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まじない探偵ヒミコの裏帳簿  作者: 七海チェルシー
1/8

インチキ霊媒探偵

片桐ヒミコについて。


本名不詳。

年齢不詳。

恐山出身もしくは、京都の有名な神社が実家だとかいう噂があるが真相は不明。

自在に霊を操る力を持っている。

死者の魂や、時には生き霊までも従わせて、失せ物を見つけだしたり、行方不明者を捜しあてたり、ときには殺人犯を暴いたりと大活躍の霊感探偵。

先日も、前総理の甥が失踪した事件に携わり、自殺した前総理夫人の霊と交信して重大な情報を得、財政界を大きく揺るがすことになったであろうある陰謀を未然に防いだ。

また、その楚々としてはかなげな外見や控えめな性格が、多くの人の心をつかんでいる。


…………………。


俺はその雑誌を投げ捨てた。


片桐ヒミコなんてふざけた名前だか、これは実は本名だ。

年齢は、犯罪的なほど若作りだが今年で二十六歳。外見だけなら中学生と言い張っても通ってしまうだろう。

恐山でも京都でもなく、東京出身。

はっきりいって京都なんて修学旅行でしかいったことないだろうし、恐山が何県にあるのかさえも知らなかった。

霊感探偵がキャッチフレーズだが、あんなもの嘘八百。

本人は霊なんて全く信じていないし、そういった類のものを感じる力も無い。

前総理の事件のときだって、適当な芝居をうって周りを信じ込ませただけだ。

実際の情報は、俺が駆けずり回って情報屋から手に入れた。


そして一番解せないのが人物像。


なんだ、控え目な性格って。あれのどこに控え目が隠されてるっていうんだ。

もし奴の性格を評して控え目という形容が正しいというなら、この世の中の人間はみんな控え目通り越してこの世に存在すらしなくなるだろう。


まるで対極じゃないか。


俺がソファの上に不服な顔で座っていたところに、なんともタイミングよく本人が帰還した。

「ちょっと由良くん。せっかくボクが表紙になってるんだから、もっと丁寧に扱いなよ。汚れちゃうだろう」

ヒミコはそう言うと、俺が放り投げた週刊誌を床から広い上げた。

切り揃えられた長い黒髪が揺れる。

そして自分の顔がでかでかと掲載された表紙の埃をぱんぱんと払った。


「やけに早かったじゃないか。金にならない仕事だったから、蹴ってきたのか」

俺は少し刺のある言い方をした。

しかしヒミコは猫のような丸い瞳をこちらに向けると、満面の笑みを浮かべた。

「逆だよ、逆。ものすごいクライアントだったんだ」

持っていた黒いショルダーバッグを開けると、ヒミコは嬉しそうに大きめの封筒を取り出した。

そして封筒を開けて中の書類をテーブルの上に置く。


散らばった紙片の中にあった名刺を、ヒミコが俺に手渡した。

「見てみなよ」

にやにや笑ってヒミコが言う。


俺は名刺に書かれた名前と、小さく添えられたその肩書を読んだ。

そこにはこう書いてあった。


才和エレクトロニクス

代表取締役 才和賢吾


「すごいだろう」

得意げな顔でヒミコが言う。

「すごいのか」

無表情で俺が返す。


少し沈黙。


「由良くん。もしかして知らない?」

怪訝な顔でヒミコが聞く。

俺は素直に答える。

「知らない」


突然ヒミコが叫んだ。

「ああもう、これだからアナログ人間は困るんだ。テレビも新聞も見ないなんて、世の中から締め出されるぞ!」


はっきり言って世の中の動きになんて全く興味はない。

だか確かにヒミコの主張は正しい。

俺はもうずいぶん長い間、世の中から締め出されているのだろう。

「いくら何でも、どこかで名前を聞いたことくらいあるだろう。今じゃ天下の才和グループだぞ」

さいわ…。

そう言われると、聞いたことがあるかもしれない。だがどこで聞いたのかは思い出せないし、その会社がなぜ有名なのかも思い当たらない。


「由良くん、今度からは最低でも一日一回はテレビ点けなさい」

ヒミコはそう命令してから、才和グループがどうすごいのか説明しはじめた。


その解説によると、才和エレクトロニクスという会社が開発した何とかというパソコン用のソフトウェアが何かのきっかけで大当りして、業界を騒がせたのが発端らしい。

みるみるうちに巨万の富を得た才和社長は、バイオテクノロジーや機械設計などの多数の子会社を作り、今最も注目を浴びている企業グループなのだそうだ。


「なるほど。で、今度の依頼人はその才和グループの会長ってわけか」

俺がそう言うと、ヒミコは不満そうにこちらを見た。

「もっと驚きなよ、才和グループだよ。どれだけ儲かってると思うよ?」


やっぱりそこか。

ヒミコは人間の価値を金銭で計る。

金持ちこそが彼女のお客様だ。

いや、獲物と言った方が正しいか。


「肝心の、依頼内容はどうだったんだ」

俺が溜め息混じりに聞いた。

こいつは金持ちからの依頼なら、どんなふざけた内容でも引き受けるから、毎回俺がひどい目に遭う。

今回はまともなものを期待したい。


「んー。難しくないと思うよ」


ヒミコはいつだってそう言う。

だがそれはいつも、ヒミコにとって難しくないだけだ。


「じゃあ俺は何もしなくていいんだな」

試しにそう言ってみる。

ヒミコは速攻で返した。

「いいわけがないだろ。今回は由良くん、ボクの護衛」


護衛?

