啓示と証拠
「最近、俺はお前の行動についていけない」
「ついてくる必要はないよ。ボクが引きずっていってあげるから」
「そういう問題じゃない」
「じゃあどういう問題だよ」
「この状況を説明しろ」
いいちこの室内で、俺が吐き捨てた。
そう。
俺とヒミコは成金教団に舞い戻ってきているのだ。
「説明ならもうしたよ。今から教団をぶち壊す」
「ぶち壊すって…、そんなもの説明になるか」
ヒミコはふう、とため息をついた後、まるで子供をなだめるような言い方で言った。
「由良くん最近わがままだぞ」
それを聞いてさすがの俺も顔が引きつるのを感じた。
「あのな、これは遊びじゃない、殺人事件なんだ。そんな個人的な感情で…」
「殺人事件の方も、もう解ってるよ」
声のトーンを変えないまま、ヒミコが呟いた。
「何だって?」
俺が問いただすと、彼女は不敵に返した。
「犯人もトリックも、全部ね」
にやりと微笑むと、ヒミコはゆっくりと椅子から立ち上がり、背伸びをする。
その背中に向けて俺が言葉を発しようとした瞬間、いいちこの扉がノックの音とともに開いた。
「ヒミコさん。おっしゃられた通り、明善氏と名取さん、それから美晴くんを教義室にお連れしましたよ」
ドアを開いたのは高梨警部だった。
ヒミコにどうそそのかされたのかは知らないが、高梨は関係者の一部を再度同じ部屋に集めることに協力していた。
さすがに拘留中の才和恵を連れてくることはできなかったようだが。
「ありがとうございます高梨さん」
作り物の声と笑顔でヒミコが答えた。
「守護霊のお告げにより、謎は全て解けました」
教義室に足を踏み入れた俺たちを待っていたのは、教祖と名取のまるで汚い物でも見るような視線だった。
「あんた、よくもぬけぬけと私達の前に現れられるわね」
「とんだ女狐だ。本気で訴えるから覚悟しておけ」
まあ、女狐であることには賛成だ。
ヒミコはそんな二人の呪詛をものともせず、落ち着いた表情で中央の席に着いた。
俺はその横に座る。
高梨はちょうど俺の正面に落ち着いた。
「今回は降霊の儀を行わず、皆様に納得いただけるように解説させていただきます」
ヒミコがゆっくりと告げると、教祖が横柄に文句を言った。
「どうせインチキなんだ。聞く価値は無い。五分だ。それ以上かかったら賠償金を請求する」
「一体何についてを解説してくれるのかしらね」
嫌味たっぷりに名取が言った。
少し間を開けて、ヒミコが悪魔でもできないような邪悪な笑顔を返した。
「どっちが先がいいですか?
加藤明日香さんの死についてと、この人質天国教団について」
それを聞いた瞬間、面白いほどに二人の顔色が変わった。
まさか自分の教団の正体がしっかり暴かれているとは、夢にも思っていなかっただろう。
目を丸くさせた教祖が、かすれるような声で呟いた。
「何だそれは、何のことだ。でまかせを。名誉毀損だ」
「私はまだ何も言っていませんけれど、教祖様」
ヒミコが最高に楽しそうに言った。
高梨はそんなやりとりを困惑したような目で眺めていた。
「教祖様も名取さんも、人質天国教団についてはあまり解説されたくないようなので、明日香さんのことからお話しましょう」
完全に先ほどまでの毒気がなくなった二人を尻目に、ヒミコが茶色いテーブルの上に乗り出して話し始めた。
「事実から先にお伝えしましょう、高梨さん」
ヒミコは矢庭に高梨に顔を向けると、笑顔のままで続けた。
「明日香さんは自殺されたのです」
突然そんなことを力強く断言され、高梨はさらに困惑したような表情になった。
教祖と名取が何か小さな声で呟いたが、聞き取れなかった。
名取の横に座っていた美晴少年は、無表情のままヒミコを見つめていた。
「しかし、凶器が発見されていません」
眉根を寄せたままの高梨が言った。
ヒミコは落ち着いたまま、静かに首を振った。
「今から全て、順を追って説明いたします」
「私の守護霊は、最初から自殺の可能性を示唆していました。
才和恵さんの言葉を信じるのであれば、明日香さんが亡くなった時、室内には誰もいなかったことなります。
