第二章 USBジャントー 08 ロリらいあ
物欲を掻きたてられる烏漆の尾長鶏。萌えはじめたばかりの房。心配になるあばら。白の子どもぱんつ。目はまだ悪くなっていない。
もっと見たいから近寄るぜゲヘーとやれば、ラスボスみたいな恰幅の奥様方が手を取り合っておれのために、見物料金の発生しない部族のダンスを踊ってくれるというのならおれだって、ドッグフードを前に待てができない、甘やかされた豆柴よろしく下品な行動に出ただろう。
最後の最後に氷麻君は髪が長くて女の子にも見えるから別だと言うと、おばは長風呂をするようおれに命じ、江戸っ子顔負けの脱ぎっぷりを見せてから浴場へ競歩した。頭の中がいっぱいおっぱいで、何故長風呂をしなければならないのかを理解することはできなかったけれど、とにかくおれは半ば誇らしく、半ば残念に思いながら、ひとりで男湯の暖簾をくぐった。
シャーググレーのギザギザショート。
どのグループに属せなくとも、どこ吹く柳に春の風。蛙の面に秋の霧雨。撥ね退けのオーラと引き寄せのオーラを同時に放つ、同学年きっての一匹狼、埋火君が、スタイリッシュなトランクスを脱ぐ。
彼の股間には男の証がぶら下がっていなかった。
いやおれは何を強調しているんだ。
まあいくら強調してもし足りない話なんだが。
なんという数奇な巡り合わせ!
もしあのとき細流らいあが男湯に――は、死んでも入らないか。
男装していた埋火カルカが女湯に――、入る確率も低そうだな。
んー。
とにかく銭湯へ来た日付と時間が重なったことは数奇だ。
とはいえ性教育を受けられる時代に生まれそびれた上で、第二次性徴も迎えていない年齢のおれだ。インパクトのある謎具合にひどく興味をそそられはしたものの、見間違い説半分、個人的な、若しくは家庭の事情説半分で、見て見ぬふりをすることが一番だという結論に小2ながら達した。
いやあのころでさえもう既に、受け狙いでスカートを履いてきた自称クラスの人気者が、生温かい目で静かに包み込まれるような空気が社会に充分溢れてたから。
女子小学生が誰の意志によって男子の格好をするのかを根掘り葉掘り詮索しようだなんて、考えつきもしなかった。
そもそも男子だと思っていたわけで。
男子だと思い続ける方が良いと判断したわけで。
もう一度確認しようにも、普通に男だったら証を直視してしまう。それは避けたい。オエー、それだけは! 女だったら――どうすりゃいいんだ? その場でも気まずく、明日からもずっと一方的に気まずいぜ? 確かに女顔だよなあと思ってはいたけれど。小4くらいには見えるな。どうして右目を隠しているんだろう。いや今は右目より股間だ。
ああ、そうか。ただ一言、あの質問をすればいいんだ。体を洗い終えたおれは、一番普通の湯船へ向かった。そうすれば肉体がどうだろうと心がどうだろうと、答えがひとつに確定する。何か重要なことを忘れているような……。なんだっけ、長風呂だっけ?
はしゃぎはしないものの、湯の中で体育座りをし続けるのも馬鹿らしく。静かに水と戯れる。ウォータークーラーを探した際に、脱衣所へあがるあいつを発見。
今おれは全てを忘れて風呂に夢中になっていたわけだが。こう、目の前の景色や出来事ってのは、自分を中心に移り変わってゆくものじゃないか。回転寿司の皿のように。
流れてくるネタには一切目もくれずに、頭の中でこれだと決めたものを欲しいときに欲しいだけ注文できる人間を、集中力MAXマンだと定義して。目に入ってきたものの中から選んで、狙って取って口に入れて、うまいと喜ぶおれみたいなのと、寿司の全てを視界に入れず、ここから眠りにつくまでずっと、スマホをいじり続けるやつみたいなのは、集中力があるのかないのかどっちなんだ。見方によっては全員に集中力があるとも言えるんじゃないのか?
つまり話題にしたいそれって、集中力じゃなくて、状況に応じて最も適切な行動がとれる力じゃね? 《文語的適当力》じゃね? 『おい、お前、最近文語的適当力欠いてること多いぞ。ちゃんと文語的適当に行動するよう普段から気を引き締めろ』。『サーセンw』。みたいな?
いきなり隣のオッサンに、結構強めに、しかし半笑いで小突かれた。
いてっ?
どうやらこれは、おれが何か望ましくない行いをして、良識ある大人に親切心で窘められたという状況であるらしい。
よく見ると目の先に女の子のお尻と考えればもうそれにしか見えない埋火君のお尻はなく、お父さんと一緒にやってきた、全く関係ない小さな子どもが、ひよこみたいに笑っていた。