大騒ぎになった。パトカーがやってきて正義漢が警察官にとりおさえられ、犯人が容疑を否認した。結局、財力が物を言って埋火家が圧勝。メタボ男も相当の重役だったらしいが闇に消えた。恐ろしい。


 まあ予測できる不安というものは決まって杞憂に終わるもので、股間探偵が活躍する機会が訪れることなく事件は解決し、また今度が叶うこともなくあいつが引っ越して、一昨日の夜、厳密に言えば昼まで、激動の現実が流れた。

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