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まじない探偵ヒミコの裏帳簿  作者: 七海チェルシー
2/8

明善ひかりの会

残念ながら、俺には会員数50数名の宗教団体を裏から調べるなんてできるわけがなかった。

そうなると、当然裏から調べられる人間に頼むしかない。

俺は気が遠くなるほど重い足を引きずって、ここ、新宿までやってきた。


情報屋に会うために。


うさん臭すぎる職業だが、俺が知る限りここでは大変繁盛している。

誰にどんな情報を流しているのかは知らないが、どうやらかなりの需要があるらしく、常にあらゆる場所へ飛び回っているため探し出すのに苦労する。


彼は"新宿の黒猫"と呼ばれている。

本名は知らない。日本人かどうかも疑わしい。どこに住んでいるのかもわからない。どこからあんな情報を手に入れているのかも見当がつかない。


全て謎だ。


知りたいとか、思わないが。


駅の東口を抜けると、夕暮れの人込みを歌舞伎町の方へ向かう。

何度訪れても、このあたりの雰囲気には慣れない。

目的の店は歌舞伎町の中には無い。

足早に歓楽街を通り抜けると、いくつもある裏びれた路地の一つを曲がる。

右手に、黒い看板が見えた。


"ノワール"と書かれたその看板に、俺は近付いた。

見た目は何でもない場末のパブだ。


押して開けるタイプのドアはいつにも増して重く、沈んだ気分に追い打ちをかける。

ぎぃ、と音を立てた扉に応えるようにして、店の中に嬌声が響いた。


「いらっしゃいませえ」

俺の目に、ツインテールの頭が映った。

それはカウンターを飛び出すと、こっちに駆け寄ってきた。


「あー、由良さん。お久しぶりい」

彼女…は、"ノワール"の店員だ。

名前…源氏名…は確か、杏奈。


俺は何となく彼女…と目を合わせないようにして、尋ねる。


「ママはいるかい」


杏奈は俺の正面に来ると、上目使いにこちらを見て言った。

「ママなら奥よ。お客さんと話してる」

「そうか、出直した方がいいかな」

俺は踵を返そうとした。

しかしその瞬間、店の奥から声がした。


「あら、由良ちゃん。久しぶり」

それはママの声ではなかった。


俺は顔を上げて声のする方を見た。

黒いカーテンがかかったボックス席の奥から、背の高い女性が出てきた。

活発な茶色のショートヘアに、少しきつめの瞳。白のスラックスにジャケットをはおった出で立ちだ。

意外な人物の登場に俺は戸惑った。


「マキノさん、どうしてこんなとこに」


俺が言うと、彼女の後ろから別の声が響いた。

「悪かったわね。こんなとこで」

ドスの効いた低い声だった。


「あ…、ママ…」

俺は少し後ずさる。


現れたのは、スキンヘッドに蛇のタトゥを施し、並のチンピラなら見ただけで逃げるであろうほどに屈強な体つきをした「ママ」だった。


「いやだわ、由良くん。来てくれるならちゃんと電話くれなきゃ。私まだお化粧だってしてないわ」

口元に手をやって、なんだか恥ずかしそうにこちらを見る。


ああ、帰りてえ。


俺は心底思った。


もう言うまでもないが、"ノワール"は男性でありながら女性のメンタリティを持つ人々が集うパブだ。

新宿では別に珍しくない、らしい。

一応言っておくが、俺は精神も男だ。

もっとも、ゲイがどうしただとか、同性愛が非生産的で何だとか、そういった論争にも一切興味はない。

しかしながら、俺は「そちら」の方々からやたらと好かれてしまうようだ。


「ねえー由良さん、今日こそ杏奈とメアド交換してよぉ!」

杏奈がいつの間にか、俺の右腕を掴んでいた。二つ結びの髪が揺れる。

外見は完璧に女の子だ。

「ちょっと杏奈、私の由良くんから離れなさいよッ」

ママが駆け寄って来た。

杏奈の手を俺から引きはがすと、まるで犬を追い払うように、カウンターの方へずいずいと追いやっていった。


カウンターでぎゃあぎゃあ言っている二人を見て、俺は溜め息をついた。


「フフ、相変わらずもてるわね」

今この場所で唯一の女性が言った。

俺は彼女の存在を思い出して、尋ねた。

「どうしてここにいたんですか、マキノさん。何かの取材ですか」

俺の質問に、マキノは笑って答える。

「まあね。でもノワールを取材しにきたんじゃないの」

