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まじない探偵ヒミコの裏帳簿  作者: 七海チェルシー
8/8

報酬

「考えたわねえ、ヒミコちゃんも。

 あらかじめ警察官を大量に配置しておくなんて」


夕暮れ前のノワールのカウンター越しに、グラスを磨きながらママが言った。


「俺も気付かなかった。

 ヒミコと高梨がこっそり裏で打ち合わせていたらしい。

 教義室のまわりにいたヤクザは、全員しょっ引かれたそうだ」


自分の声が若干ふてくされているのに気づいて、少し恥ずかしくなった。


「高梨さんってあの渋かっこいい刑事さんですよね。

 杏奈、ちょっと好み」

「まったくあんた浮気症ね…。

 あ、美晴ちゃん、ジュースもう一杯飲む?」


俺の隣に座っていた美晴は、遠慮がちに首を振る。


「いえ、結構です」


「ほんと可愛いわね美晴ちゃん。どう、うちで働いてみない?」


ママがそれとなくとんでもないリクエストをする。

12歳に風俗営業店は法律違反だ。


教団が事実上壊滅し、悪徳教祖がお縄となったため、その養子であった美晴は行き場所を失ってしまった。

もともと孤児で親戚もない彼は、どこにも留まることができなかった。


そんな彼を、ヒミコが引き取ったのだ。


まあ、何を企んでいるかは想像に難くないが。


悪徳ぶりでは教祖に引けをとらないからな。

あの女狐。




そして当然、

こいつは釈放された。




「由良さん、こっち向いて下さい」


両手を頬に当てた恵が、右隣から強烈な視線を送ってきた。

反射的に反対を向く。

美晴がいたずらっぽく笑っていた。


「そういえば、報酬は手に入ったの?

 一応依頼は成功したわけでしょ」


ママの質問に、俺は一瞬詰まる。


「手に入ることは入ったが、ヒミコの手にな。

 これは俺の事務所の依頼じゃないから」


「あら、そうだったの。

 じゃあまた裏帳簿の残高が増えただけなのね」


横で聞いていた恵が尋ねてきた。


「事務所?

 由良さんって何のお仕事してるんですか?」


それに答えたのは、なぜか少し挑戦的な口調の杏奈だった。


「気付かなかったの?

 由良さんは探偵さんよ。自分の事務所があるんだから。

 つまり、探偵事務所の所長さんなの」


ツインテールを揺らした杏奈がまるで自慢するように言うと、恵が目を大きくして叫んだ。


「探偵さん! すごい、かっこいい!

 ジェームズ・ボンドみたいです! さすがは恵の王子様」


言われて、俺は自分の笑顔が引きつっているのがわかった。


俺の事務所に来る依頼は、行方不明者探しや浮気調査といったものばかりで、

決してジェームズ・ボンドの世界の話ではない。


しかし、ジェームズ・ボンドまがいの事をすることも無くはない。


あのインチキ占い師が毎度のように、どえらい依頼を勝手に持ち込み、

俺を助手か何かのようにこき使い、たくさんの危険な目に合わせ、

そして報酬を独り占めする。


奴はその報酬を、俺の事務所の「裏帳簿」に記録している。


帳簿も何も、あいつの私財産だが。


「裏帳簿」という名前が、

まるで悪事を働いた金を記録するもののようだが、

意図的にそうしているのかはわからない。


まあ、だいたい悪事だから正しいネーミングか。




「ヒミコちゃんは元気?」


何かカクテルを作り始めたママが尋ねてきた。


「ああ。多分人生で最高に楽しいんじゃないか。

 毎日パソコンをにらみながら株式投資に精を出している。

 儲かったら家を増築するとか言ってたな」


「増築って…。

 由良くんち今でも相当大きいじゃない。

 あんな家に2人だけで住んでるんだから、これ以上望んだらバチがあたるわよ」


「さあ。あいつの考えることはわからん」


俺がため息交じりに言うと、隣から突如腕が伸びてきた。

それは俺の右手をつかむと、力強く握りしめた。


「由良さん…。ヒミコさんと『2人』で住んでるんですか?」


恵はなぜか、ものすごく真剣な瞳で尋ねた。


そして、またしてもそれに答えたのは、カウンターの中で楽しそうに髪を揺らす杏奈だった。


「そうですよ。由良さんはヒミコさんと一緒に暮らしてるんです。

 お2人はもうずーーっと、ながーーいお付き合いなんだから」


「ず、ずーーっと、ながーーいお付き合い…」


恵がよろり、と体を後ろに動かした。

愕然とした表情が顔に張り付いている。


おいおい。


「杏奈、勘違いさせるようなこと言うな」

「えー、だって本当のことじゃないですか」

「まあそりゃそうだが」

「そうなんですか! 本当なんですか!」


さらに後方にのけぞった恵が泣きそうな声で言った。


そんなやり取りを、ママは愉快そうに眺めている。


「そおねえ。本当だわね。

 2人の間には、誰にも切れない深ーい絆があるわ」

「誰にも切れない深ーい絆!」


恵はママのセリフを繰り返して、プロボクサーのカウンターパンチを食らったかのようにさらに大きくのけぞる。


「そんな…だめです由良さん!

