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エンドリア物語

「ストラテジー」<エンドリア物語外伝62>

作者: あまみつ

「ウィル。おはよう」

 扉が開き、明るい声の挨拶が店内に響いた。

 早朝8時、オレはカウンターの掃除。シュデルは石像を磨いていた。

「シュデルも、おはよう」

 笑顔で挨拶したのは、桃海亭の向かいにある花屋フローラル・ニダウで働いている女の子。

 いつもは『不幸が移る』とオレの側には近づいてこなのだが、ためらいもなくカウンターの前に立った。

「おはよう、ウィル」

 笑顔だ。

 笑顔だが、頬が微妙に痙攣しているように見える。

「おはよう、ございます」

「あのね、お願いがあるの」

「お願いで、ございますか」

 警戒したら、変な言葉遣いになった。

 フローラル・ニダウの女の子、見かけに寄らず馬鹿力の持ち主で、オレは2度も巨大青銅壺を投げつけられている。

「お願いを2つしてもいいかな」

「何で、ありますでしょうか」

「ムーから木の実を取り返して欲しいの」

「木の実?」

「そう、ヒトデが育てていたオレッタの実を盗んだの。それを取り返して欲しいの」

 まともなお願いだった。

「どんな木の実なんだ?」

「直径2センチほどの赤い木の実。チカチカと点滅するから、見ればわかると思う」

 シュデルが近寄ってきた。

「オレッタの実は白ではありませんか?」

「ううん、赤いのがごく稀になるの。知らない?」

 シュデルが数秒黙った。

「もしかして、魔力を持つという幻の赤い実ですか?」

「うん、それ」

 シュデルの表情がこわばった。

「店長、早くムーさんから取り上げないと、使われてしまいます」

「何に使うんだ?」

「先日、ムーさんはメデラ鉱石を購入されました。メデラ鉱石を精製するときに赤いオレッタの実を入れると特殊な魔法鋼ができるのです」

「やばいのか?」

「魔法武器に使われる最上級クラスの鋼材です」

「そいつは、まずいな」

 2階のムーの部屋に行くため、オレはカウンターを出ようとした。

「先に、もうひとつのお願いを聞いて」

 そう言えば、お願いは2つと言っていた。

 オレは足を止めて、女の子に向き直った。

「昨日、ヒトデを使ったでしょ」

「ヒトデ?」

 フローラル・ニダウの女の子が斜めに掛けているポシェットには、魔法生物が入っている。色は赤、体長20センチほど。ヒトデ型をしていることから『ヒトデ』と呼んでいる。

「昨日の夜、あたしが店から帰った後に。思い出した?」

「ああ、あれか」

「なんで、ヒトデを使うの。『前に使わない』と約束したよね?」

 金属用の磨き粉が切れたので、買いに行った帰りだった。商店街に入ってすぐの場所で巨躯の戦士に襲われた。剣を避けながら桃海亭の方に移動していたのだが、店の前で足を滑らせた。

 地面に転がったオレ。

 頭上に落ちてくる、巨大なバスターソード。

 オレはとっさに側を歩いていたヒトデを盾にした。

「オレが約束したのは『魔術師に投げつけない』だ」

「剣を受け止めるのに、使っていいと思った?」

「ヒトデは堅いから大丈夫だろうと思って………」

「ウィルはヒトデの顔やお腹に触れたことがある?」

 言われて気づいた。

 オレが握る縁の部分は硬かった。だから、全体が乾燥したヒトデのように堅いと思っていた。顔やお腹の部分を押して、硬いか確認したことはない。

「ヒトデが、どれだけ怖かったと思うのよ!」

 落下してきた剣を、ヒトデは両手で挟んで受け止めた。

 真剣白刃どり。

 商店街にいた客達から喝采がおこり、ヒトデに刃を止められた戦士は、戦う気が失せたようでそのまま帰って行った。

「ヒトデが、ウィルに復讐をしたいって」

 ポシェットから、ヒョコリと顔が出た。

 真っ赤な三角の頭。黒い小さな目が2つ。

「ちょっと、待てよ。何をする気だよ」

「木の実を3つ、ウィルに投げたいそうよ。それで気が済むって」

「わかった。3つだけだぞ」

 フローラル・ニダウにいる時、ヒトデは時々、木の実を投げる。フローラル・ニダウに来た客で態度が悪かったり、女の子に絡んだりすると帰り際に豆粒サイズの木の実を投げる。ヒトデなりの抗議らしい。女の子に見つかると怒られるのだが、懲りずに時々投げる。木の実が当たっても、ほとんどの客は気がつかない。投げつける場所が後頭部だからだ。力も弱いらしく、時々『何かあったかな』と振り向く客がいるくらいだ。

