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まじない探偵ヒミコの裏帳簿  作者: 七海チェルシー
3/8

潜入

ここは本当に東京都か。


広がる緑と遠くにそびえる青い山々を見渡しながら、俺は思った。

レンタカーを広大な駐車場にとめると、俺とヒミコは車を降りてその建物を見上げた。


「明善ひかりの会」本部は、奥多摩の山の中にあった。

金色の巨大な門の上には、達筆すぎる字で教団の名が書いてある。

建物を取り巻く城壁のような壁には、不必要と思われる鶴やら亀やらの装飾画がむやみに描かれていた。


悪趣味にもほどがある。

どこの成金が建てた城だよ。

今から自分がこの中に入って行かねばならないのかと思うと、胃が痛い。


「すごいね由良くん。今までボクが見たどの成金よりもハイセンスだよ」

ヒミコが楽しそうに言った。

俺は深い溜め息をつく。


仰々しい金色の扉には、あまりに不釣り合いなインターホンが付けられていた。

一般家庭のドアにあるようなちゃちなそのボタンを押すと、これまた緊張感のないピンポーンという音がした。

「なんかいたたまれないなあ」

ヒミコが笑いながら言った。

同感だ。


少しの間をおいて、インターホンから女性の声がした。

「明善ひかりの会へようこそ。ご入会希望のかたでしょうか」

ヒミコが丁寧な調子で返す。

「インターネットで拝見しました。そちらの教理に興味がありましたので是非見学させて頂けないでしょうか」

ネットの中に見学歓迎と書いてあったので、手の込んだ潜入方法よりダイレクトに表から訪問したほうが早い。

と言ったのはもちろんヒミコだ。


「かしこまりました、今門を開けます」

女性が言った。

ヒミコが含みのある笑顔を俺に向ける。

何かあっさりと行き過ぎな気もした。


金の扉は当然自動ではなく、中から普通に人が解錠した。

無駄に重いその扉を押し開けたのは、信者と思われる男性だった。

「いやー、ようこそいらっしゃいました。見学も大歓迎ですよ。どうか明善様の行ったすばらしい奇跡を、ごらんになっていって下さい。きっと人生が変わります」

扉の後ろから現れた男性は、輝いた瞳でヒミコにそう言った。

明善様というのは、この"明善ひかりの会"の教祖だ。

なんでも、座禅を組んだまま宙に浮いたり、病人に手をかざしただけで病気を直したりと、新興宗教の教祖にありがちな、ベタな能力を持っているらしい。


「はい、しっかり見学させていただきます。よろしくお願いします」

ヒミコが営業用のおとなしい笑顔を見せた。

「後ろの方も、ご一緒で?」

男性が尋ねてきた。

ヒミコは俺を振り返ると、鋭い目付きでぼうっとしていた俺を睨んだ。

俺は慌てて会釈を返す。

「ではどうぞ、お入り下さい」

微笑んだ男性に招かれて、俺達は悪趣味な門をくぐった。


日本の古城のような外観と裏腹に、中は無機質なフローリングだ。

土足は禁止らしく、緑色のスリッパにはきかえさせられた。

カルチャーセンターの受付みたいな空間で、俺とヒミコはしばらく待たされた。


「おいヒミコ、入ったはいいけどこのあとどうするつもりなんだ」

俺が声をひそめて聞いた。

「ボクが案内人を引き付けとくから、由良くんはその間にお嬢様を探して」

「は?」

「建物は一つしかなかったから、彼女もこの中のどこかにいるんだよ」

それはそうかもしれないが。


「俺がそいつを見つけて、どうすんだ」

「なんとかして家へ帰らす」


…………。


「教祖に入れ込んで出家したんだぞ。俺が説得したくらいで翻意するかよ」

「どんな手使ってでもするんだ。いや、翻意させなくったっていい。いざとなれば力づくで連れ出してよ」

何めちゃめちゃなこと言ってんだ。


「頼むよ由良くん。一千万がかかっているんだからね」


い、


一千万?


まさか報酬が一千万なのか?

