第一章 三目人形 11 台詞のない扉絵風に
「もいど!」
「にゅっと!」
「もいもい♪」
「なにそれ!?」
最後の発言は埋火のもの。
そういや飛べないショウジョウトキ美は、ちゃんと一周回ってから馬鹿なんだったな。
「初めまして私、狼坂家専属の料理人、リーシア・オルルーザと申します。オリザって呼んで下さいね?」
意外と大きな掌を合わせて、僅かに首を傾ける。そうだ、この、年下なのにオリザ姉こそが、みなさんお待ちかね、大量絶滅期にもってこいの、おっとり系垂れ目女子なのである。
「それでは手を合わせて、いただき、ます♪」
『いただき、ます!』
話はとりあえず食ってから。いや、食いながら。ということで鍋をつつく。何鍋っていうんだろ、これ。豆腐と餅と巾着卵と、食える野草とこの食感は、食える蛙か食っちゃいけない野鳥鍋……。
「おいしー」
「フヴァ!」
「もいびえん!」
「チッこういうときはさっと着られるブラトップの存在が心底邪魔ね折角のパジャマ姿なのに……」
「うん、うまいな?」
しばし我慢大会と言いますか、初めに喋ったやつが負けね。そして司会役な。的な空気の中、台詞のない扉絵風に時を過ごしまして……。午後十一時四十分。おれはちょっと横になった。そして考える。
細流ルートへ進む方法は果たしてあるのだろうか、と。
まあないな。
かといって鰐子も鮫子も、結局思い出の人になる予感しかしないが。今からどれだけあいつの掌の上で、一緒に転がされることになろうとも。何せ同い年だからな。泣き虫を克服した氷麻が白亜木を、永久脱毛までしちゃった四十代の魅力あふれる万能杉が埋火を、結局敗北する運命にある“最恐”とやらから体を張って守るんだ。
『素敵っ、でも決して超絶イケメンだから好きになったわけじゃないのよ?』……。オリザ姉は脱がそうとした瞬間に、大人になってから♪ とか言って透けるし。おれが大人になったら、私がよって言うんだ絶対。天真爛漫川ルートはない。あいつにだけはどうしてか欲情できないから。きっと腹違いの弟なんだ。
となると――、
「……なに」
「そろそろ持って帰ってやったら? 熱冷ましのシートとか」
「もう持って帰ったわよ。そしたら遅いとか頭悪いとか母親に散々毒づかれたから、服とか鞄とか用意して、家出するみたいにやってきたってわけ。好乃ちゃんのお家にね?」
そうだよな。最後にこのふたりがくっつけば、何もかもが丸く収まるよな。
不意に玄関の呼び鈴が鳴った。オリザ姉が慌てて向かう。おそらく現場とこの家を何度も往復している万能杉が、どうしてカルカお嬢様が一夜を過ごす家に、あの男の犬がいるんですか的な質問を口にしているのだろう。
足音がぱたぱた戻ってくる。
はやいな。
きっと私が保護者ですの一言で納得させたに違いない。
「有限ちゃん、かにんちゃんどけてってー」
「え? あいつ、全部持ってくる気なの?」
「貴重な資源ですから♪」
持って来るよう言葉巧みに誘導したのかな……。おれは起き上がって窓を開け、庭へ出た。おいでと呼ぶと、絶賛梳られ中の埋火へ、細流が前から飛びついた。
黄金に輝き始めたかにんちゃんが、プラチナブロンドの長髪を死の空に棚引かせながら、徐々に小さくなってゆく――。
「もっ、もしかして……、あの子の正体って、金髪碧眼の爆乳美女……!?」
腕の下から顔を出した白亜木の頭の中で、おれとそいつが微笑みながら絡み合う。そして光は小さくなって、小さくなって、小さくなって――、
腕の中で兎になった。
「ええーっ!? 今度はガチカニンヘン! 極端っ! ダックスはどこへ行った!?」
「抱っこさせて、抱っこさせて! そっとするから! うひー、かわゆい! ちゅちゅ♪」
「どれどれ!? きゃーっ! これなら私も全然平気! むしろずっと欲しかった!」
「あ、わ。次、あたしも……!」
「………」
するとやはりおれはこいつの、
胸に触れたらすり抜けた。
「っていうかだから、この辺の全部なんなの!? いい加減説明!」
「お前、元気だなあ……」
そこまで真っ暗ってほどでもない闇の中、おれはひとり枚を銜んでいた。
どんな些細な物音も立てまいとする緊張で、獲物を握った右手が震える。
夜の空気が鼻腔を冷やし、滲んだ汗がほんのひと時だけ薄い衣服を温める……。