「ヒトデ、思いっきりやっていいからね」

 ポシェットのヒトデがうなずいた。

 ヒトデの両手があがった。豆粒サイズの木の実を持っている。

「いけぇーー!」

 女の子の声がして、オレは右側に身体を倒した。

 ピッ!

 見えなかった。

 ヒトデが投げた木の実を、オレの目はとらえていない。

「て、店長………」

 カウンターの後ろの壁を見たシュデルが、震える声で言った。

 オレは恐る恐る、左に振り向いた。

 壁に小さな穴がある。穴の向こうに光が見える。

「次、いくわよ」

「ま、待て」

 ヒトデは2つ目の木の実を構えている。

 オレは身体を左にひねった。

 オレの顔の前を何かが通り過ぎた。

 ピッ!

 穴がひとつ増えた。

「ちょっと、待て!おかしいだろ!」

「何がよ」

「ヒトデの力で………」

 気がついた。

 小さな身体。木の実が当たっても痛がる人間はいなかった。だから【ヒトデの力は弱い】と、思いこんでいた。

「これで最後よ。ヒトデ、今度こそ当てるのよ」

 ヒトデがうなずいた。

 頭を引っ込めると、木の実を持って出てきた。

「それは反則だろう!」

 直径20センチ弱、鋭い棘が表面を覆っている。

「これはレファリアスの木の実。木の実だから反則じゃない!」

 ヒトデが木の実を掲げた。真っ赤な身体をそらす。

 オレはしゃがんで、カウンターの下に隠れた。

 コロン。

 木の実がカウンターの後ろに転がってきた。

 ヒトデが投げ損ねた。

 そう思った時、頭の隅に何かが閃いた。

 慌ててカウンターの下から飛び出した。

「いてぇーーーー!」

 オレの尻に数本の棘が刺さっていた。

 爆裂型の木の実だ。

 フローラル・ニダウの女の子はムーを凍らせたとき、準備を整えてから事に当たった。今回もヒトデの復讐を成功させる為に、計画を練って準備万端でやってきたのだ。

 店に入ってきた時の友好的な態度で、そのことを忘れていた。

「今度やったら、これくらいじゃすまないから!」

 女の子が怒鳴った。

 ヒトデは器用にポシェットの紐をよじ登ると、女の子の肩で身体を反らした。ポーズから想像するとドヤ顔をしているようだ。

 女の子はシュデルの方を見た。

「シュデル」

「は、はい」

「ムーから木の実を取り返したら、届けてもらってもいいかな?」

「いいですよ」

「よろしくね」

 そう言うと、軽い足取りで桃海亭から出て行った。

 シュデルが疲れた顔でオレに言った。

「店長、ムーさんの部屋にある木の実を至急回収してください。お願いします」

「尻が痛い」

「自分で抜いてください」

 そう言うと石像磨きに戻っていった。

 オレは店内に飾られている姿見のところに行った。棘を抜くため、後ろを向いて、尻を鏡に近づけた。

 鏡面が真っ黒になった。




「オレの実はどこだ?」

 ムーに聞いた。

 危険満載の部屋の真ん中で、腹を出して寝ているところをオレが引きずり出した。

「ウィルしゃんの実しゅ?」

 まだ、半分寝ている。

「店長、オレッタの実です」

 シュデルが小声でオレに言った。

 人ひとりがようやく通れる狭い廊下に、ムー、オレ、シュデルと並んでいた。

「ムー、赤いオレッタの実だ。どこにあるんだ」

「オレッタ…………」

 ムーはポケットをゴソゴソとやると、赤い物をとりだした。

「ほいしゅ」

 オレの手の乗ったのは、水晶のように透明な赤い石。

「遅かったです」

 シュデルが呟いた。

「こいつは、メデラ鉱石と合体した後なんだな?」

「合体ではありません。混入の方が近いと思います」

「ムー、分離できないか?」

「ほよっしゅ?」

「ヒトデがオレッタの実を返して欲しいそうだ」

「分離は無理しゅ。それにオレッタの実はボクしゃんのしゅ」

「花屋の女の子は『盗んだ』と言っていたぞ」

「ヒトデが育っていたのを見つけたしゅ。だから、採取しゅ」

「盗んだわけじゃないんだな?」

 確認をしたオレのシャツをシュデルが引っ張った。

「店長、解釈が間違っているのかもしれません」

「解釈?」

 シュデルが屈み込んで、ムーに聞いた。

「ヒトデはどこで育てていたんですか?ヒトデに『木の実を採取して持って行く』ことの許可を取りましたか?」

「花屋の中だしゅ。許可なんて、取らないしゅ」

「ムー、そいつは『盗んだ』だろ」

「いえ、『盗んだ』ことにはなりません」

「そうしゅ」

 ムーがうなずいた。

「フローラル・ニダウの店内でヒトデが育てていた木から、勝手に取ったんだろ?それが盗みにならないのか?」

「はい」

 シュデルがうなずいた。

「魔法生物が生産した物は、大陸法では【登録されている魔法生物の所有者】のものになります。でも、ヒトデは大陸法に定められた登録をしていません。登録されていない魔法生物の生産物は【魔法生物の制作者】のものになります。つまり、法律的にはヒトデが作ったオレッタの実の使用する権利はムーさんにあります」