法外すぎやしないか。

一体どれだけふっかけたんだこいつ。


そんなことを考えていたら、いつの間にか目の前に先程の男性が立っていた。

「ではさっそくですが、教議室でこの明善ひかりの会についてご説明しましょう」

見学者がいることが嬉しいのか、男性は喜々とした表情で言った。


「あ、申し遅れました。私は佐伯と言います。私もまだ新参者ですが」

「片桐です。こっちは由良くん。どうぞよろしくお願いします」

ヒミコが手早く言った。

佐伯は俺達を手招きし、受付から離れていった。ヒミコは俺を促して、それに続いた。

フローリングの広く無機質な廊下を少し歩いたところで、突然ヒミコが俺を見て、大きな声で言った。


「え、由良くんトイレ行きたいの?」

は?

「あら大変。すみません佐伯さん、お手洗いはどちらにありますか」

平然としてヒミコが尋ねた。

「ああ、そちらの角を曲がって、突き当たりにあります」

佐伯が左手の廊下を指して言った。


「わかった?由良くん。私は先に教議室に行ってるからね」

ヒミコが言った。悪魔のように微笑んでいる。

「それでは、教議室はこの通路を真っすぐ行った右手にある大きな部屋です。ドアを開けておきますからすぐわかりますよ」


佐伯は丁寧にそう言うと、ヒミコを連れて歩いて行った。

ヒミコは最後に、俺に言った。

「じゃ、後は頼んだよ」

俺はしばらくその場で立ち尽くした。


展開が早過ぎる。


俺は自分の置かれた状況をいまいち理解しきれないまま、ヒミコの後ろ姿をただ眺めていた。

やがてヒミコと案内人の佐伯は、教議室と思われる部屋に消えていった。


…………。


おいおい。


えーと。


俺は何をすればいいんだ?


努めて冷静に思考するものの、まだ頭が現実のスピードに順応していない。


どうする、俺。


…………。


あまり深く考えるのは止めよう。

とりあえず、うろついてみるか。


俺は前向きに考えて、踵を返す。


いったん入口の方へ戻った俺は、「宿舎」と書かれた貼り紙が階段に貼ってあることに気付いた。

そう簡単に見つかるわけないだろう。

俺は肩を落としたまま、とりあえずは人のいそうなその「宿舎」の方に行くことにした。


音をなるべくたてないようにして、ほこり一つ落ちていないきれいな階段を昇っていった。

別に見学者として来ているのだから、言い訳はいくらでもできるだろうが、何となく心の中にやましいものがあるせいか、どうしても忍び歩きしてしまう。

その方がかえって怪しいのは解っているのだが。


俺は階段を昇り切ると、辺りを静かに見回した。

右手も左手も同じ造りだ。

どちらに行こうか少し迷った。


-―右。


俺は何故か、直感で右を選んだ。

俺の守護霊が選んだのかもしれない。


右手を少し進むが、まるで広いホテルか何かのように、ずっと同じ風景だった。

確かに人の気配はあるのに、まるで全員息を殺しているかのように静かだ。

もしかしたら、部屋の中で瞑想でもしているのかもしれない。

俺は慎重に歩を進めた。


延々続くフローリング。

左側は全て信者の部屋になっているのだろうか、木製の扉が並んでいた。

よく見ると、部屋の一つ一つに名前が付いていた。

俺はちらりと札に書かれた名前を読む。


白鶴。


菊正宗。


月桂冠。


沢の鶴。


いいちこ。




おい。


何で酒なんだよ。

いくら何でもいいちこは無いだろう。


ひど過ぎるネーミングセンス。


成金趣味の外観にしろ、宗教団体のくせに煩悩丸出しじゃないか。

普通、そういう欲望を払拭するために日々精進するんじゃないのか。


何だか一気に疲れてしまった。


大体、何で俺はこんなところでまた探偵のまね事をさせられているんだ。

俺は別にヒミコの助手でも相棒でもなんでもないのだから、片棒担がされるいわれもない。

それをあいつは強引に、無理矢理、有無を言わせず俺をつれてきた。

あの独裁者め。

今世紀最後の暴君め。


俺の胸の内にヒミコへの不満が込み上げてきた。


それに、どうやって社長の娘を捜せというのか。

このドアを片っ端から開けてくか?

目の前を通り過ぎてくれるのを待ってるのか?