なんだそれは。

護衛が必要な依頼って何だ。


「謎のカルト教団に大潜入。片桐ヒミコ命懸けの浄霊」


おい。



「冗談だろ」

俺が少しだけ真剣な声を出すと、ヒミコは愉快そうに笑った。

「あはは、半分は冗談さ。かわいいな由良くん。カルトっていうところと、命懸けの浄霊ってとこは嘘」

ということは、謎の教団に大潜入という部分は正しいということか。


また変な依頼持ってきやがって。

俺はもう一度大きな溜め息をついた。


依頼内容を確かめてみる。

それはまるで行方調査のようだったが、依頼書をよく読むとそうでないことがわかった。

簡単に言うとこうだ。


才和グループ会長には、目に入れても痛くないような一人娘がいる。

しかしある日、突然彼女は失踪した。

だが探偵など雇うまでもなく、娘の行き先はすぐに判った。

『明善ひかりの会』

それが今回の調査対象。

会員数50名程の新興宗教だ。

会長の娘、才和恵はその教団にはまり、出家したというのが真相である。


そして依頼内容はというと、

彼女を明善ひかりの会から何とかして連れ戻して欲しい、というものだった。


「ね、ほら。そんなに大それた依頼じゃないだろう」

ヒミコは落ち着き払って言う。

確かに俺が想像していたものよりは、幾分ソフトなものだった。


「つまりお前は、この何とかの会ってとこに潜入するつもりなのか」

俺が聞くと、ヒミコは目を細める。

「由良くんも一緒さ」

当然のごとくそう言われた。

「この明何とかの会っていうのがどんな教団なのかは判ってるのか?」

「明善ひかりの会だよ。インターネットで調べられる範囲では、才和社長が調べたみたいだ」

ヒミコはそう言うと、封筒に入っていた別の書類を取り出して、俺の方に軽く放り投げた。

机に落ちたその紙束を手に取ると、俺は書かれた字を斜め読みした。

白い清潔そうな建物が写っている。

教団のメンバーの表情はどれも生き生きしており、やましいものは感じない。

教団の解説文も、よくある他の宗教団体のものと別段違うところは無い。


すごく普通だ。


俺が思ったことをそのまま口にすると、ヒミコは含みのある笑顔を作った。

「でもね、由良くん。この教団には絶対なんかあるよ」

俺の手から書類を奪う。


「ボクの守護霊がそう言ってるのさ」

気楽な調子でヒミコは言った。


ヒミコは霊媒探偵、霊感探偵を自称しているものの、そんなものは嘘っぱちで、霊的なものを感じる力が無いなんてことは、本人だって認めている。

しかし、そんなヒミコが今だに正体をばらされずに霊媒探偵を自称できるのには訳がある。

彼女の、「異常なカンの鋭さ」である。

ヒミコは神懸かり的にカンが鋭く、直感だけで解決した事案も少なくない。


そう。

人々はその野性のカンを、守護霊の導きだと勘違いしているだけなのだ。


経験上、ヒミコのカンはほとんど当る。

つまり今回も、彼女の守護霊は正しいかもしれないということだ。


「というわけで、由良くん」

ヒミコが俺を見た。

笑顔が恐い。

「潜入捜査する前に、教団のこと詳しく調べといてよ」

そう言って、書類をもう一度俺に押し付けてくる。

「裏の方から調べれば、なんか出てくるだろうからね」

「ちょっと待て、何でまた俺が…」

「黒猫にでも聞けば一発だろ」


"黒猫"は俺の知り合いの情報屋だ。

一体どういう情報網を持っているのかは知らないが、世の中の裏から表まで何にでも詳しい。

ただし、ヒミコ級にくせ者なので、出来る限り近付きたくはない。


「自分で調べればいいだろうが」

ヒミコは聞く耳持たない。

「さ、良い子は寝る時間だ。ボクは良い子だからもう寝るよ。おやすみ由良くん」

そう言い残して事務所兼リビングから自分の部屋へ消えていった。


一体どこまで勝手な奴なんだ。


俺は机に撒かれた書類を眺めながら、大きくうなだれた。

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