「法律的には、ムーのもの?」

「はい」

「わかった。そのことをフローラル・ニダウの女の子に説明してこい」

「イヤです」

「『届けて欲しい』と頼まれたんだろ。渡すオレッタの実がないんだ。説明しないと、まずいだろ」

「店長、お願いします」

「無理いうなよ」

 花屋の女の子が猫だったら、全身の毛を逆立てて、オレに近づくなと威嚇するだろう。

 シュデルがハァと小さく息を吐いた。

「わかりました。行ってきます。期待はしないでください」

 シュデルが階段を下りていった。

 ムーがオレの手の上にある赤い石を取ろうとした。オレは素早くポケットに入れた。

「返してしゅ」

「いつかな」

 寝ぼけて動きの遅いムーを残し、オレは急いで階下に下りた。

 ポケットにある【売るには危険な高額品】をどうしようかと考えながら、開店準備を再開した。





「代わりにロリアの実が欲しいそうです」

「ロリアの実。なんだ、それ」

「染料の原料です。煮出すと深みのある赤い色が出ます」

 赤い色。

 赤い実。

「もしかして、オレッタの赤い実も染料になるのか?」

「はい、細かく砕くと美しい赤い染料ができますが、非常に珍しい品ですから、メデラ鉱石に使うのが普通です」

「そういうことか」

 オレが前にヒトデを魔術師に投げつけたせいで、ヒトデの左手の先は塗料がはがれて白い。

 綺麗な赤い染料でヒトデを染め直すつもりなのだろう。

「僕が作ったボルシチの色は気に入らないのでしょうか?」

「いや、気に入らないのはムーが染めた色だからだろう」

 煮たり、冷やしたり、針で突っついたり。

 ヒトデからしたら、最低の創造主だろう。

「店で売っている赤い染料だとダメなのか?」

「それは聞いていません。ただ………」

「ただ?」

「ロリアの木は、崖の中腹に生えていることが多いのです」

「そっちかよ」

 主目的は復讐で、命がけで取ってこいということらしい。

「店長、ロリアの実の赤はとてもきれいな赤です。ヒトデのお姉さんはヒトデのことを考えていると思います」

「オレ達はことは?」

「店長達のことも、一生懸命考えたと思います。どうやって復讐するかですけれど」

 オレがヒトデを盾にしたのは昨日の夜。そのあと、オレは自分の部屋で寝た。ヒトデも同じ部屋のビーカーにいた。オレをいつでも襲えた。

「ヒトデでも礼節は守るか」

「はい?」

「わかった。ロリアの実を取りに行ってくる。どこにある?」

「ニダウの西門を出て、街道沿いに5分ほど行った崖に時々生えるそうです」

「すぐじゃないか。ロープを取ってくる」

「店長、ムーさんを忘れないでください」

「ムーはいらないだろ」

 シュデルが首を横に振った。

「西門です」

 オレは頭を抱えた。

 フローラル・ニダウの女の子。”やるときは徹底的に”のタイプらしい。

「たしか、原因はわかっていないんだよな」

「はい、先月から西門から外側5キロ範囲に原因不明の出来事が多発しています。王宮からは桃海亭が関わると事件になるおそれがあるから近づくなと厳命されています」

「他にロリアの実が生えているところはないのか?」

「あるとは思いますが、僕は知りません。珍しい木ですから、簡単には見つからないと思います」

 法的にムーに落ち度はない。女の子の要求を無視することもできるが、フローラル・ニダウの夫婦にはよくしてもらっている。関係を悪くしたくない。

「こっそり、行ってくるか」

 急げば、1時間もかからない。

 王宮に見つからないように、サッと行って、サッと帰ってくればいい。

「西門の横に設置されている木戸は、昼間は鍵がかかっていません。ロリアの実は20粒あれば足りると思います」

 シュデルが上を指した。

「持って行くか」

「よろしくお願いします」




「はあ、なんでこうなるんだろうな」

「ウィルしゃんのせいしゅ」

「今のオレに、反論する気力はない」

 西門の横の木戸を抜け、誰もいない道を5分ほど歩き、崖の中腹に生えている木の枝に赤い実を見つけ、ムーが『ロリアの実しゅ』と確認した後、オレが崖の上からロープを垂らして採取。40粒採取して、20粒をムーのポシェットに、20粒をオレのポケットに入れた。