どちらも現実的でない。


いつも思うが、もう少し考えてから行動するべきだ。

ヒミコはいつだって思い付きで動く。

直感が鋭いことはわかっているが、それだって絶対ではない。

いきあたりばったりだけで進まれれば、周りの人間が迷惑する。


周りのことなど、あいつが考えているわけないか。

俺はまた溜め息をついた。


俺は廊下を進みながら、何とは無しに奪還を依頼された社長の娘、才和恵の顔を思い出す。

栗色のふわふわしたセミロングに、つぶらで大きな瞳。

リスのような小動物を思わせる小振りな作りの顔には、柔らかい微笑みが浮かんでいた。


写真をイメージしながら進んでいたら、前方から一人の女性がこちらに向かって歩いてきた。

彼女も栗色の髪を持っていた。

俺は目をこらして女性を見る。


ああ、ふわふわのセミロングだ。

目も大きい。

それに、小柄で小動物みたい。


まさか。


まさかな。


だって都合よすぎだろう。

目の前を尋ね人が歩いているなんて。


しかし見れば見るほど似ている。


というより、

明らかに同一人物だ。


俺が確信を持った瞬間に、彼女は左手の扉の一つを開け、中に入って行ってしまった。


俺はなぜか金縛りにでも遭ったように、体が動かないのを感じた。


いや。

やっぱり人違いじゃないか?


しかしそう思い込もうにも、あれは似過ぎている。


才和恵本人だ。


しかしどうする。


もう部屋の中に入ってしまった。

中に恵一人しかいないのであればノックするのも問題ないが、他にも人がいるのであれば、彼女一人を連れ出すのは難しくなるだろう。


どうしたものか。

俺は廊下に立ち尽くした。


とりあえず、彼女が入った部屋の前まで来てみる。

部屋の名前は、松竹梅だった。


辺りに誰もいないことを確認してから、俺はそっと扉に耳を寄せた。

それで何かをしようと思った訳ではないが、中の様子を少しでもうかがえないかと期待した。


しかし、おかしいくらいに何の音もしなかった。


はあ。

いったいどうしろって言うんだ。


そう思って顔をドアから離した瞬間。




部屋の中から、悲鳴が聞こえた。




俺は弾かれたようにその扉に戻ると、ほとんど反射的にドアを叩いた。

部屋の中からは、まだ細い叫び声が聞こえていた。


「おい、どうした、何があったんだ」


俺は大声で問いかけたが、返事はなく、ただ混乱したような女性の悲鳴だけが響いていた。


何だっていうんだ、一体。


ただ事ではない空気を肺いっぱいに感じながら、俺は廊下に向かって叫んだ。

「誰か、誰かいないのか」


休むことなく、俺は力強くドアを叩き続た。

しかし、これほど大きな音を出しているにも関わらず、俺の前には誰の姿も現れなかった。


誰もいないのか。

いや、そんなはずはない。

確かに、人の気配はする。


じゃあ、どうして出てこない。

悲鳴だって聞こえているはずだ。


しかし現実に、誰もやって来ない。


ならば、

扉を壊すか?


俺が真剣にそう考え始めた時、


突然中からドアが開いた。


扉の向こうから現れたのは、顔を真っ白にした女性だった。


その瞳には恐怖を映している。


才和恵だ。


恵は俺を見ているのかわからない虚ろな目をしてただ立っていた。


「明日香さんが…明日香さんが…」


呪文のように、小さな声で呟く。


そして突然、糸が切れるように崩れ落ち、俺に倒れかかってきた。


「おい、大丈夫か」


俺は彼女を抱えて声をかけるが、恵はもう意識を失っているようだった。


一体何が起こってるんだ。


混乱したまま、恵の頭ごしに室内を見てみた。


窓が無いらしく、蛍光灯の人工的な白だけが部屋を染め上げていた。


片手で半開きのドアを少し押す。

木製らしい扉は大きく開いた。


視界が開けた瞬間。


俺の双眸が明らかな異常を捕らえた。




赤。




白い室内。


白い明かり。


白いベッド。




その上に。


赤い、いや



おびただしい血液によって


赤く染められた人間の姿があった。







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