持っていたペンを胸ポケットにしまうと、俺に目配せして言った。


「黒猫に用があったのよ」

「マキノさんもですか」

俺がつぶやくように言った。


彼女、西村マキノは有名週刊誌の敏腕ライターだ。

常に様々な話題を提供して着実に読者を増やし、今では自分のコラムを同誌に持っている人気記者である。

過去にヒミコの取材をしたことがきっかけで、以来多方面において、ヒミコの協力者となっている。


「うん。次のコラムの題材について、情報が欲しかったの。君も黒猫目当て?」

俺が頷くと、カウンターからママがこちらに向かって言った。

「それは残念ね由良くん。あいつ今、日本にいないわよ」

「え?」

俺は振り向いてママの方を見る。


「何かヤバいヤマを踏んだらしくてね。国内にいたら消されるだろうから、ちょっとどこか行ってくるってさ」


………。

そうですか。


何したんだろう。


「と言うわけなのよ由良ちゃん」

マキノが肩を落として言った。

「残念賞。私に判ることなら情報提供してあげられるんだけどね」


そう言って微笑むマキノに、念のため聞いてみた。

「明善ひかりの会っていう新興宗教について、何か知りませんか」

マキノは細い人差し指を唇に当て、少し考えこんだ。

「ああ、聞いたことあるわね。でも何で知ったんだったかしら」


マキノが思い出す前に、カウンターから声が上がった。

「杏奈、知ってるよそれ」


「え?」

俺もマキノも振り返って杏奈を見た。


「何を、知ってるんだ」

俺がそう聞くと、杏奈は含みのある笑顔を見せる。

「そんなにたいしたことじゃないけど、聞きたい由良さん?」

何だ、その顔は。

「あ…ああ、そりゃあ聞きたいけど」

「じゃあ、杏奈とデートして下さい!」


何でそうなる。


「こら杏奈、どさくさに紛れて何ふざけたこといってんのよ」

ママが声を荒げる。

「だってえ、由良さんとデートなんて、お店の子誰もしたことないもん。できたら自慢できる」


自慢になるのか。

ならないで欲しい。


「ねー、ゆらさーん、おねがーい」

カウンターの上でしなを作って言う杏奈に、迫力あるママの怒声が飛んだ。

「いい加減にしなさい杏奈、由良くんはあんただけのものじゃないのよ。私たちみんなのものなの」


いや、なんだそれ。

誰のものになったつもりも無いって。


俺の反応を無視して、杏奈は勝手に話し始めた。


「お金儲けだけが目当てのインチキ教団だって噂が、かなり大々的に流れてたんですよ、ちょっと前に」


杏奈がそう言うと、マキノがぽんと手を打った。

「そうそう、そうだったわ。それも、かなり悪質な方法で信者を獲得して、一度入会したら死ぬまで退会できないらしいわ」

マキノはそう説明した。


「なんか、ありがちな噂だな」

ぽつりと俺が呟くと、マキノは挑戦的な笑顔をこちらに向ける。

「あら、不満そうね」

「あ、いや、そういうわけじゃ」

俺が言い訳しようとしたところに、背後から杏奈が言った。


「でも、知らなかったでしょ由良さん。この噂、何でか知らないけど、インターネットとかから消されちゃってるんだよ」

「それだけじゃないわ。明善ひかりの会をインチキ教団と報道した週刊誌のバックナンバーは、全部処分されたわ」

マキノが続けた。


「ねえ、由良ちゃん。インチキ教団の噂自体より、そっちの方になにかありそうじゃない?」

そう言って笑うマキノに、俺は尋ねた。

「そっちって、つまり教団の悪い噂が根絶やしにされていることですか」

「そうよ。相当な圧力がなければ、あんなにきれいに消したりできないからね。誰か、かなりの大物が絡んでるんじゃないかしらね」


なるほど。確かにそうかもしれない。


「残念ね。黒猫がいれば、誰が裏にいるのかわかったのにね」

マキノが俺の肩に手を置いて、気楽な調子で言った。


そして踵を返すと、黒い扉へ向かった。


「それじゃ由良ちゃん、まあ頑張ってよ。ヒミコによろしくね」

そう言い残して、颯爽とノワールから出て行った。


俺も帰るか。

黒猫がいないなら用は無い。


俺がカウンターに会釈だけして扉に向かおうとすると、杏奈が叫んだ。


「由良さんは帰っちゃだめ。杏奈とデートするって約束でしょ」


そんな約束してねえ。

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