 ここまで20分弱。

 帰ろうとしたところで崖が崩れた。

 ロリアの実は採取している。崩れた崖はニダウとは逆の方向なので、そのまま帰ろうとしたところで、何かにぶち当たった。

 透明な何か。

 見えないので【何か】としか言えない。触れると毛に覆われているよう感じだ。長くて硬い毛。

「どうするかなあ」

 遠回りしたくても、後方の道は崩れた崖で塞がれている。

「ふっとばすしゅ」

「それでいいか」

 何かわからないが、前からいなくなれば、オレ達はニダウに戻れる。

 ムーの指が高速で印を結んでいる。

 複雑で危なそうな印だ。

「ムー、【何か】の後ろにニダウがあるのを忘れていないよな」

「大丈夫しゅ!」

 ムーの言葉が終わらないうちに、オレ達の上空に巨大な石が出現した。巨石は風をまとっている。

 巨石を落下させ、弾き飛ばす作戦らしい。

「行くしゅ!」

 ムーの親指が下を向いた。

 巨石が落下してくる。

 消えた。

 音もしない。

【何か】に触れたのか、それすらもわからない。

 顔を見合わせたオレとムー。

 オレ達の前がうっすらと色づいた。

 輪郭が鮮明になり、現れてきたのは銀色のドラゴン。ただし、鱗の代わりに長毛で覆われている。

「ムー、こいつは何だ?」

 初めて見たモンスターだった。

 体長は10メートル近くあるが、ほとんど尻尾で本体は3メートルとドラゴンにしては小型だ。太い尻尾がオレ達の行く手を遮っていた。

「知らないしゅ」

「そうか、知らない………知らないのか!」

 歩く辞典、息する字引。

 そのムーが知らない。

「異次元モンスターだと思うしゅ」

「そうか、異次元モンスター、って、犯人はお前か!」

 ムーの尻を蹴っ飛ばそうとしたオレに、ムーが怒鳴った。

「ボクしゃんじゃないしゅ!」

「異次元モンスターを召喚できるのは、この大陸では自分だけだと言っていただろうが!」

「ボクしゃんだけしゅ!でも、このモンスターはボクしゃんじゃないしゅ!」

 ムーが嘘を言っているようには見えない。

 いまはムーしかいないが、過去には異次元召喚魔術師は何人もいる。

 だが。

「こいつが来たのは、たぶん先月だよな」

 西門の外の異常は先月から起こっている。

「ムー、本当に………」

 ムーの目が泳いでいる。

「ムー、お前は召喚していない。間違いないな?」

「ないしゅ」

「なら、誰が召喚したんだ?」

 ムーの眉がハの字になった。

 そして、小声で言った。

「モモゲレかもしれないしゅ」

「モモゲレ?なんだ、それ」

「先月召喚したイソギンチャクしゅ」

「イソギンチャク。ああ、オレンジのあれか」

 身長50センチほどのオレンジ色のイソギンチャクだ。頭にウネウネ動く触覚のようなものがなければ、木の切り株に似ている。

 失敗召喚だったので、ムーの制御がきかず、勝手に桃海亭をウロウロしていた。召喚した翌日から5日間、オレとムーは魔法協会の依頼で桃海亭を留守にした。シュデルからはいつものように3日後に帰ったと聞いていた。