そして部屋の外には由良くんが張り付いていたので、恵さんの後に部屋に侵入することもできません。
単純に、合理的に考えれば、明日香さんが自殺をしたことになります。
自分で頸動脈を切って死ぬのであれば、数秒とかからないでしょう。
恵さんが手を洗っている間でも十分可能です」
ヒミコはそこで少し言葉を切った。
高梨は何か尋ねたげであったが、黙ったままだった。
「そこで問題となるのが凶器です。
部屋の中に凶器と思われるものは一切ありませんでした。
凶器は刃渡りの長い刃物と言われていますが、なんにしろ死んだ人間が機械的なトリックを使って室外に出すには少し難しい代物と思います。
さらに、現在まで発見されていないことを考えると、新たな可能性が生まれます」
机の上で両手を組み合わせ、妙に神妙な表情でヒミコが続ける。
「彼女には共犯者がいました」
「共犯者ですか。自殺なのに?」
高梨が驚いたように聞いた。ヒミコは頷く。
「そうです。自殺を他殺に見せかけるための共犯者。
その人物は凶器のナイフを現場から持ち去り、あたかも誰かが室内で明日香さんを殺したように見えるよう仕組んだのです」
「しかし、待って下さいヒミコさん。現場に誰もいなかったので自殺だと仰られたではないですか。
もし第三者が凶器を持ち去るため室内にいたのであれば、そいつが犯人である可能性もあるのではありませんか」
ヒミコは笑顔で高梨を振り返り、続ける。
「はい。しかし、私の守護霊はそうは言っていないのです。それは恐らく、動機の問題と思われます」
「動機ですか」
「ええ。その第三者には明日香さんを殺す動機がないのです。しかし、自殺幇助をしたというのであれば、辻褄が合います」
それを聞いた高梨は、ヒミコの方に身を乗り出すようにして尋ねた。
「では、ヒミコさんは、その共犯者が誰かわかっているのですね」
ヒミコはゆっくり頷いた。
「可能性はひとつしかありません」
そして彼女は、ゆっくりと首を上げて言った。
「美晴くん。きみだね」
それを聞いた瞬間、教祖が席を立ちあがってわめいた。
「貴様は一体何をふざけたことを言っているんだ」
机を叩いて、ヒミコをにらみつける。
「美晴がそんなものに加担しているわけがないだろう」
そんな教祖をヒミコは澄ました顔で聞き流していた。
名指しされた美晴は、やはり表情を変えないままヒミコの方を見ていた。
「彼以外には考えられません。なぜなら、他の人間は部屋の中に隠れることができないからです」
ヒミコは高梨の方に話しかけた。
「部屋の中には、小さなクローゼットがありましたね」
「ええ、確かに」
高梨は頷きながら返す。
「大人が隠れるには不十分な大きさですが、美晴くんくらいの子供なら、何とか身を隠すことは可能ですね」
「つまり、加藤明日香が死んだ時、彼はクローゼットの中にいたと」
「はい。そして凶器を回収し、由良くんが人を呼びに行っている間にこっそりと部屋から抜けたのでしょう。
恵さんは気絶していたので、彼には気付かなかったはずです」
「いい加減にしろ! そんなバカバカしいことがあるか」
教祖がまた捲し立てた。
「証拠はあるのか。適当なことばかり言って。完全に名誉毀損だ」
「まったくだわ。聞いていてイライラする。くだらない戯言ばかり。明日香が自殺かどうかは知らないけど、美晴くんを巻き込むなんて最低ね」
毒を取り戻した名取が吐き捨てるのを、ヒミコは余裕の表情で受け流す。
「そーんなこと言っていられるのも、今のうちですね教祖様」
にやにやと笑うヒミコを見て、思い出したように二人が黙った。
いつになく楽しそうなヒミコは、一つ咳払いすると、無理やり神妙な顔を作って続ける。
「おそらく美晴くんと明日香さんは、あらかじめ全て計画した上で実行したのでしょう。現場に恵さんがいたことも、由良くんがいたことも、ただの偶然ではありません」
しかしそんなヒミコの解説を、教祖は再度遮った。
「だからどうして美晴が関係しているんだ。ふざけたことを。何で美晴がそんなことをしなければいけない」
せっかく神妙な顔を作ったのに、ヒミコは今一度ニヤリと笑った。