 結婚前に同棲なんて王子様のすることじゃありません!

 しかも恵以外の女の人と…!」




俺はため息をついた。




「ヒミコは俺の妹だ」






恵の目が点になった。


「え?」


「だから、ヒミコは俺の実の妹だ。

 同じ両親から生まれてる1つ年下の妹」


「妹さん?」

「ああ」

「ほんとに?」

「そうだ」

「ほんとのほんとに?」

「そう」


とたんに体から空気が抜けたように、恵はカウンターに突っ伏した。


「なんだあ、妹さんですかあ」

頬をテーブルに当てた状態のまま、恵が言った。

「じゃあ、由良さんって下のお名前だったんですね。

 みんな由良さんって呼ぶから、名字だと思ってました」


まあ、名字でも通用する名前に違いないが。


「じゃあ、恵も由良さんのこと、ずっとお名前で呼んでたんですね。

 やだ、恵ってば大胆」


左手を頬に当てて、少し顔を赤らめた恵が言った。


何だか疲れた。


もう一度ため息をつくと、美晴の後ろにあった黒い機械が視界に入った。

それは、黒猫がマキノからもらったはずのプラネタリウムだった。

俺の視線に気づいたママが言った。


「それね、黒猫がおいてっちゃったのよ。多分飽きたのね。ほんと、猫みたいに飽きっぽい奴だから。

 よかったらあげるわよ。どう、美晴くん?」


聞かれた美晴は、興味深そうにその機械を眺めた。


「あ、黒猫で思い出した」

俺は独り言のように呟いた。

「前回、報酬を払わなかったんだった」


それを聞いた杏奈は、驚いたような声で言った。

「えー、それでどうしたんですか?

 にゃんこさん後払いはさせてくれないじゃないですか」

「体で払えと言われたな」


そう答えた瞬間、ママと杏奈の顔つきが変わった。


「あんの馬鹿猫、よりによって由良くんになんてことを」

「いくらにゃんこさんだからって許せません!」


ママは半ばカウンターから身を乗り出して俺の方に顔を向けた。

スキンヘッドに施された蛇が眼前に迫る。

もちろん俺はのけぞった。


「それで!?

 当然断ったわよね?」


勢いに気押されながら俺は頷く。

「ああ…、まだ死にたくはないしな」


そう答えると、2人は困ったような、しかし苛立ったような顔をして、諭すように言った。


「違うわよ、由良くん」

「にゃんこさんはそういう意味でいったんじゃないです」

「は?」


ママはなぜか声のトーンを落とす。


「由良くん、どうして黒猫がここの常連なのか、考えたことなかった?」

「え?」


そんなこと、考えたことなかったが。


「このお店がどういうタイプのお店か、知ってますよね」

杏奈も声をひそめて言った。

俺は冷や汗を背中に感じながらそっと頷いた。


「黒猫はバイよ。てっきり由良くん気づいてるんだと思ってた」




気づくかそんなもん。




「つまり、にゃんこさんの『体で払え』は、間違いなく言葉そのままの意味ということです!」

「いい、由良くん。今度また同じこと言われても絶対断るのよ!」


俺は顔が強張っているのを感じたまま、無感動な声で言った。


「…今回の報酬は、次に会ったときに『体で払う』ことになってるんだが」


ママと杏奈が髪を逆立てた。


「絶対食い止めるわよ!いいわね杏奈!」

「もちろん!由良さんをにゃんこさんの魔の手から救うんです!」

「王子様は恵が守ります!」

なぜか恵も便乗する。




「…いろいろ、大変ですね。

 もし何か手伝えることがあったら、言って下さい」


美晴が同情するように言った。

この常識的な少年の存在が非常にありがたいことに気づいた。




えいえいおー! と叫んでいる3人を視界の端に眺めつつ、

目の前に置かれたカクテルグラスを手に取ると、

俺はまたため息をついた。













FIN

10年くらい前に「よし、ライトノベルっぽいやつ書こう」と思って書いた小説です。

小説コミュニティの作れるSNSで連載していたやつで、

友達の意見とかを反映させて作っていたので、いろいろ無理やり感あるんですが、

思い出深い作品です(´v`  )


お読みいただきありがとうございました!

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