「モモゲラの能力は召喚しゅ」

「つまり、お前の失敗召喚で来たモンスター、モモゲラがあの銀のドラゴンを呼んだ、って言いたいんだな?」

 ムーがうなずいた。

「やっぱ、原因はお前か!」

 ムーを蹴飛ばそうとして思いとどまった。

 しゃべる辞典には、まだ聞かなければならないことがある。

「モモゲラが召喚に失敗したモンスターは、どうなるんだ?」

「モモゲラは失敗しないしゅ。召喚は生まれついての能力しゅ」

「この長毛ドラゴンは召喚に成功したモンスターなんだな?」

「そうしゅ」

「召喚したモンスターはモモゲラが帰るときに、消えないのか?」

「消えるしゅ。でも、消えない………違うしゅ。消す必要がない場合があるんしゅ」

「消す必要がない?」

 ムーがうなずいた。

「モンスターが勝手に呼んだモンスターを残されたら、オレ達も困るが、この銀色ドラゴンだって困るだろ?」

 ムーが口を開く前に、奇妙な声がした。

 重低音の響きだが、男でも女でもない奇妙な響きの声。

『困らない。なぜなら私は自力で私の世界に帰ることが出来るからだ』

 声の主はすぐにわかった。

「それなら、今すぐに帰ってくれませんか」

 オレ達の前に座っている銀色のドラゴンに言った。

「そろそろ、異次元世界の見物にも飽きた頃でしょう」

 ドラゴンはでかい目でゆっくり瞬きをした。

『私はここにいることを許されている』

 シュデルが言っていた。

 桃海亭は西の門に近づかないように王宮から言われていると。

「もしかして、エンドリア王の許可を取っているのですか?」

『ニダウとニダウに住む人に迷惑をかけないと約束すれば、半年間はいてくれてかまわないと言われた』

「オレ、ニダウの住人です。そこを通してください」

 西門に銀色ドラゴンがいようが、透明ドラゴンがいようが、オレの生活を脅かさないなら問題ない。

『肝が太いな。私を見て萎縮しなかったのはこの世界で2人目だ』

 オレの隣にいるムーをチラリと見た。

『そこの少年で3人目。楽しい日になりそうだ』

「あのー、聞こえていますか。オレはニダウの住人です。通してください」

『わかった。ひとつだけ質問する。桃海亭の住人か?』

「はい?」

『桃海亭の住人か?』

「違います」

「違うしゅ」

『桃海亭の住人ではなく、店主だとか、居候だとか言わないな?』

「桃海亭の住人だと何か問題があるんですか?」

『桃海亭の住人は、保護対象外になっている』

 なぜと聞きそうになって堪えた。

「違います。オレ達は桃海亭とは関係ありません」

 オレが断言すると、ドラゴンの口がねじれるようにゆがんだ。

『ウィル・バーカーとムー・ペトリ。聞いていたとおりの容姿と態度だ』

 オレ達の情報は、既にドラゴンに渡っていた。

「嘘をついてすみませんでした。急いで届けたいものがあったので」

 オレはポケットからロリアの実を取り出した。

「これです」

 ドラゴンがロリアの実を見ようと身体を前のめりにした。その顎の下をオレはすりぬけた。