「おっと、教祖様。理由を知りたいわけですか。いいのかなあ、全部説明しちゃっても。刑事さんの目の前で」
言われた教祖が息を飲んだのが、はた目にもわかった。
困惑した目つきで隣に座った名取を見る。彼女もどこか焦ったような表情を見せていた。
そんな二人の様子を楽しんでいるヒミコを尻目に、高梨が黙ったままの美晴の方を向いて静かな声で尋ねた。
「美晴くん、ヒミコさんの話は本当ですか」
美晴は顔を少しうつむけて、黙ったまま何も答えない。
その表情からは、少年の心中をうかがうことはできなかった。
「それでは、教祖様がどうしてもというので、動機についてお話しましょう」
ヒミコが非常に楽しそうに言った。
その態度に嫌気がしたのか、名取が舌打ちをした。
「一体、何を知ってるっていうのよ。どうせまたデタラメでしょう」
「そ、そうだ。こいつはインチキなんだ。全部口から出まかせに違いない」
教祖がどこかすがるような口調でまくし立てた。
まあ、だいたいはインチキなのだが。
今回は黒猫の情報があるから、完全な出まかせではない。
「じゃあまずどこから話しましょうか。
教祖様が才和コーポレーションをクビになっちゃったところからですかね?」
ヒミコが言うと、教祖は口を大きく開いた。
「な、な、な…、なにを」
開けた口をぱくぱくさせながら、目を見開いた魚のような顔で教祖が言った。
「横領が大好きな教祖様は、才和コーポレーションで働いていましたが、
横領が大好きだったためにクビになってしまいました」
物語を語るようにヒミコがオーバーアクションで言った。
俺は思わず笑いそうになった。
「そこで教祖様は、知り合いのヤクザさんとともに悪徳街金を経営し始めました。
そして、ある日とても素晴らしい力を持った少年に出会ったのです」
ヒミコが語り続ける。
俺が黒猫から仕入れた以上の情報が混じっているのは、いつものことである。
その部分は、ヒミコの「守護霊のお告げ」だ。
要するに推理という名の想像と、啓示という名の口から出まかせだ。
「なんとその少年に説得されると、どんなことであっても、なぜかそれが正しいような気にさせられてしまうのです。
教祖様は少年を養子として引き取り、ヤクザさんと一緒に新たなビジネスを始めました」
教祖は魚顔のまま動かなかった。
名取は濃い化粧の奥にある肌を真っ白にさせていた。
「お金を返せないお客さんの家族を誘拐して、身代金を稼ぐビジネスです。
でも無理やり誘拐したら、すぐに捕まってしまいますね。
だから教祖様は、少年の力を利用して、誘拐したい人を宗教に勧誘するのです」
まるで痙攣を起こしたかのように、突然教祖が首を横に振った。
しかしあまりのショックからだろうか、声は出なかった。
高梨警部はやや面喰った表情のまま、ヒミコの話を静かに聞いていた。
「勧誘に成功したら、そのご家族を脅して、身代金を根こそぎ巻き上げます。
誘拐した信者のみなさんには、逃げ出したり嫌になったりしないように、とっても豪華で贅沢な暮しをさせてあげました。
まさか自分のお父さんやお母さんが、身代金を必死に払っているなんて夢にも思いません」
そこでヒミコは一旦息をついた。
そして物語口調のままゆっくりと続ける。
「しかし、そんな教祖様の悪事を止めさせようとした、勇敢なご夫婦がいました。
そのご夫婦は教団に侵入して、身代金ビジネスの証拠になるものを抑えようとしました。
けれどもそれは残念ながら成功しなかったのです。
哀れご夫婦はヤクザさんに殺されてしまいました」
ヒミコは顔を教祖の方に向けると、睨むようにそのハゲ頭を見た。
「そのご夫妻の名前は、加藤さんと言いました」
それを聞いた高梨は、半ば焦ったような表情でヒミコに問いただした。
「それは、加藤明日香の両親ということですか」
ヒミコは一つ、深く頷いた。
「そうです。そして、それに気づいたのが、教祖に利用されていた少年だったのです」
教義室の中にいた全員が一度に美晴の方を向いた。
彼はまだ、全くの無表情のまま佇んでいた。
「み、美晴…。まさかそんなことはないよな?
