第二章 USBジャントー 03 つやぷる
「だ、騙されたぁ~っ!」
オレンジビキニ姿の女が、おれの部屋に入ってくるなり、頓狂な声をあげた。
くるくる回ってベッドへ飛び込み、のったり生まれてセクシーポーズ。
指先で下唇を僅かに捲り、顎を引いて、獲物を見つけた鵂鶹の両目。
「似合ってるよ。すげー大人っぽい」
「うっ、ふぅ~ん?」
撫で梳かれたびっちょびちょの髪から、水滴が布団へ盛大にばたばた。おれは無言でドライヤーのスイッチを入れた。ごゎー。今度は好奇心に駆られた猫の瞳。そろりそろりと近づいてきたので、すかさずバスタオルを投げ渡す。いや、頭にターバンじゃなくて。
『寒~い! 暑っ!?』
あとのふたりもやってきて、
「むあっとしてるー、なんかエロ~いw」
「てか狭……げっ! どうしてお、いえ違うわ細流らいあ、ここは我慢、むしろ好機よ!」
「…………」
おれは明日死ぬんだろうか? 待て。ここでおれが暴走するとする。――うん。きっと誰かがぶん殴ってくれるだろう。ふたりっきりだったとしても、手を出した時点でアウト。稼ぎがあって、交際を申し込んで、受け入れられて、付き合って、プロポーズして、受け入れられて、結婚して――ああっ! なんかこう、めちゃめちゃハードルを越えなきゃ、本当の意味で幸せにはなられないんだからな!
「熱い! もう、へたくそ!」
「あっ、ごめん……!」
思わず髪を触ってしまった。慌てて引っ込める。数秒待ってみたけれど、叱責は来なかった。恐る恐る理容師の真似。……怒られない。将来理髪店で働こうかな。そしたら昼下がりの奥様方の――、いや、初めから頭を触ってもいい状況だってわかってたら、今みたいな失敗はしないぞ。
沈黙。
そうだ、トークで失敗してもいけないんだった。美容師になるかどうかはあとで考えるとして、とにかく今、何か喋らないと。萌えるというよりは燃えるって感じ――当たり前すぎて駄洒落にもならない。というかこんなこと言っても、うん。だから? で終わるよな。えー、
「お客さん、これだけの量を毎日乾かすのって、すっごく大変なんじゃないですかぁ?」
「んー? メイク中にタオル巻いてたら大体乾くから、そこまで大変でもないよ?」
「え、お前、朝風呂派?」
「ぶー、両方風呂派。私ってなんか人一倍、代謝いいみたいでさー」
ああ、そういやそうだったな?
「夜入らないとお布団が汚れるし、朝入らないと人に会えないの。ほんと面倒、この身体。かといって今更、一日一回しか入らない人に憧れはしないけれど」
「ふーん……。あっ、つむじ2個」
「へぇー」
ひととおり乾かし終わって(温風を受けた頭皮が地味に汗をかき続けるので、髪の湿度をゼロパーセントにするのは不可能だと悟るのに十五分かかった)、櫛を差し出すと、睨みながら頭を押しつけてきた。やれってことか。願ったり叶ったりだぜ。喜んで爆発してやるよ。
すっ、すっ。超楽しい。
ああもう、ふらふらすんな。
三人のパジャマをこっそり水着と取り換えた犯人が近寄ってきて、ドライヤーを手に取り、グリップをさっと拭く。
「らいあちゃん、カルカちゃんの頭乾かしたげて。短い分速いと思うから。終わったら交代ね。タオルはそこ。で、てぃら美ちゃん、こっちへいらっしゃい」
「いよいよ!? いや~ん、恥ずかしい♪」
「まだよ、アイラインだけもう少し綺麗にするの」
「おおーっ、なんか手馴れてるーっ」
自室内に百の花が咲き乱れている間、おれはひとりかにんちゃんを担当。真っ黒のくりくりお目々が激かわ。Yの鼻がひくひく。我慢できなくなって布団に連れ込む! ぼふ! もぞもぞ。うへへいいにおい。ゆっくりと丁寧に何度もナデ。オキシトシンが分泌。なまじ人間と動物の見分けがついちゃう、頭の良い男は大変だなあ。おちおち浮気もできやしない。その点おれは……むふふ最高。はむーっ。
「有限ちゃーん、お仕事ーっ」
「んー」
でもあれはお仕事というのか。かにんちゃんにもう一度ちゅーしてから布団を出、天真爛漫川の傍へゆく。ダイヤモンドチェック柄のシーツで覆われた壁の前には、素足にローヒールパンプスを履かされた、白亜木てぃら美が立っていた。
「それじゃ、まずは両掌開いて内側をこっちに向けて。そう。で、腕を折り畳んで、肩の隣。んー、もうちょい上。うん、いいね」
「なにこれ? 意外と普通ね? ランドセルとかリコーダーを持たされるのかと思ってた」
「男ってのはな、より下品じゃない娘に、より下品な行為をしたくなる生き物なんだよ」
「ふーん……?」
「はーい撮れましたー、今の顔よかったよー! じゃ、次ー」
「ん。次は――、両腕をそのまま上に伸ばして、後ろのシーツを掴む。ちょっと内側にねじる感じで。そうそう。太ももはちゃんと閉じて。膝下だけを遊ばせる。うん。で、笑え」
「にぃ~っ」
「気持ち悪い」
「なんでよ!」
かしゃ!