 ニダウの町中に入れば追いかけてくることはない。

 そう踏んで賭けに出た。

 必死で駆けて西門の木戸から中に入ろうとしたとき、木戸が動かないことに気づいた。

「開けてくれ!」

 扉を叩くと内側から声がした。

「近づくなと伝えたはずだ!」

 アレン皇太子の声だった。

「開けてください!」

「桃海亭の2人は保護対象外だ。ニダウの町を守るためだ。自力で逃げ切れ」

「なんで、オレとムーがダメなんですか!」

『それについては私が話そう』

 オレの背中にくっつきそうなほどに近づいたドラゴンが、優しく、それでいて脅すように言った。

『私を見て萎縮しなかった一番目の人間との約束だ。ニダウの町と住民には攻撃対象にはしない。だが、もし桃海亭の2人が西門からでてきた場合は攻撃してもいいと約束した』

「誰だよ、そんな約束したヤツは!」

『ナディム・ハニマンと名乗っていた』

「あのクソ爺!」

『召喚されたとき、面白半分にニダウの町を壊そうとしたのだが、ヤツに阻止された。私には傷を負わせられないとわかっていたようで、魔法で私を束縛したあと、活動を休止している火山の地下に埋め込もうとした。必死で束縛から脱出したが、すぐに捕まって地下に押し込められそうになった。3回目の脱出直後、私はニダウの町を攻撃しないことを明言した。エンドリア国王も交えて半年間の滞在の許可、その間は身体を透明にして存在を隠すこと。ニダウの町とニダウの住人を攻撃しないことを約束した。その時、私がこの世界で二度と戦えないことに不満を言うと桃海亭の2人は攻撃してもよいことになった』

 オレは木戸をたたいた。

「アレン皇太子!オレとムーは攻撃してもいいなんて、ひどいじゃありませんか!」

「ハニマン殿が国に帰られた今、異次元のドラゴンの相手をできるのは桃海亭しかいないだろ!」

「だからって」

「私はシュデルに言っておいたぞ。西門から出るなと」

「ドラゴンが待っているなら、そう言ってくださいよ!」

「お前達が出ないとドラゴンが戦えないだろう」

「皇太子はどっちの味方なんですか!」

『条件を出そう』

 オレは振り向いた。

『私と戦って勝てば、桃海亭の2人も攻撃対象外にしよう』

「オレのような一般人が、異次元モンスターに勝てるわけないでしょう」

『ならば』

 ドラゴンが長い尻尾でムーを指した。

『あれと2人、2対1ならば、文句はあるまい』

 オレが死にたくないと駄々をこねても、ドラゴンは聞いてくれそうもない。

「わかりました。戦いの方法はオレに決めさせてください」

『了解した』

 オレは落ちていた木の棒を拾った。

『それで戦うつもりか?』

 笑いを堪えているような声だ。

「オレがあんたとムーの周りに輪を書く。オレもムーのところに書いた輪の中に入る。勝負は輪から先に出た方が負け。オレ達は2人いるがムーとオレのどちらかが輪から出たらオレ達の負けだ。空中に浮いても負け。ニダウの町には損害を与えたても負け。使用するのは魔法のみ。どうだ?」