お前、こんなくだらんインチキを信用するわけがないな?」
教祖がどこかすがるような口調で言った。
しかし美晴は何も答えない。
「少年はその事実を、ご夫妻の娘さんである明日香さんに打ち明けました。
明日香さんはとても聡明な女性だったので、教団の悪事をすぐに理解しました」
お前の演技では、聡明そうに見えなかったぞ。
俺は心の中でつぶやく。
「明日香さんは、どうすればこの悪事を法のもとに曝すことができるか必死に考えましたが、
結局よい考えは浮かばなかったのです。
それでもどうしてもご両親の仇を討ちたかった明日香さんは、自分の命を犠牲にすることにしました。
しかしただ自殺するだけでは、教団内だけで片付けられてしまいます。
そこで、明日香さんは外部からの見学者が来るのを待って、さらに自殺を他殺に見せかけることに決めました。
外界からの客が教団内にいる間に殺人事件が起これば、黙殺することはできないと考えたからです」
「なるほど。そしてそれは成功したわけですね」
高梨が呟くように言った。
「はい。
そして明日香さんは、同時に別のことも考えていました。
才和恵さんのことです」
確かに、どうして加藤明日香は恵を呼んでから自殺したのか、気になっていた。
ヒミコは続ける。
「実は、才和恵さんは他の人質信者のみなさんと違い、自分から興味本位に入信した普通の信者だったのです。
なので、当然恵さんのご家族はまだ脅迫されていませんでした」
そうだ。
確かにそうだった。
才和恵の父親は、彼女を「教団から連れ戻してほしい」とヒミコに依頼したのであって、
誘拐された娘を救い出してくれという願いではなかった。
「しかし、才和恵さんのご家族といえば、天下に名高い才和グループのトップではありませんか。
さらに教祖様は過去に、この会社をクビになっています。恨み心頭です。
横領大好き悪徳教祖様が、こんなチャンスを逃すとは思えません。
もちろん教祖様は、恵さんを利用して、あわよくば才和グループを潰そうと目論みました」
ちらりと教祖の方を盗み見ると、もはや軽く引きつりを起こしていた。
心臓発作でも起こさないか心配だ。
「それに気づいていた明日香さんは、恵さんをこの事件に巻き込み、教団から遠ざける方法を考え出しました。
自殺の直前に彼女を呼び、彼女が部屋にいる間に実行するのです。
そうすれば嫌でも容疑は彼女へと向かいます。
明日香さんと恵さんは親しい友人だったので、明日香さんは彼女が潔癖症で、廊下から室内に入った時に必ず手を洗う癖があることを知っていました。
それを利用し、ほんの一、二分のうちに行われた不可能殺人を作り上げたのです」
「でも、容疑だけならともかく。恵さんが犯人として訴えられる可能性もありませんか」
高梨が尋ねる。
ヒミコはちらりとそちらを振り返って答えた。
「それを防ぐための共犯者です。
凶器が発見されない限り、そして才和恵が否定する限り実刑になる可能性はありません。
証拠不十分で釈放されるはずです。保釈金だって十分払えるでしょう」
「なるほど、確かに。状況証拠だけでは非常に考えにくい」
高梨が納得したように頷く。
「というわけで、以上が動機です。
高梨さん、いかがでしたか?」
ヒミコが唐突に高梨に振った。
高梨が何か答える前に、今まで痙攣していた教祖が突然立ち上がった。
「もうとっくに五分を過ぎている。私の時間を無駄にした賠償金を請求する。
くらだない戯言にこれ以上かまっている暇はない!」
一体どういう心境の変化か、それともただのヤケクソか、教祖が怒鳴った。
「あれ教祖様。ボクのお話は面白くなかった?」
ヒミコが言った。
仕事モードをまたしても失念している。
「ああ、大変面白かったな。
名誉棄損罪だ。明日さっそく弁護士を通す。覚悟しておけ」
椅子を引き、今にも教義室から出て行こうとする教祖を、高梨が片手を上げて制した。
「待って下さい。今の話は…」
「一体どこに証拠があるっていうんだ!!