「今のすっごくよかったよ、てぃら美ちゃん!」
「へ? そう?」
かしゃ!
「あ~、これよ、これ! 私がやるとどうしてかみんな黙っちゃうから、恥じらい顔とか拒絶顔とか、同族嫌悪系の愛くるしい表情とかが撮れないのよね~♪」
ああ、そういうことか。
黙っちゃうのはお前の存在が声も出せないくらいのレベルで怖いからだと思うが。
とは言わずに、おれはその場で正座した。
「はい次は自慢の胸の下で腕組んでー。脚は閉じてりゃ適当でいい。で、おれを見下せ」
かしゃかしゃかしゃかしゃ!
結局最後にはデレる自称ドS系女王様顔をやらせたら、こいつの右に出るものはいないな。
「素晴らしい! この表情も、私ひとりでは決して引き出せなかったわ!」
肩甲骨も色っぽいということで、うつ伏せバージョンも撮影。ランドセルを背負ってお昼寝姿――も一応撮ってみたが、これは受けを狙った感が溢れててウザいな。髪をおろしてYES枕。水着でYESと言われても……。そういや全裸バージョンとかあるけどああいうのってファンメイドなのか、海賊版なのか。と、ここで、埋火のやつが、
「終わりましたー。メイクさん、お願いしまーす!」
「はーい! じゃああとはふたりで研究しながら撮ってて。そうね、ポニテとツインお団子で、今撮ったみたいなのをいくつかお願い。でもそのあと服着たバージョンも撮って、簡単な運動もして、もう一度お風呂に入って栄養補給してそれから書斎で勉強会するから絶対に飽きないようにね?」
なんともハードなスケジュールで。
あいつは新種の永久機関なんだろうか。
隣の女子と顔を見合わせる。どうする、おれ? ここはつやぷるの唇を褒める場面――ではないな。とりま黙って時計を見る。午後九時五十五分。まあ、明日からゴールデンウィークだから別にいいけど。それにこの時代、じっとしてたり、ボーっとしてたりしたら、ただただ無駄に死のリスクが高まるだけだしな。
(果たしてどちらをMと言うのか……)
「私ちょっとおトイレ」
「おう、そうか」
ほらな。『褒めちぎる』とか『笑顔のゴリ押し』とかいった、『何かを付け足すこと』だけで物事を解決できるのは、年中女に口喧しい小言を浴びせながら、記念日を暗記する努力もせず、たまに高級時計や高価な指輪を買って帰ってきては笑顔を強要する自称女好きの頭の中に住む、実母の心と初恋の人の肉体を併せ持った、無味無臭の幻を相手にしたときだけなんだ。
おれは適当な防寒着を彼女に着せて――、
「おれが先!」
「ちょ、ああっ! くつがじゃま……!」
「っ……どれ、かしてみ?」
「んー、んー、脱げた。ひやっ、ちめたい! 靴下――か、スリッパよこせ」
「おい、好乃! こいつの服は!? はやく返せ! トイレに行くってよ!」
「へえ? 好乃って呼ぶんだ。やっぱり、」
「てぃら美! お前、前から思ってたけど! その唇つやぷるで超可愛いな!」