『それではお前は戦えないだろう』

「ムーを信じている」

『よかろう』

「それじゃ、輪を書くからな」

 ドラゴンが尻尾を丸めた状態で入れるギリギリの大きさ、直径5メートル弱の輪を描いた。次にムーを中心に5メートル弱の輪を描く。そこにオレも入った。

『なかなか考えたな』

 狭い輪の中で身体を丸めて、ドラゴンは窮屈そうだ。

「条件は同じだからな」

『だが、お前の考え通りに行くとは限らんぞ』

 オレとムーの頭上に雷が落ちてきた。

 城も吹っ飛ばしそうな特大の雷だ。

「いきなりは汚いぞ」

 オレはドラゴンに怒鳴った。

 ムーがとっさに結界を張らなければ、黒コゲだ。

『条件を決めた側が後手なのは、当然のことだ』

「なら、今度はオレ達から攻撃だ。ムー、わかっているな」

「ほいしゅ」

 ムーが高速で複雑な印を結んだ。

 そして、大声で叫んだ。

「我はムー、我が声にこたえよ、リフェント」

 空中に無数の穴が開いた。そこから、次々と小さな妖精が落ちてくる。

 樹状召喚。ルブクス大陸の各地から同一のモンスターを召喚する方法だ。

『な、なんだ』

 銀のドラゴンが狼狽したのも無理はない。落ちてきた妖精がブルードラゴンの身体にはりついたからだ。大きさは5センチと小さいが、数は多い。

『これは、何だ』

「そいつの名前はリフェント」

 すでに数百の妖精がドラゴンの身体に張り付いるが、穴は次々開き妖精達は次々と落ちてくる。

『これはたまらん』

 ドラゴンが飛び上がった。

「オレ達の勝ちだ」

 空中高く飛び上がったドラゴンだが、身体にはりついた妖精達はそのままだ。遠心力ではがそうと回転したが、一匹もはがれない。

『こいつらをはがしてくれ!』

「大丈夫だ。そいつらはあんたに危害を加えない。しばらくしたら、勝手にはがれるから」

『この妖精のようなものは何なのだ!』

「銀が好きな妖精なんだ」

『私の身体の色は銀色だが、銀は含まれていないぞ』

「鉱物の銀じゃなくて、銀色が好きなんだ。ドラゴンの毛が見事な銀色だからはりつているだけだ。しばらく銀の毛に触れて満足したら、自分から離れるから少しだけ待ってくれ」

『どれくらい待てばいいんだ!』

「10分ほどしゅ」

『この妖精、私の毛をなぜるのだ。くすぐってくて、たまらん!』

 ドラゴンは身体をよじった。

 上空を見上げていたオレは、召喚の穴が開き続けているのに気がついた。降りしきる雪のように妖精が絶え間なく落ち続ける。

「ムー、召喚をとめろ」

「できないしゅ。あと5分、自動で召喚するようセットしたしゅ」

 無数の妖精に張りつかれたドラゴンは身体をくねらせた。

『このかゆみを、あと10分も我慢しろというのか』

 オレはそのドラゴンに向かい、大声で言った。

「すみませーーん、この妖精飛べるんでーす」

 地面に落ちた妖精が、ドラゴン目指して一斉に飛び上がった。

 それから約20分間、ニダウ上空を銀色ドラゴンが舞うように飛び回っている姿が目撃された。激しく動くドラゴンの周りには霧のようなものがまとわりついていた。





「届けてきました」

 店に戻ったシュデルが報告した。

「40粒もあると、ヒトデのお姉さんはとても喜んでいました」

「そいつは良かった」

 窓の外、フローラル・ニダウの前では、女の子がくったくない笑顔でお客に商品の説明をしている。

「まさかだよな」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 もし、西門に見えないドラゴンがいて、オレとムーが保護対象外だという情報をフローラル・ニダウの女の子が知っていたとしたら、偶然ではなく、意図的にドラゴンと戦わされたことになる。異次元モンスターのドラゴン。力だけの戦いなら、オレもムーも勝つことは出来ない。

「なあ、シュデル」

「なんでしょう」

「もし、ムーがこの世界からいなくなったら、ヒトデの所有者は誰になるんだ?」

「登録してある場合は財産の一つですから、ペトリ家のものになります。しかし、ヒトデは登録していないので”所有していると周りから認識されている人”の持ち物となります。桃海亭のオーナーである店長か、ヒトデのお姉さんのどちらかになると思います」

「オレもいなくなったら?」

「断言はできませんが、ヒトデのお姉さんのものになると思います」

 花が売れたようで丁寧に梱包して客に渡している。明るい笑顔をしている。

 腹黒い企みをしたようには見えない。

「気のせいだよな」

 そう呟くと、オレは窓辺を離れた。




"チッ"





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