バカバカしい!!
今こいつが言ったことは全部まったく嘘っぱちだ! デタラメだ!
よくもまああれほどの出まかせが作れるな、この女狐。
もし今のが本当だと言い張るなら証拠を出せ!
証拠だ!
百パーセント納得できる証拠を持って来い!」
「証拠ならここにあるよ」
怒鳴り散らす教祖の声と対照的な、ひどく落ち着いた少年の声が響いた。
「僕が証拠だよ。
お姉さんの言ったことは全部本当さ」
美晴は、ヒミコを見て言った。
立ったままの教祖は、ふらりと机に手をつく。
そして懇願するように少年を見た。
「な…何を言っているんだ美晴。
そんなわけないよな? そんなわけないだろう? な?」
少年は教祖の方を見もせずに、ヒミコに向かって言った。
「明日香さんのご両親が、祈祷室で殺されるのを見たんだ。
殺したのは誰だか判らないけど、ヤクザの人じゃないかな」
「何わけのわからないことを言っているんだ。
美晴、今すぐやめろ」
美晴は次に、高梨警部に顔を向けた。
「ナイフは僕の部屋にあるよ。引き出しの裏側に隠してある」
静かにそれだけ呟いた美晴に、ヒミコが声を掛ける。
彼女にしては珍しい、気遣うような優しい声だった。
「明日香さんの計画に反対したんだよね、美晴くんは」
それを聞くと、今まで全くの無表情を貫いていた少年は、突然表情を崩した。
小さく声を上げると俯いて、ゆっくり頷きながら涙を流した。
「嘘だ!!
このまじない師が何かやったんだ!
美晴に何か、洗脳か何かをしたんだ!
そうだろう? そうに違いない!」
教祖が見苦しく喚いた。
その隣で青白い顔のままの名取が、聞き取れないほどの大きさで呟いた。
「わ…私は何も知らないわ。私は関係ないもの。
全部この人が勝手にやったのよ。
私はただ、なんにもわからずに一緒にいただけ…」
その独白を聞いた教祖は、狂ったように叫んだ。
「何を言ってるんだ麻紀!
もとはといえばお前が計画したんじゃ…」
そこまで言いかけて、教祖が黙った。
はっきりいって、自白したも同然だった。
動きを止めた教祖に、高梨が声を掛ける。
「署でお話を伺ってもよろしいですか?」
教祖は大きく目を見開いて、顔を痙攣させた。
そして、まるで壊れたかのように笑い始めた。
「ああ!そうだとも、そうだとも!全部本当だ。
加藤の馬鹿二匹には手を焼いた。
どこから嗅ぎつけたか裏帳簿を盗み出そうとしたんだ。
結局塀を乗り越えるのに失敗して捕まったがね!
どうしようもない馬鹿だ」
開き直った教祖に、ヒミコと高梨は汚物を見るような嫌悪の目を向ける。
「親が馬鹿なら娘も馬鹿だな。
1人犬死にしたところで、何もできないというのに」
「何もできない?
教団をぶち壊せたじゃないですかね?」
ヒミコが蔑むような笑顔を見せる。
しかし教祖は勝ち誇ったような態度のまま、にやりと笑った。
「今までワシらがどうやって臭いものに蓋をしてきたと思う?」
突然、協議室のドアの向こう側で、がたん、という音がした。
大人数の足音が聞こえる。
「お前はとても役に立ったんだがな、美晴。
ここまで知られたからには生かしておくことはできない。
許しておくれ」
まるで父親のような言い方で教祖が言った。
美晴は涙に濡れた顔で、それを睨んだ。
「それでは諸君。黄泉路の旅を楽しんでくれ」
言い終わるや否や、
教祖が大きく手をたたいた。
そして、
教義室のドアが大きく開いた。
なだれ込むように入ってきたのは、黒服の集団。
大勢の制服警官だった。
それを見た教祖の顔が、ムンクの叫びの人物に似た表情になった。